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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
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第十九話

 一挙手一投足すら見逃さないように、しっかりと妖怪の動きを監視する俺。すると頭上から音が聞こえた。

「バチバチバチ……」

 ちらりと視線を向けると、そこには雷ちゃんの姿。


 雷ちゃんはびりびりと帯電していた。雷か! 咄嗟に意図を察した俺は、急いで後ろに下がる。

 俺が妖怪から十分に距離をとったところ……。


「ギョエエエエ!」

 おぞましい妖怪の声が辺りに響いた。雷ちゃんが妖怪に雷をお見舞いしたのだ。動きを止める妖怪。

 すぐさま反撃に移る。


 妖怪をやりすごすと、加藤さんの体から伸びる黒い紐。妖怪との繋がり目掛けて蛟の杖を振り下ろす。

 よし! これで繋がりを断ち切れ……。


 思いとは裏腹に、無慈悲にも抵抗感を感じる。簡単に弾き返される蛟の杖。なんでだ? 簡単に断ち切れるんじゃなかったのか?


「奉祈に妖怪を祓うための力が足りておらん! もう一度、祝詞を唱えるのじゃ!」

 何? 確かに妖怪を体から追い出し。断ち切り。そして祓う。一つ一つの工程に力が必要だとは聞いていたが……。


 二回までは、一回の祝詞で大丈夫だと言っただろ! それなのに。いや、文句は後だ……。


「神ながら守り給い。悪し」

 すかさず祝詞を唱えようとしたものの。妖怪の姿がこちらに迫っており、やむなく中断する。

 妖怪は右腕を横に薙ぎ払う。


「くっ」

 妖怪の攻撃を後ろに後退することでかわす俺だったが、微妙に間に合わず。妖怪の腕が蛟の杖に当たる。

 衝撃で蛟の杖が手から放れた。しまった! 


 蛟の杖は遠くのほうへと弾き飛ばされる。

「馬鹿者!」

 照子から叱責が飛ぶ。不味いな……。すぐに拾いに行きたいが、ここぞとばかりに猛攻を加えてくる妖怪の攻撃を避けるので精一杯だ。


「照子! 杖を!」

「任せるのじゃ!」

 俺の叫びを聞いた照子が、蛟の杖を拾いに走り出すが。

「のわ!」


 走り出してすぐ、照子は自分が着ている、レインポンチョのような外套の裾を踏みつけ。頭から倒れこんだ。

 こんなときに、何やってんだよ! そんな動きにくい服着てるからだ!


「うっ!」

 一瞬、照子に気を取られたのが不味かった。左肩に激痛が走る。妖怪の攻撃を避けそこない、殴られたのだ。

 体制が崩れる。これでは、次の攻撃をかわしきれない。


 そんな俺のピンチに雷ちゃんが駆けつけた。雷ちゃんは俺をかばうように、妖怪と俺の間に割って入る。

 そして、そのまま妖怪の攻撃を受け止め。さらに、妖怪を押し返す。助かった。蛟の杖は……。


「先輩。杖はここです!」

 妖怪の背後で、佐々木さんが蛟の杖を掲げている。どうやら、照子の代わりに拾いに行ってくれたようだ。

 役立たずの照子とは違い。良い働きをする。


「よし。こっちに投げて……。いや、そこから逃げるんだ!」

 蛟の杖を投げ渡してもらおうとした俺だったが。佐々木さんに猛然と迫る妖怪の姿を視界に捉え。すぐに逃げろと叫ぶ。


「え?」

 疑問符を浮かべる佐々木さん。しかし、それも一瞬のことで、すぐに逃げようとした。

 が、妖怪が見えない佐々木さん、逃げる方向に迷う。


 その隙に、妖怪は佐々木さんの目の前まで迫った。妖怪が大きく腕を振り上げる。不味い!


「佐々木さん!」

 佐々木さんに駆け寄る俺。駄目だ……。間に合わない! 最悪の展開を想像する。そこに響く照子の声。


「させぬ。風ちゃん!」

 同時に、驚くほどの早さで風ちゃんが動く。佐々木さんの体を突き飛ばし。そのまま佐々木さんに覆いかぶさる風ちゃん。


 その上に振り下ろされた腕は、弾力のある風ちゃんの体に受け止められ、防がれた。良かった!

