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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
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第十三話

 次の日、俺は照子を伴って佐々木さんの家の前へとやってきていた。


「ほう。ここが佐々木の家か。なかなか良い家じゃな」

 風ちゃんに乗った照子が、佐々木さんの家を見上げている。それを尻目に俺はインターフォンを押した。

 しばらく待つと、佐々木さんが出てくる。


「お待たせしました。ああ、先輩でしたか。少し早いですね」

「待ちきれなくてな」

 十五時に待ち合わせだったが、今はまだ十五分前だ。逸る気持ちを抑えきれず。ちょっと早めに来てしまった。


「そうですか。あがってください」

「いや、できればすぐに蔵のほうへ案内して欲しいのだが」

「えっと、今はちょっと不味いです。父が――」

「梨花、お客様はどなたでしたか? おや君は。梨花のお友達ですか?」


 佐々木さんが何事か話そうとしたとき、それを遮って、奥から一人の男性が出てきた。

 剃髪した頭、濃紺色の作務衣を着込み、柔らかい雰囲気のすらっと長身の男性。どことなく佐々木さんに顔立ちが似ている。


「初めまして。窪田幸一と申します」

「初めまして。幸一くんですね。私は梨花の父親、佐々木宗治(そうはる)です。よろしく」

 なんと、佐々木さんの父親だったとは……。かなり若く見え、てっきり、お兄さんかと思ったのだが。


「それにしても、男友達が来るのは珍しいですね。小学生の時以来でしょうか。梨花は学校では元気にやっていますか?」

 のんびりとした口調で、そんなことを尋ねてくる宗治さん。


「えっと……。学年が違うのでなんとも」

「おや、そうなのですか。何年生ですか?」

「二年です」

「ちょっとお父さん。そんなことしてる場合じゃないでしょ?」


「おっと、そうでした。急いで支度をしなければ。幸一くん、私は仕事があるので失礼しますね。ゆっくりしていってください」

 いそいそと、家の中へと戻っていく宗治さん。それを尻目に佐々木さんが、こちらに近づき。小声で捲くし立てる。


「先輩、実は蔵に入るのは父に止められています。だから内密に。もうすぐ父は出かけるので、蔵へはその後で案内します」

 むっ。そうだったのか。昨日の電話で蔵を見せて欲しいと頼んだとき。最初、歯切れが悪かったのは、そういうことだったのか。


「わかった。にしても悪かったな」

 まさか、止められているとは。きちんと時間通りに来るべきだったか。

「いえ、構いません。さあ、こちらへ」

 佐々木さんの家へ招き入れられる俺、昨日と同じ和室に通された。


「では、私は父の手伝いをしてきます」

 佐々木さんは部屋を出ていく。手持ち無沙汰になる俺。とりあえず、昨日と同じように座布団へ座る。


「少し早く着いてしまったようじゃの」

「ああ」

 風ちゃんに乗った照子が、和室の中をふよふよと漂っている。それにしても、すっかり秋だな。


 吐き出し窓から見える木々はすっかり紅葉しており、風に揺られてはらはらと落ちる葉が風情を感じさせる。

 そうやって、しばらく窓から見える景色を見て、時間を潰していると。懐中電灯を持った佐々木さんが戻ってきた。


「お待たせしました先輩。ちょうど今、父は出かけて行きました。蔵のほうへ案内しますね」

「頼む」

「ようやくかの」


 立ち上がる俺。暇を持て余し、風ちゃんの上で寝そべっていた照子も、億劫そうに身を起こした。

 そうして、佐々木さんに続いて玄関へと向かう俺と照子。途中、佐々木さんが口を開く。


