第十六話
今回のお話は佐々木視点となっております。
窪田先輩と別れた私は、その足で加藤さんの家に向かっていた。
「佳奈ちゃん。大丈夫でしょうか……」
小さくつぶやく私。加藤さんのことを佳奈ちゃんと。無意識に小学生のときの呼び方が出てしまった。
昔は仲が良かったですからね。
家にもよくお邪魔していましたし……。私は今でも佳奈ちゃんのことを、大切な友人だと思っている。
そう考えて、すぐに負い目を感じてしまう。今更、都合が良過ぎますよね。
実のところ、佳奈ちゃんが同じ高校だと知ったのは、つい最近。加奈ちゃんのお婆さん、美都子さんのお葬式のときだった。
美都子さんのお葬式は、うちの寺が執り行い。そのとき、久しぶりに佳奈ちゃんと会い。そして同じ高校だと知ったのだ。
まったく、ひどい話ですよね。同じ高校に通っていたのに、全然気付かなかったなんて……。
それに、美都子さんのお葬式の日まで、加奈ちゃんのことなんて、深く思い出すこともなかった。
本当に、ひどい話です。そんな私が、今更歩み寄ったところで、加奈ちゃんに拒絶されてしまうのでは?
友人、そして恋人の声すらも届かなかったと聞く。ぱっと出の。昔、仲が良かっただけ。そんな私の声が届くでしょうか?
窪田先輩には、自信満々に任せてくれと言ってしまいましたが……。正直、あまり自信はありません。
私に、佳奈ちゃんは心を開いてくれるでしょうか? いえ、弱気になってはいけませんね。
ここ最近、うちの寺に墓参りに来ていた加奈ちゃんの姿が脳裏を過る。来るたびに、元気がなくなっていった佳奈ちゃん。
勇気が出なくて、声をかけることはできませんでしたが、とても心配していました。あのとき、ちゃんと声をかけていれば……。
加奈ちゃんの心の支えになれただろうか? 今度は後悔が。もう加奈ちゃんの家が見えてきているのに。いけませんね、これでは。
負い目も、後悔もしている場合ではないです。とにかく前を向きましょう。加奈ちゃんの家の前に辿りついた私。
「ふぅー。よし!」
深呼吸をして、インターフォンに指を伸ばすが、指が震える。しかし、ここまで来て何もせずに帰るわけにもいきません!
覚悟を決めて、インターフォンを押す。
「ピンポーン」
ああ、押してしまった! もう後戻りはできません。しばらく待っていると、インターフォンから加奈ちゃんの声が。
「はい。どちらさまですか?」
「えっ、えっと。佐々木です。……今週の土曜日の法要のことで、少しお話がありまして。お時間よろしいですか?」
ああ、やってしまいました……。本当は心配で会いに来たと。そう、きちんと用件を伝えるつもりが、逃げてしまった。
咄嗟に用意していた言い訳を……。で、でも。本来の用件を伝えたら、出てきてもらえないかもしれないし。
だけど、土曜日の法要のことで話があると言われれば、出てこざるをえないはず。そう、これは作戦です。
土曜日は丁度、美都子さんが亡くなってから、四十九日。それゆえ、寺で法要する予定になっているのも本当です。
そうやって心の中で言い訳を並べていると、佳奈ちゃんが玄関から出てきた。
「入ってください」
「お邪魔します」
佳奈ちゃんの家に招き入れられる私。リビングに通された。
「そちらにどうぞ」
「どうも」
加奈ちゃんに勧められるまま、椅子に腰かける。加奈ちゃんは事務的な口ぶり。同級生というより、お客様としての対応。
「それでご用件は」
テーブルを挟んで対面に座った加奈ちゃん。これまた、事務的な口ぶりで、要件を尋ねる。ああ……、距離に隔たりが。
まあ。この状況を招いたのは、ひとえに私の失態ですけど……。
「ええっと。法要の段取りの確認を……」
今更、路線の変更も難しく。このまま話を進めることに。
「……当日の段取りについては以上です」
「わかりました」
段取りを説明し終えると、無感情に頷いてみせる佳奈ちゃん。
「それと、参列者のことですが。人数のほうの最終確認を」
本当は、こんなこと確認する必要ないのですが……。
「前にも言った通り。数人です。祖母の友人が何人かくるくらいで……」
「わかりました」
さて、嘘の用件もすべて終わってしまった。ここから本題に入りたいところですが、雰囲気が暗過ぎます。
かといって、もう話すこともありませんし……。
「……それだけですか?」
。いえ、話したいことは何一つ話せていません。でも、今にも「お帰りを」と言われかねない状況。
ええい! 四の五の考えているわけにもいかない!
