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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
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第十五話

 翌日、俺はいつも通りに授業を受けていた。護衛の雷ちゃんは、俺の頭の上に浮かんでいる。

「では、この問題を……。南部(みなみべ)、解いてみろ」

 数学の授業を聞き流しながら考え込む。


 佐々木さんはうまく加藤さんと接触できただろうか? うまくいっていると良いが……。

 うーん、やっぱり、こっちはこっちで、できることをしないとか……。目線が、木下へと注がれる。


 確証はないが、おそらく木下の彼女は、加藤さんだと思う。木下は、彼女が同じ学校の生徒だと言っていた。

 そして、木下が語った彼女と疎遠になった理由。彼女の身内に不幸があってから、すっかり疎遠になってしまったという話。


 この話は、佐々木さんが語った加藤さんの境遇と一致している。身内に不幸があった時期も、一ヶ月半前と同じ。

 ゆえに、木下の彼女は加藤さんなのではないかと、俺は疑っている。


「よし。正解だ。このように……」


 もし、この仮説があっていれば、木下と加藤さんがよりを戻せるように、木下をたきつけたい。

 木下が加藤さんとよりを戻せば。加藤さんの心を癒すことに、一役買ってくれるはず。恋人関係なら、きっと心の支えに……。


「じゃあ、今度はこの問題を……。窪田、解いてみろ」


 ともかく、事実を確認したいところだ。どうやって切り出そう? やっぱり普通に尋ねてみるしかないかな?