「そういえば、奉祈とは一体どんな物なのですか?」

 そういえば、昨日の電話でも奉祈が何なのか、聞かれたな。俺もよくわかっていなかったから、答えに詰まったのを覚えている。

 結局、妖怪祓いに必要なものと答え。言葉を濁したのだが……。


 まあ、これからそれを探すのだ。気になるよな。しかし、俺には答えられないので、照子を見つめる。

「昨日も言ったが、奉祈の形は千差万別。現物を見ないことには答えられん」

 俺の意を汲んだ照子が答えてくれるが。意味のある答えではなかった。


「俺もどんな物なのかは、わからない。でも、見ればわかる」

「はあ。そうなのですか」

 腑に落ちないといった様子の佐々木さん。気持ちはわかる。


 昨日、電話したときも一方的にごり押ししただけ。妖怪を祓うために必要な奉祈が、佐々木さんの家の蔵にあることを告げ。

 ただ、奉祈を貸して欲しいと要求しただけなのだ。ちゃんとした事情も話さずに、よく協力してくれたと思うよ。


 やっぱりきちんと話すべきだろうか? 佐々木さんは疑問に思っているはずなのに、文句ひとつ言わない。

 佐々木さんは、こちらに踏み込んでこない。俺にとって、それはとてもありがたいことだけど……。


 なんだか、罪悪感が。いろいろ協力してくれているのに……。きちんと事情を説明しないのは、不誠実な気がする。

 やはり照子のこととか、諸々を話しておくべきか。佐々木さんなら話しても問題なさそうだし。


 そんなことを考えているうちに、玄関を出る。佐々木さんは家の裏手に。そしてしばらく進むと。

「先輩、ここです」

「ここか……」


 目の前に建つ二階建ての建物を見上げる。年季の入った漆喰塗りの、昔ながらの土蔵であった。

 思っていたよりも、かなり大きい。


「今、開けますから」

 鉄でできた、重そうな両開きの扉に近づく佐々木さん。扉につけられた重厚な南京錠を弄り始める。

 すぐに鍵が開いたようで、佐々木さんが扉に手をかける。


「よいしょっと。あっ、ありがとうございます」

 佐々木さんが重そうに扉を開いていたので、すかさず手伝った。そうして、蔵の中が露わになる。

 もっとも、中は真っ暗でよく見えない。


「ふむ。ここに奉祈があるのか。どれどれ」

 扉が開かれるたと同時に、風ちゃんに乗った照子は、真っ暗な蔵に入って行ってしまう。おい、待てよ! 

 そう思うも佐々木さんがいる手前、声をかけることはできなかった。


「ちょっと待っていてください。窓を開けてきますので」

「わかった」

 懐中電灯を点けると、佐々木さんは蔵の中へと足を踏み入れた。しばらく待っていると、徐々に蔵の中が明るくなる。


 すると目に入る八つの棚、人が通れる程度の隙間を空けて等間隔に配置されるている。すごいな……。

 棚には無数の木箱と骨董品が並べられていた。どれも俺には価値がわからないが、なんとなく高そうだ。


「どうぞ」

「ああ」

 顔を出した佐々木さんに促され、俺も蔵の中へと足を踏み入れた。


「危ないものも多いので、できるだけ触らないようにお願いします」

「ああ。わかった」

 入ってすぐ佐々木さんに注意される。言われなくても不用意に触る気はなかった。触って壊してしまったら、大変だからな。


 というか、照子はどこだ。蔵の中には照子の姿はない。頼むから、余計なことを仕出かさないでくれよ。


「しかし、形がわからないというのは困りましたね。この中から探すとなると……」

 確かにそうだな。かなりの数がある。そのうえ木箱に入っているものも多い。いちいち取り出すとなれば相当手間がかかるだろう。


 いや、ともかく照子だ。照子がいないと話にならん。部屋の隅に立てかけられた梯子に目を向ける俺。

「二階もあるんだよな」

 照子の奴、二階にいったのだろうか?