もう、いくしかありません! ここは勢いで乗り切りましょう。
「まだです! 佳奈ちゃん。私のこと覚えていますか?」
うーん、ちょっと遠回りかも。普通に数年来の友人に、たまたま会ったというシチュエーションなら。問題ないこの問い。
しかし、今回の場合はもう少し踏み込むべきでした。本題までが遠いです。
「ええっと。小学校が同じだった、梨花ちゃんだよね」
困惑している様子の佳奈ちゃん。だけど、私のことを名前で呼んでくれるとは! 塩対応ではありません。
これは、いけるのでは? となれば!
「そうです。良かった。覚えていてくれたんですね! 最近、何度か会っているのに、反応が薄いから、てっきり、忘れられたのかと!」
「えっと、葬式とかの最中だったし……」
おおっと。勢いでいけるかと思いきや。加奈ちゃんは困惑した様子。
「で、ですよね! 話ができる雰囲気ではなかった、ですよね……」
「……」
なんとか、会話を続けようとするも、押し黙る加奈ちゃんの様子に、会話が途切れてしまう。そして沈黙。
「……えっと。じゃあ、そろそろ帰――」
「佳奈ちゃん! 私は今でも佳奈ちゃんのこと親友だと思ってます!」
加奈ちゃんに、話を切り上げられそうになり、私は慌てて言葉を遮った。こうなれば、やはり勢いでごり押しするしかありません!
「だから悲しそうな佳奈ちゃんを、ほうっておけないんです! ですから……」
勢いで先を進めたいが、思いとは裏腹に言葉に迷う。ここからどうしましょう? 本来の目的は妖怪に関わる用件。
しかし、ここで妖怪なんて言おうものなら、頭がおかしいと思われかねない。
「ありがとう。でも、私は大丈夫だから」
ああ、不味い。なんとか繋がないと。
「いえ。そんなわけありません! 全然、大丈夫に見えないです!」
私は間髪いれずに答えた。こうなったら、私の気持ちをぶつけましょう。
「佳奈ちゃんは美都子さんが亡くなってから、ずっと塞ぎこんでいますよね? 墓参りに来るたびに、元気がなくなっていましたよね?」
なんだかんだ私は、加奈ちゃんのことを大事な友達、親友だと思っている。その想いを、正直な気持ちをぶつけるのだ。
「それが、ずっと心配で……。美都子さんが亡くなって悲しいのはわかります。私も母や祖母が亡くなったとき。とても悲しかったから」
「……」
「だけどきっと、悲しんでいても駄目なんです。亡くなった美都子さんは、そんなことを望んでいない!」
話していると、なんだか不思議なことに既視感を感じた。
「きっと美都子さんは、加奈ちゃんに笑っていて欲しいはずです。でも、それが難しいことだとも、私はわかっています」
私も祖母や母が亡くなったとき、とても悲しくて、笑顔になるのが難しかった。
「だからこそ。私は、加奈ちゃんの手助けをしたい。もっとも、私なんかでは頼りにならないかもしれませんが……」
それでも、たった一人で抱え込むよりは良い。一人だと、どんどん気持ちが沈んでいくことを、私は知っている。
「それでも。私は佳奈ちゃんの、力になりたいんです!」
真っ直ぐ、加奈ちゃんの目を見て、そう言い切った私。今話したことは、紛う事なき私の本心である。
「……」
黙りこむ佳奈ちゃん。俯いてしまっている。やっぱり、心を開いてはくれないのでしょうか?
