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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
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第二十話

「あのう……」

「ああ、加藤さん。目が覚めましたか」

 声が聞こえ、そちらを向くと、起き上がっていた加藤さんと目があった。


「はい。でも私、どうして眠っていたのでしょう」

 加藤さんは困惑している。まあ、加藤さんにしてみれば、何時の間にか意識がなくなっていたわけだからな。


「加藤さんはお祓いの最中に、突然倒れました。だけど、安心してください。妖怪はきちんと退治しましたので」

 多少、事実をぼかしつつ状況を説明する。


「あ、そうなんですね。……ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる加藤さん。いまひとつ状況が理解できていないのか。若干、腑に落ちていない様子。


「体のほうは大丈夫ですか?」

「ええっと、特になんともないです」

「それは良かった」

 それっきり、その場は沈黙に支配される。


 向かい合った状態で固まる俺と加藤さん。気まずい空気が辺りに流れる。うーむ、何か話したほうが良いだろうか?

 いやでも、話すことなんてないし……。くっ、沈黙が辛い。佐々木さん。早く戻ってきてくれ!


 俺の願いが通じたのか。遠くに佐々木さんの姿が……。良かった、戻ってきてくれたか。

 救急箱を手に、走ってくる佐々木さん。どんどんこちらに近づいてくる。


「あの、窪田先輩。さっきの話――」

「佳奈ちゃん! 体は大丈夫ですか?」

 うん? 今何か加藤さんが話したような。佐々木さんの声に遮られ、聞き取れなかったが。


「うっ、うん。体はなんともないよ」

「良かった……」

 抱きつかんばかりの勢いで、加藤さんに迫った佐々木さん。加藤さんの無事を知ると、安堵のため息をこぼす。


「あっ、先輩。肩を診せてください」

「ああ」

 肩をはだけさせる俺。佐々木さんは手際よくシップを貼り、さらに包帯を巻いてくれた。


「これでよし」

「ありがとう。佐々木さん」

「応急処置なので、病院にも行ってくださいね」

「ああ、そうするよ」


 今日はもう日が暮れそうだから無理だが、明日の放課後にでも病院には行っておこう。


「あの。肩、怪我したのですか?」

 おっと、加藤さんに肩の怪我を見せたのは失敗だったか。余計な心配をかけてしまった。

 それに、どう説明しようか……。


「えっと……。妖怪を祓うときに、妖怪の反撃を受けたのです。ですが、大したことはないので……」

 困りながらも言葉を搾り出す。あんまり気にしないで欲しい。


 にしても、いい加減にこの話し方もやめようかな。凄腕の祓い屋のふりをするための、この口調。

 やめるタイミングを失い、続けているが、もういい気もする。


「妖怪に……。大丈夫なんですか?」

「ええ、大丈夫です。この通り。気にしないでください。」

 大丈夫だとアピールするために、腕を動かしてみせる。


「それなら、良いのですが」

 なんとなく納得がいってなさそうな加藤さん。まあ、ともかく。俺はそろそろお暇させてもらおう。

 後のことは佐々木さんに任せれば大丈夫だろう。


 俺はこれから、美都子さんを探す必要がある。辺りも暗くなってきたから、急がないと時間がない。

「佐々木さん。これは返すよ」

 蛟の杖の入った布袋を差し出す。


「あっ。どうも」

「じゃあ、俺は帰るから。後のことを頼む」

「わかりました」

「本当にありがとうございました」


 佐々木さんと加藤さんの声を背中で聞きながら、俺は足早にその場を去る。寺の境内を抜け。寺の入り口へ。


「それじゃあ。美都子さんを探しに行くぞ」

「今からかの? もう随分暗くなっておるし、明日でも良いのではないか?」

「いや、まだ時間はある。探しに行こう」