 ただ、間違っていたら恥ずかしいうえに、木下がほっといてくれと言った問題に口を突っ込むことになる。


「おい窪田。聞いてるのか?」

 うーむ。難しい問題だ。

「窪田くん。先生が」

「え? なに?」


 考えに没頭していた俺の肩を、誰かが揺すった。揺すったのは隣に座る女子、彼女は前を見ろと促す。

 慌てて前を見ると。そこには、にっこりとほほ笑む数学教師。もっとも目はまったく笑っていない。


「どうした窪田。俺の授業は退屈か?」

「えっと……」

 やばい。もしかしてあてられていたのか? 考え事に夢中だったから、全然気付かなかった。


「まあ良い。窪田、聞く必要がないと言うなら。さっさと、この問題を問いてくれ。当然、できるよな」

 やっぱりあてられていたらしい。俺はそれに気付かず、無視し続けてしまったようだ。先生が怒るのも無理はない。


「はい。わかりました」

 俺は席を立ち黒板に向かう。ええっと、ここをこうして。確かこうなって……。その場でなんとか解答する。

 数学は、まあまあ得意なほうだから、なんとか解答できた。


「ふむ。解法はあってるが……。ここの計算を間違えている。正解はこうだ」

 慌てていたせいか、計算を間違えてしまったらしい。まったくツイていない。何も考え事をしているときに、あてなくても。

 まあ、授業中に考え事をしている俺が悪いけどさ。


「窪田、ちゃんと授業は聞くように」

「はい……」

 その後は、先生に言われた通り、きちんと授業を聞く。しばらくして、数学の授業は終わった。


「窪田、さっきは災難だったな」

「でも、珍しいよな。おまえが授業中に」

「ああ、ちょっと考え事をな」

 授業が終わると、丁度昼休み。木下と大橋が近くにやってきた。


「まあ、それは置いといて。昼飯にしようぜ」

 弁当箱を掲げてみせる大橋。木下と大橋は適当に周りの空いている席から、椅子を拝借している。

 俺もカバンから弁当箱を取り出す。


 さて、木下に話を聞くとしたら、やはり昼休みがベストだ。放課後、木下は部活があって、時間を取れないだろうし……。

「ん? 俺の顔に何かついてるか?」

 おっと、木下の顔を見つめ過ぎたか。


「いや、別に。ちょっと考え事をしていただけだ」

「何だ。そうなのか」

「おいおい。何をそんなに考えてるんだよ。あっ、さてはエロいことだろ」

 弁当を食べ始める木下。茶化してくる大橋。


「そんなわけないだろ」

「冗談だって。それよりもさ……」

 他愛ない話ばかりが続き。すぐに昼食を食べ終わる。


「はぁー。午後の授業はかったるいよな。特に、歴史の授業。お経のように教科書を読み上げるだけで、最悪だよな」

「いや、おまえはいつも、寝てるじゃないか」

 大橋はいっつも、机に突っ伏していたと記憶している。


「あれは退屈過ぎるからな。寝ても仕方ないって。……だけど、そのせいで歴史の成績がよぉー」

 まあ、退屈なのは俺も認めるところではある。ただ、成績が悪いのはおまえのせいだろ。だって、そもそもの話。


「いや、おまえ中学の時から社会科系は苦手だったじゃないか」

 そう。木下の言う通りである。とっ、そんなことどうでも良い。木下に話を聞かなければならないのだった。


「いやいや。実際のところ。ただでさえ苦手なのに、退屈過ぎて大問題なわけよ」

「なんだよそりゃ」

「木下。少し話があるんだが」

 二人の会話に割って入る。


「何だ?」

「えっと、ここではちょっと。できれば二人で話がしたい」

「構わないが」

 立ち上がる俺に続き。木下も立ち上がる。


「おいおい。二人で内緒話か? 仲間はずれは寂しいぞ」

「いや、悪いな。大橋」

「まあ、いいけどよ」

 不満そうではあったが、大橋がついてくることはなかった。


 教室を出た俺と木下。人がいない廊下にやってくると、木下が口を開く。


「でっ。話ってなんだ?」

「えっと、間違っていたら、悪いんだけどさ。おまえの彼女って、一年四組の加藤さんじゃないか?」

 回りくどいことはなしに、単刀直入に尋ねる。


「……」

 押し黙る木下。この反応はどうやら正解か?

「……どうしてわかった」

 やや逡巡した後、木下は口を開いた。


「知り合いの後輩が、加藤さんと友人だったみたいでな。そこから加藤さんの身内に不幸があったことを知って。もしかしてと思ったんだ」

「……なるほど。相変わらず、おまえの行動力には驚かされる。よく調べたな」


 え? いや、別に調べたわけではないのだが。なんというか、偶然ってやつだ。事件と事件がたまたま繋がって。

 まさか、本当に木下の彼女が加藤さんだったなんて、概ね予想していたとはいえ。俺も驚いているよ。


「だが、悪いけどこれは俺の問題だ。心配してくれているのはわかるけどな」

 話はこれで終わりだと言わんばかりに、教室へと戻ろうとする木下。そんな木下の腕を掴み、引き止める。

「待て、木下。話を聞いてくれ」


 悪いが、この問題をほうってはおけない。それは加藤さんのためでもあり、木下のためでもある。

 加藤さんを助けたいし。木下が落ち込んでいるのもなんとかしたいのだ。ゆえに、待ってくれ。


「だから、おまえが口を出すこ――」

「加藤さんは苦しんでいる」

 振り返った木下が、拒絶の言葉をつむごうとしたところを遮った。ゆっくりと、力強く続ける。


「最後の身内を亡くして。加藤さんは、一人ぼっち。とても苦しんでいる。だから、誰かが支えてあげないといけない」

「……」

 黙り込む木下、話を聞く気にはなった様子。


「木下、おまえならきっと加藤さんを支えられる」

「だが、俺は拒絶されたんだ。しばらくほっといて欲しいって」

 悲痛そうな表情をする木下。ああ、確かにそう言っていたな。だが、それでも加藤さんのこと好きなんだろ?