そう思ったとき、加奈ちゃんが顔を上げた。思考が途切れる。
「ありがとう、梨花ちゃん」
顔をあげた佳奈ちゃんの目には涙が滲んでいる。ただ、それは嬉し涙のようだ。だって佳奈ちゃんは、とても良い笑顔を浮かべているのだから。
「そういえば、昔もそんな風に励ましてくれたよね」
佳奈ちゃんが言う。ええっと……。そうでしたっけ? そんな記憶には心当たりがない。しかし、是が非でも思いださねば。
せっかく佳奈ちゃんの心が開きかけているのだから。
「ふふ。その顔は覚えていないな」
涙を拭いながら、悪戯気に微笑む佳奈ちゃん。
「……えっと、ごめんなさい」
無理でした。全然記憶にございません。
「いいよ。小さいときだったから、覚えてなくても無理ないから……。でもね。あの時の梨花ちゃんの言葉。私は今でもはっきり覚えている」
そう言われると罪悪感が……。別に忘れたことを咎める雰囲気は、佳奈ちゃんにはないけど。
「まだ、出会ったばかりの頃だったなぁー。丁度、両親を事故で亡くして、こっちへ引っ越してきた頃。私は今と同じように塞ぎこんでいた」
そうでしたっけ? 加奈ちゃんが両親を事故で亡くし。唯一の親類であった祖母の所へ、引っ越してきたということは知っていますが。
「そんなとき佳奈ちゃんは、今日と同じ事を言ってくれたんだよ」
今日と同じ事? 力になるとか、そういうことを言ったのだろうか? これだけ情報をもらっても、まだ思いだせない。
「まだ思い出せないんだ。でもそれはそれで嬉しいかも。梨花ちゃんが昔から変わっていなくて、なんだか……」
感慨深げにつぶやく佳奈ちゃん。しかし、ここまで言われると気になってしまうのが人間の性。
「何て言ったのでしたっけ?」
「ふふ。ほら、今日と同じで亡くなった人が、私の笑っている顔を見たいって。そんなことを言ってくれたんだよ」
その言葉に、冷や水をかけられたかのように。おぼろげながら思い出されるひとつの記憶。
佳奈ちゃんが話したように、私が佳奈ちゃんを励ましていた記憶。
確か、あのとき私は泣いている佳奈ちゃんの隣に、佳奈ちゃんのお母さんの幽霊を見つけて……。
「幽霊が、お母さんが見えるなんて。あのときは変なこと言うなって、思ったんだよ?」
「思い出したよ。そう! 佳奈ちゃんの隣に、お母さんの幽霊がいたんだよね」
あっ! 幽霊のことまで……。しまった! 思い出せたのが嬉しくてつい。幽霊だなんて。子供のときなら戯言だけど。
高校生にもなると痛過ぎるよね。いや、でも。どのみちこれから妖怪の話をするわけだし……。
「やっぱり梨花ちゃんは見える人なの?」
がばりと、テーブルに乗り出してくる佳奈ちゃん。
「えっ。ええ、そうなんです。といっても見えたのは子供の時だけでしたが」
なぜか話に食いついた加奈ちゃんに、戸惑いを隠せない。
普通、幽霊なんて言われると。何言ってるんだと、胡散臭いと、そう思われるのが常なのですが……。
「そうなんだ。でも、幽霊がいるって信じているんだよね」
「ええ、信じていますが」
「そ、それなら聞いて欲しいことがあるんだけど!」
さらに身を乗り出してくる佳奈ちゃん。捲し立てるように続ける。
「実は、お婆ちゃんが亡くなった日から、変な夢を見るようになって。お婆ちゃんが出てくる夢なんだけど……」
言葉を濁す加奈ちゃん。言葉に迷っている様子。
「それで?」
「えっと、お婆ちゃんが出てくるんだけど。お婆ちゃん、自分が死んだのは、私のせいだって。責め立てるの」
うーん。それはもしかして、妖怪が悪夢を見せているのでは……。
「きっとお婆ちゃんが苦しんでいるときに、私がデートに行っていたから、恨んでいるのだと思う」
そういえば、美都子さんは家にいるときに急に倒れ。そして、亡くなったのでしたね。
そのとき佳奈ちゃんは家にいなかったとは聞いていましたが。まさかデートに行っていたとは。
そして、そのことが佳奈ちゃんに罪悪感を抱かせてしまっていると。
確かに。もし、家にいたら。すぐに美都子さんを病院に搬送できたかもしれません。責任を感じても無理はないです。
ただ、そんなことは、結果論に過ぎませんし、美都子さんがそんなことを恨む人間とも思えません。
「もしかして、それが原因で知り合いと距離をとったの?」
「うん。だって、私が誰かと楽しくしていると、お婆ちゃんが怒るから」
うーむ。これは完全にあれですね。妖怪の仕業に違いありません。佳奈ちゃんを周りから孤立させるため、悪夢を見せているのでしょう。
となれば、妖怪さえ祓うことができれば、悪夢は見なくなるはず……。
「わかりました。そういうことなら、お祓いをしましょう」
「え? お祓い?」
ぽかんとした顔をする佳奈ちゃん。まあ、無理もありません。
「そうです。お祓いです」
なんだかんだあった結果。予想以上に良いスタートを切れています。これなら、妖怪祓いを受けてもらえるよう説得できるでしょう。
最初はどうなるかと思いましたが、うまくいきそうで良かったです。