「ふむ。まあ、構わぬが。雷ちゃん、案内するのじゃ」


 照子の声に答えるように、雷ちゃんが俺たちの前に飛び出る。そして、俺たちがついていけるほどの早さで、進み始めた。

 そんな雷ちゃんに続く俺と風ちゃんに乗った照子。五分ほど歩く。そうして、案内された先は森林公園だった。


 そういえば数日前、美都子さんに出会ったのもここだ。美都子さんは、またここにいるってことか。

 そんなことを思いつつも、森林公園へと入っていく雷ちゃんに続く。そうして、少し歩くと。


 お! あれかな? 数十メートル先、街灯の近くにあるベンチに座る、一つの影を発見。

 自然と速くなる足取り。さらに十数メートル進むと、ベンチに座る人物の風貌がはっきりとわかるように。


 おお! あれは間違いなく美都子さんだ。駆け足になる。

「やれやれ。そんなに急ぐこともあるまい」

 背後から照子の声。それを尻目に、俺は美都子さんに駆け寄る。すると、美都子さんも俺たちの接近に気付いた。


「おお。おまえさんは。いつぞやの。どうしたのだ、そんなに急いで」

「美都子さん! あなたに会いに来ました!」

「私に? おや。そっちの子は?」

 照子を指差す美都子さん。


「妾は天気の神様。てるてる坊主の照子じゃ」

「そうなのかい。それはすごいねぇー」

 胸を張って自己紹介する照子。そんな照子を、微笑ましそうに見る美都子さん。


「それで、私に用って?」

「えっと、それはですね……」

 美都子さんの問いにどう答えるべきか考える。もっとも、答えはすぐに出た。加藤さんの現状を余すことなく伝えよう。


「実はあなたの孫、加藤さんのことなのですが……」

 俺は、美都子さんが亡くなってから、加藤さんがどうなっていたかを、美都子さんに伝えていく。


 妖怪にとり憑かれたこと。さらに妖怪が悪夢のせいで加藤さんは美都子さんの死に、責任を感じていること。

 そして、美都子さんに負い目を感じた加藤さんは、周りの人間を拒絶し、一人孤独に苦しんでいたこと。


 俺の知るすべてを美都子さんに話した。


「なんと……。まさか、佳奈の身にそのようなことが……。大変ではないか! すぐに私を佳奈のもとへ案内しておくれ!」

 たいそう驚いた様子の美都子さん。俺の両肩を掴むと、体を揺すってくる。


「落ち着いてください。妖怪はすでに退治しました!」

「むっ。そうなのかい?」

「ええ」

「そうか……。それは良かった」


「ただ、少し問題がありまして。話を聞いてもらったのでわかると思うのですが、加藤さんはあなたの死に、とても責任を感じています」

「そのようだね。……ああ、佳奈。佳奈が責任を感じることではないというのに……」


「その通りです! だから美都子さん。あなたにお願いがあるんです。どうか、加藤さんの誤解を解いてあげてくれませんか!」

「それは、どういうことだい?」

「加藤さんに、美都子さんの思いを伝えて欲しいのです」


「そんなことができるのかい? おまえさんは私が見えるようだけど。他に見える人間はいなかった。佳奈も私が見えないんじゃないかい?」

「ええ。加藤さんも美都子さんを見ることはできません」

「だったら……」


「しかし! ここにいる照子の力を使えば、夢の中で加藤さんに会うことができるのです」

「本当かい!」

 くわっ! と、勢いよく照子のほうへ振り向く美都子さん。


「うむ。妾ならば、お主と加藤を夢の中で会わせることなど。造作もないのじゃ。なにせ妾は神じゃからな」

「だったら! すぐにでも佳奈と会わせておくれ!」

「待て待て、慌てるな。今すぐは無理じゃ」


 詰め寄る美都子さんの鬼気迫る姿に、たじたじとなる照子。


「夢で会うのじゃ。当然、加藤の奴が眠っておらねば無理じゃ。すぐにはできぬ」

「なるほど。確かにそうだね。なら、今晩にでもお願いできるかい?」

「うむ。任せておくのじゃ」

「では美都子さん。今晩、加藤さんに会ってください。えっと……」


 話は纏まったが、具体的な方法を聞いていなかった。照子は任せろといっていたが、どうしたら?