「雷ちゃん!」

 さらに雷ちゃんの名前を叫ぶ照子。その声に反応した雷ちゃん。


 妖怪の背後から突撃。同時に風ちゃんが妖怪を正面から押し返す。それにより、妖怪は風ちゃんと雷ちゃんにサンドイッチされる。

「今じゃ!」

 照子が叫ぶ。言われるまでもなく俺は動いていた。


「佐々木さん!」

 妖怪の傍まで駆け寄ると。佐々木さんの伸ばされた腕から、蛟の杖を受け取る。

「神ながら守り給い。悪しきものから祓い給え!」

 祝詞を唱え。蛟の杖を振り上げる。


 いけ! 俺は万感の思いを込め、妖怪から伸びる黒い紐、加藤さんとの繋がりに向けて、蛟の杖を力いっぱい振り下ろした。

 今度は弾かれることもなく。あっさりと断ち切られる繋がり。よし!


「よくやった! そのまま止めを刺すのじゃ!」

 言われずとも! 未だ風ちゃんと雷ちゃんによる拘束から逃れられていない妖怪。このチャンスを逃す手はない。


「神ながら守り給い。悪しきものを祓い給え!」

 すぐさまもう一度、祝詞を唱えると。今度は妖怪目掛けて蛟の杖を振り下ろす。

「これで最後!」

「ギョエエエエエ!」


 蛟の杖が当たると、妖怪は凄まじい断末魔の叫び声をあげる。徐々にぼやけていく妖怪の姿。

 妖怪の体は、黒い靄に変わり霧散していく。そして、そのまま。思いの他あっけなく消え去った。


「おお! よくやったのじゃ! ぐえっ」

 俺のほうへと駆け寄ろうとした照子が、再び外套の裾を踏みつけ転ぶ。だからそんな格好で走るなよ。

 壮絶な戦いだったのに、そんな照子の姿を見ると、台無し感がすごい。


「はぁ、やれやれ」

 力が抜けた俺、地面にへたり込む。しばらくそのままで。いつものサイズに戻った風ちゃんが、照子の傍へ向かっていくのを見ていると。

 佐々木さんに声をかけられる。


「先輩? 終わったんですか?」

「ああ、終わったよ。妖怪祓いは成功だ」

「大丈夫ですか!」

 佐々木さんは心配そうに、俺の体を調べ始める。


 そんな佐々木さんの手が左腕に触れ。激痛が走った。

「痛!」

「あっ。すみません」

 慌てて手を放す佐々木さん。


 今のは左肩だな。妖怪に殴られた場所か。制服をはだけさせて左肩を確認する。するとそこは、打ち身になっていた。

 肌の色が青く色が変色している。けっこう痛々しい。もっとも、骨は大丈夫そうである。


「ああ、大変です! すぐに手当てをしないと」

「いや。その前に加藤さんだ」

「そうでした! 佳奈ちゃん!」

 呆けて忘れていたが。加藤さん、大丈夫だろうか。


 佐々木さんは、慌てて加藤さんのもとへ駆けていく。俺も立ち上がり、佐々木さんに続く。


「加藤さんは、大丈夫そうかな?」

 加藤さんを介抱している佐々木さんの背後から声をかける。


「ええ。見たところは気絶しているだけのようです。ですが、照子様に意見を伺うべきかと」

「問題なかろう。気絶しておるだけじゃ」

 俺の隣にやってきた照子。いつものように風ちゃんに乗っている。


「問題ないそうだ」

「そうですか。良かった……」

「一件落着か」

 俺は小さくこぼしながら、蛟の杖を布袋に戻す。


「先輩。加藤さんをみていてくれますか。私は救急箱を取ってきます」

「ああ。わかった」

 家のほうへと走っていく佐々木さん。それを見送っていると、照子が話しかけてくる。


「良くやったの」

「ああ、なんとか成功したよ」

 途中、梃子摺ったが、照子のおかげで……。いや、厳密に言えば風ちゃんと雷ちゃんのおかげでなんとかなった。


 だがまあ、いろいろ助言してくれたのは照子だし、風ちゃんと雷ちゃんだって、照子の力みたいなもんだしな。


「風ちゃんと雷ちゃん。それに照子のおかげだ。ありがとう」

「気にするでない」

 そっぽを向く照子。雷ちゃんが気にするなと言わんばかりに、ぽふぽふと俺の背中にぶつかってくる。


 さて。ともかく、妖怪祓いは無事成功した……。しかし、まだ気がかりが一つ残っていた。

 未だ、目を覚まさない加藤さんに視線をやる。加藤さんはこれから、きっと立ち直れるだろう。


 妖怪を祓った以上、もう悪夢に苛まれることもなくなり、心が蝕まれることも、もうない。となれば、立ち直れるかは本人と周り次第。

 そして、加藤さんの周りには佐々木さんや木下のように、加藤さんを心配して、力になってくれる人間がいる。