「はい。二階もありま……。先輩! 何ですかあれ!」

 俺の問いに答えようとした佐々木さんだったが、急に大声を出し、斜め上を指差す。その先には……。

 風ちゃんに乗った照子の姿があった。


「幸一、あったのじゃ」

 照子は右手に見慣れないものを持っている。布袋に入った長さ一メートルほどの棒状の何か。

 それをこちらに振ってアピールする照子。


「うっ、浮いてます! 浮いてますよ。先輩!」

 照子のほうを指差す佐々木さん。俺は頭を抱える。やれやれ。照子の奴、やってくれたな……。

 佐々木さんが驚くのも無理はない。


 俺は照子が見えているから不自然じゃないが。照子が見えない佐々木さんには、照子が持っているものだけしか見えず。

 それは、独りでに空中に浮かぶことになる。空中に物が浮かんでいたら、それはもう、驚いて当然だ。


「先輩! こっちに来ますよ!」

「なんじゃ。佐々木には妾のことを説明してなかったのか」

 俺のほうへ近づいてくる照子。佐々木さんを驚かしたことに対しては、とくに気にした様子なく、気楽な口調。


「落ち着いてくれ、佐々木さん。今説明するから」

「もしかして、そこに何かいるのですね!」

 まあ、ついさっき照子のことを説明したほうが、良いかなと思っていたし……。特に咎め立てするつもりはないが。


 それよりも、なぜかやけに興奮している佐々木さんを、どうにかしないと……。


「一体何が……。うーん、全然見えません!」

 怖がるでもなく。大興奮の佐々木さん。まじまじと照子のほうを見る。

「そんなに見つめても、見えぬじゃろうに」

 その様子には照子も呆れているようだ。


「先輩! 先輩! そこに! 一体何がいるんですか?」

「ええっと……。それを今から説明するから、とりあえず、一旦落ち着いてくれないかな」

 そんなに風に、必死に俺の右肩にしがみつかれても困る。


「あっ。すみません」

 自分の行動に気がついた佐々木さん。ぱっと俺から離れた。

「ほれ。とりあえず。これが奉祈じゃ」

 照子が奉祈を渡してくるので受け取る。


「とりあえず、奉祈も見つかったから。どこか落ち着ける場所で話そうか」

「わかりました! じゃあ、すぐに片付けます!」

 佐々木さんは素早い動きで蔵の窓を閉めにいく。それを尻目に蔵の外へと出てくる俺。そこに照子が話しかけてくる。


「あ奴。なぜ興奮しておるのじゃ」

「いや、俺も理由はわからない。ただ、推測するに佐々木さんは、妖怪とかそういう類が好きなのかもしれない」

 やけに詳しいし、思い入れがあるのだろう。


「ふーむ。難儀じゃのう」

「さあ先輩、客間でお話しましょう!」

 しっかりと蔵を閉じた佐々木さん。意気揚々と家へ戻る。俺も再び佐々木さんの家へお邪魔することに。和室に戻って来た。


「さあ、話してください」

「うーん。ちょっと待って。考えを纏めるから……」

 ぐいっと、ちゃぶ台に身を乗り出してくる佐々木さんに、待ったをかける。さて、話すとなると、なかなか面倒だな。


 とりあえず現人神とかは端折って。照子のことを話す。説明が長くならないように……。最低限で。


「えっと、まずはさっきの現象なのだけど。あれは俺に付き纏っている神様の仕業なんだよ」

「おい。なんじゃその言い種は!」


 不満そうな照子。いや、他にうまい説明が思いつかなくてな。それに付き纏われているってのは、別に間違いでもないだろ?


「神様! それは本当ですか! 私、神様には会ったことがありません!」

 さらに興奮のボルテージをあげる佐々木さん。

「神様ですかー。見てみたいなぁー。今、どこにいますか?」

「えっ、ああ。ここにいるが」


 照子は俺の横に浮かんでいる。俺が手で示した場所を、穴が開くほどの鋭い眼光で見つめる佐々木さん。


「うーん。やっぱり見えません。いったいどんな姿をしているのですか?」

 いや、そんなことどうでも良いと思うのだが……。

「てるてる坊主のような格好をしている。中身は残念な童女だが」

「おい。残念とはなんじゃ」


「なるほど……」

 尚も照子のほうを凝視する佐々木さん。とにかく話を進めるぞ。

「それでだな。その神様が俺にいろいろ教えてくれたわけで。妖怪を祓う方法とか。奉祈とかも。それで知っていたんだ」


「名前は何ですか?」

「えっ、名前?」

「ええ、神様の名前です」

「えーっと……。照子と言う」


 あの、佐々木さん。俺の話、ちゃんと聞いています?


「照子様ですね。照子様。初めまして、私は佐々木梨花と申します」

 佐々木さんは照子のほうへ向かってお辞儀をする。なるほど、少なくとも真剣に聞く気はないようですね……。


「照子じゃ。もっとも聞こえておらぬじゃろうがの」

 律儀にも挨拶を返す照子。

「はぁー。よろしくって言ってるよ」

 まあ、佐々木さんが良いなら、良いけどさ……。


「恐縮です。こちらこそよろしくお願いします」

「なかなか礼儀を弁えておるの。幸一、お主もこれぐらい妾を敬うべきじゃ」

 いやー。そう言われても、なまじ見えると神様のありがたみが薄れるというか。なんというか。


 いや、他の神様は知らないけどさ。少なくとも、照子のことを敬うのは、ちょっと無理だわー。

 だって、普段の姿があれなんですもん。

「それは無理だ」

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