「照子、どうしたらいい?」

「ふむ。とりあえず、美都子よ。お主も幸一の家へ来ると良い。準備が、加藤の奴が眠り次第、作戦決行じゃ」

「わかったよ」


 俺たちは、美都子さんを連れて帰り道を歩く。


「そういえば、先ほど妖怪を退治したと言っていたね。照子ちゃんが退治してくれたのかい?」

 帰り道、世間話でもするような調子で美都子さんが、尋ねる。


「いや、退治したのは幸一じゃ。妾も手伝ったが、それも幸一が退治したいと言ったから。ゆえ、礼を言うなら幸一に言うが良い」

「そうなのかい。おまえさんが……、ありがとうね」

 美都子さんは俺のほうを向くと深く頭を下げる。


「いえ、当然のことをしたまでです。困っている人を助けるのは当然ですから、気にしないでください」

 加藤さんにお礼を言われたときもそうだったが。なんだかむずがゆい。


「やっぱり、おまえさんは優しいね」

 にっこりと微笑む美都子さん。

「いえ、そんなことは」

「やれやれ。お主は謙遜が過ぎるのう。もっと胸を張れば良いじゃろうに」


 いや、そうは言われても。俺自身、気付いていなかったが、面と向かって人から感謝されるのが苦手らしい。

 嬉しい気持ちは当然あるし、誇らしい気持ちにもなるが。それを殊更、表に表すのがなんというか、恥ずかしいのだ。


 というわけで、この話題はここまでだ。丁度、家に着いたし。

「ここが俺のうちです。どうぞ入ってください」

「お邪魔するよ」

 中に入る俺に続く、照子と美都子さん。


「おかえり幸ちゃん」

「ただいま」

 玄関を開けた物音に気付いた母が、ダイニングから顔を出した。


「丁度、夕飯ができたところよ。部屋に持って行くなら、恵美ちゃんに夕飯ができたって伝えてくれる」

「わかった」

「ほう。今日は海老フライか。うまそうじゃ」


 夕食の感想を言った照子の傍ら、ダイニングに入ると、お盆に載せられた夕食が、テーブルに用意されていた。

 お盆を持って、ダイニングを出る。階段を上がり、部屋の前までやってくると、向かいの部屋の妹に声をかける。


「恵美、夕飯できたってさ!」

「了解」

 妹の声が返ってきたので、自分の部屋に入る。


「ここがおまえさんの部屋かい」

「ほれほれ。早うせい」

 部屋の中をまじまじと見る美都子さん。レインポンチョのような外套をベッドに脱ぎ棄て。ベッドの上で催促する照子。


「まったくおまえは、それ一張羅なんだろ?」

 照子の様子に呆れながらも、照子の前にお盆を置き。夕食を取り分ける。

「ほら」

「いただきますなのじゃ」


「おいしそうに食べるねえ。佳奈の小さいときを思い出すよ」

 照子が座るベッドの端のほうに腰掛けていた美都子さん。照子の様子を微笑ましそうに見つめる。


「いただきます」

 俺も夕食に手をつける。そこで、ふと疑問が湧いた。

「そういえば、今晩の話だけど。何か準備とかは必要ないのか?」

 結局、具体的な方法とか、聞いてない。


「準備は必要ないのじゃ。加藤が眠れば、妾の力で夢の中へと入ることができる」

「そうか」

 それなら良い。ならば後は、加藤さんが眠るのを待つだけだな。それからしばらく。思い思いに、時間を潰す俺たち。


 途中、風呂に入りにいった以外は、俺は美都子さんの話し相手を。美都子さんは、昔の加藤さんのことを懐かしげに語り。

 俺は聞き役に徹する。そんな俺たちを尻目に、ベッドに寝転がりゲームをしている照子。


「そろそろじゃないかい?」

 二十二時を回った頃から、美都子さんはそわそわと落ち着きを亡くしていた。今は二十三時三十分だが、この質問は五回目だ。


「まだじゃ。まだ加藤は眠っておらぬ」

「まだなのか……」

「はぁー」

 思わずあくびをこぼす俺。それから、さらに二十分。


「むっ。どうやら眠ったようじゃ」

 手元のゲーム機の電源を落とす照子。

「そうかい! ついにきたんだね」

「じゃあ照子。あとは任せるぞ」


「ん? 何を言っておるのじゃ。ああ、お主は来ないつもりなのかの?」

「なんだい。おまえさんは来ないのかい?」

「え? 俺も行けるのか?」

 てっきり、照子と美都子さんだけで行くのかと。


「うむ。幸一も行けるのじゃ」

「だったら、俺も行きたい。頼めるか?」

 行っても良いなら行きたい。別に力になれるわけじゃないが、最後まで見届けたい。


「最初からそのつもりじゃ。幸一、お主はベッドに横になるのじゃ」

 すぐに言われた通りにする。

「では、行くぞ」

 照子の言葉とともに、俺の意識は薄れていった。

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