 特に佐々木さんは、今回の騒動の一部始終を知っているし、加藤さんにとって、とても頼りになる存在になるだろうし。

 木下との関係は、俺のせいで少々拗れてしまったが。今一度、木下を炊きつけることができれば、なんとかなるはず。


 だから、加藤さんが立ち直れるかどうかについては、俺はさほど心配していない。気がかりなのは別のこと。


 加藤さんは十中八九立ち直れるが。それでも美都子さんに対しては、罪悪感を抱いたままに、なってしまう気がするのだ。

 妖怪が見せた悪夢のせいで、加藤さんは美都子さんの死に、責任を感じてしまっていた。


 俺は、このことが悪夢のせいだけではないと感じている。美都子さんが倒れたとき、加藤さんは木下とデートをしていたという。

 何か大事な用事ならともかく。遊んでいたために美都子さんが倒れたとき、助けを呼んであげられなかったのだ。


 そんな状況、妖怪の悪夢なしに、負い目を感じてしまっても仕方ない。俺も同じ状況で身内を亡くしたら……。

 あの日出かけなければと。一度も後悔せずに生きられるとは思えない。


 そのうえ、加藤さんは妖怪に悪夢まで見せられ。その思いをより強く、根深いものにしてしまっている。

 これでは、例え立ち直ったとしても、一生美都子さんに負い目を感じて、生きることになるだろう。


「なあ照子」

「なんじゃ?」

「俺。数日前に美都子さんの幽霊に会ったんだよ」

「美都子? ああ、加藤の祖母のことか。それがどうしたのじゃ?」


 いや、どうしたって言われると。俺も考えが整理できていないのだけど……。


「実は、美都子さんは家に帰れなくなっていてさ。道を聞かれたんだけど。そのとき、加藤さんのことを心配していてな」

「ふむ。そのようなことを、さっきも言うておったの」


「それでさ。なんとか加藤さんと美都子さんを、会わせてやることはできないだろうか?」

 俺は漠然とそう思った。だが、名案である。加藤さんと美都子さんが会って話すことができれば……。


 加藤さんの負い目を払拭できるに違いない。しかし、それは難しい。俺と違い、加藤さんは幽霊を見ることができないのだから。

 いや、あるいは俺が通訳することでなんとかならないだろか? いやでも……。


「やっぱり無理だよな」

「ふーむ。まあ、できなくはないがの」

「え? 今なんて?」

 加藤さんと美都子さんを会わせることができる。そう言ったか?


「できなくはないと言うたのじゃ」

 できなくはない……。やっぱりできると言っている!

「それは本当か!」

 思わず照子に掴みかかる。


「う、うむ。本当じゃ。もっとも、夢の中で。という方法になるがの。現実世界で会わせることはできぬ」

 夢の中か。それで大丈夫だろうか。ただの夢だと思われてしまわないか?


「そんな顔するでない。夢でも問題はないのじゃ。妖怪が見せる悪夢と同じで、現実感の伴う夢になるし。きっと大丈夫じゃ」

 妖怪の悪夢と同じか……。確かにそれならあるいは。


「それで、どうやるんだ?」

「まず、美都子とやらを探さねばならぬ。そこからは妾に任せておけば大丈夫じゃ。もっとも、あまり得意ではないのじゃが」


「美都子さんを探すか……」

 考えてみれば当然だが、美都子さんがいなければ会わせるもくそもない。しかし、難しいぞ。

 美都子さんはどこにいるかもわからない。


「なに。そう難しいことではない。雷ちゃんに任せればすぐ見つかるじゃろう」

「そうなのか?」

「うむ。雷ちゃんは美都子の幽霊に一度会っておるからの。その気配を探ることができる。ゆえ、見つけることは容易いのじゃ」


 ほう。そんな能力が頼りになるな。そんなことを思いながら雷ちゃんを見ると。雷ちゃんは任せろと言わんばかりに、空中で一回転する。


「なら。すぐにでも美都子さんを探しに行こう。そして、加藤さんと美都子さんに夢の中で話をさせてあげよう」

 そうすれば、すべての問題は解決する。


「ふむ。それは構わぬが。無論、報酬はしっかりと頂くぞ。さらにケーキを三つほど所望するのじゃ」

 むっ。珍しく協力的だと思ったら……。そういうことか。


「わかった」

 まあ、ケーキ三つで動いてくれるなら安いものだ。これで報酬のケーキは五つか……。今月のお小遣いは諦めるしかないな。

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