 今の反応がそれを物語っているし。俺は木下が、彼女ができたと嬉しそうにしていたのも、知っている。


「それだけで諦めるのか? まだ好きなんだろ? もう一回ちゃんと話しあってみたらどうだ?」

 俺には、木下が大げさに悩み過ぎているだけだと感じる。


「別れるって言われたわけじゃないんだろ?」

 木下の話しぶりでは、別れたという雰囲気ではなかった。だからきっと、加藤さんも混乱していただけだと思う。

 祖母が亡くなった事に対して、心の整理が追いつかなかったのだ。


「きっと、大切な人が突然亡くなって。気持ちの整理がつかなくて。それで、木下とも距離をとっただけさ」

 そう。それだけの話。おそらく加藤さんだって木下のことを、嫌いになったわけではないはず。


「だから、もう一度、ちゃんと話をしたほうが良いと思うんだ」

 俺はそう締めくくる。黙って話を聞いていた木下。その表情は険しい。

「……確かに、そうかもしれない」

 ややあって、ぽつりと言葉をこぼす木下。さらに続ける。


「俺、少し悩みすぎていたかも。嫌われるかもって思って、ちゃんと話をしようとしなかった……」

 そこで一度言葉を切ると、顔をあげまっすぐこっちを見る木下。そして。

「ありがとな。俺。もう一度、加奈(かな)と話し合ってみるよ」


 どうやら焚きつけることに成功したらしい。あとは加藤さん次第か。

「おう。頑張れ」

「ああ」

 話が纏まったところで教室へと戻る俺たち。


 途中、携帯にメールが届いていることに俺は気が付く。ふむ。佐々木さんからだな。どれどれ……。

『加藤さんのことで、お話したいことができました。放課後、校門前で待っていてください』


メールにはそう書かれていた。うーん。何かあったのだろうか? まあ、とりあえず返信。

『了解』

 

 それから、午後の授業を受け。そして放課後。

「佐々木さん遅いな」

 校門前で佐々木さんを待つが、なかなかやって来ない。さらに待つこと三十分。ようやく佐々木さんがやってくる。


「お待たせしました。すみません。学園祭の準備で少し遅れました」

 そういえば、もうすぐ学園祭だったか。

 うちのクラスはフリーマーケットだから、準備など必要ないが、他のクラスは頑張っていたことを思い出す。


「それは仕方ないな。でっ、何があった?」

「とりあえず。歩きながら話しましょう」

 佐々木さんに促され、帰り道へ歩き出す俺。佐々木さんが話し始める。


「実は今日、加藤さんは学校を休んでいまして。でも、加藤さんと親しい人からいろいろ情報を仕入れたのです」

 なるほど。それをわざわざ俺に報告しに来たのか……。


 というか、加藤さん学校を休んでいるのか。大丈夫だろうか? 妖怪のこともあり心配になる。

「それでですね。どうも加藤さんはここ最近、付き合いが悪くなったようで……」


 加藤さんは最近、一人で塞ぎこんでいることが増えているそうだ。心配した友人に対して「一人にして欲しい」と拒絶するような言葉を言い。

 さらにサッカー部のマネージャーもやめてしまったりと。周囲の人間を拒絶するような行動をとっているらしい。


「彼氏もいたようなのですが、その彼氏とも最近会っていないみたいです」

「なるほど」

「それで……。これって、妖怪の仕業だと思うんですよ」

「え? どういうこと?」


 なぜ、ここで妖怪が出てくる?


「あれ? 照子様から聞いてませんか」

 佐々木さんは不思議そうに首を傾げると、続ける。

「妖怪は、とり憑いた人間の心を弱らせるため。周囲から孤立させようとするんですよ」


 むっ。そんなことは照子から聞いていない。けっこう大事な情報だと言うのに。照子の奴……。

 いや、それはともかく。つまり、加藤さんが木下や友人から離れようとするのは、妖怪が悪さをしているからってことか!


「大変じゃないか!」

「はい。大変なんです! 加藤さん、今日は学校にも来ていないですし。不味い状況かもしれません」


 確かに考えてみると不味い。学校に来ていないということは……。加藤さんの心が弱っている証拠ではないだろうか。


「それで私。これから加藤さんの家まで行ってみようと思いまして」

「俺もついていっていいか?」

 そう勢い込んで尋ねる俺。しかし、佐々木さんは苦い表情になる。


「えっと。いきなり先輩が加藤さんに会うのはちょっと……」

 うーむ。そう言われるとそうだな。知り合いでもない俺がいきなり押しかけるのは、良くないだろう。


 佐々木さんとともに会いに行くとしても、雰囲気は悪くなるだろうし。むしろ、佐々木さんの邪魔をしてしまうかも。

「そうだな。悪い。心配でつい」

「いえ、お気持ちはわかります。ですが、ここは私に任せてください」


 それしかないだろうな。加藤さんのほうは佐々木さんに任せるしかない。俺のほうは、照子に意見を聞いてみるか。

「何かあったら、すぐに連絡して欲しい」


「ええ、わかっています」

「じゃあ、頼んだぞ」

「はい。任せてください」

 やり取りを済ませると、佐々木さんは元来た道を戻っていった。

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