表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
13/33

第十二話

 俺は脳を必死に動かして考える。予想以上に事態が切迫していることはわかった。このままでは加藤さんを助けられないかもしれない。

 早急に、妖怪祓いを習得しなければ! しかし、現実は厳しい。努力したからといって、ぽんっと習得できるものでもないのだから。


 ならばやはり少しでも時間を稼ぐ必要がある。となると、それは佐々木さんに頼むのが現状ではベストだ。

「佐々木さん。頼みがあるんだけど」

 押し黙っていた佐々木さんに話しかける。


「なんですか?」

「加藤さんを励まして欲しい。俺は妖怪祓いをできるだけ早く習得する。それまでなんとか加藤さんを支えて欲しいんだ」

 昔、仲が良かった佐々木さんの言葉なら、加藤さんの心にも届くはず。


 あるいは、それが無理でも加藤さんと同級生の佐々木さんなら、加藤さんと親しい人間を見つけることもできるはず。

「なるほど。加藤さんの心を癒し、妖怪に対抗するわけですね」

 さすが佐々木さん。話が早くて助かる。


「そうだ。頼めるか?」

「もちろんです。任せてください!」

 よし。とりあえず佐々木さんの協力を取り付けた。ならば、後は俺がなんとしてでも、妖怪祓いを習得するだけだ。


「にしても先輩。最近妖怪が見えるようになったにしては、いろいろ詳しいですよね。それに妖怪祓いまでできるなんて」

「えっとそれは……」


 答えに困る質問がきた。別に照子のことを説明するのは良いのだが、長くなりそうだし。

 というか、俺としては佐々木さんが詳し過ぎることも気になるのだが。


「あ、すみません。答えにくいことを、忘れてください」

「いや、別に言えないわけじゃないが長くなる。今は妖怪祓いの練習をしないといけないし」

「そうでしたね。時間がないんでした」


 答えに迷っていると、佐々木さんが気を遣ってくれた。答えても良かったが、答えなくて良いなら、それに越したことはない。

 さて、話も済んだし。そろそろお暇させてもらおう。


「そういうわけだから、そろそろ帰るよ」

「あ、わかりました」

 立ち上がり玄関へと向かう俺たち。


「寺の入り口までお見送りしますね」

「いや、いいよ。また、何かあったら携帯に連絡してくれ。それじゃあ、また」

「わかりました。またです」

 見送るという佐々木さんの提案を断り、佐々木家を後にした。


 さて、今度こそ森林公園に向かおう。そこで命一杯、妖怪祓いを行い。早く力を認識しなければならない。

 決意を新たに。歩き出す俺。そのまま、左右をお墓に囲まれた小道を進むが、ふと立ち止まる。


「そういえば、加藤さんがいたのはこの辺りか」

 小道を逸れ。なんとなしに、加藤さんがいた辺りに近づく俺。そこには目新しい花が供えられたお墓が一つ。

 墓石には『加藤家之墓』と掘られている。


 頻繁に来ているというのは本当のようだ。墓に添えられた花は、枯れるので持ち帰るのが基本。そう母に教わった。

 それをそのままにするということは、枯れる前に新しい花を供えにくるからだろう。もっとも、寺によっては片付けてくれるらしいが。


 にしても、身内を亡くした悲しみか……。それもたった一人の、最後の身内を亡くしたのだ。その悲しみは大きかったのだろうと想像がつく。

 きっとすごくショックだったのだろうな。そのせいで心も弱ってしまったくらいなのだ。そうに違いない。そこを妖怪につけ込まれた。


「そこにいた娘のことを考えているのかい?」

「うお!」

 物思いに耽っていた俺だったが、背後から突然聞こえた声に驚く。さっと振り返ると、そこには浅葱色の着物を着た女性がいた。


 かなりの美人。だが、そんなことは一瞬でどうでも良くなる。この女性、体が透けている! 間違いない幽霊だ。

 マジかよ……。一日のうちに二回も幽霊に出くわすとは、不運にもほどがある。呪われているのだろうか。


 ともかく、幽霊とは関わり合いになりたくない。さっさと逃げたいところである。ただ、声に反応して振り返ってしまったから。

「どうしたのだ?」

 黙っている俺に再び声をかけてくる女性。


 まあ、見えてることはバレてるよね。よし、逃げよう。女性から踵を返すと、小道のほうへと向かう俺。

 しかし、あっさり女性に回り込まれた。


「無視とは、ひどいではないか」

「えっと……。お姉さんは幽霊ですよね」

「まあ、そのようなものじゃな」

「何か御用でしょうか? 正直、幽霊と関わり合いになりたくないのですが」


 仕方なく会話をする俺。頭上に浮かぶ雷ちゃんが反応しないってことは、悪い幽霊ではないのかもしれないが……。


「そう邪険にするな。少しくらい相手をしていけ」

「いえ、ほんと急いでいるので」

「待ちな」

 女性を避けて、立ち去ろうとする俺だったが、背後から服の襟首を掴まれる。


「ぐえ!」

 ちょっと待て、服を引っ張るな。首が絞まる。

「おっと、すまない」

 すぐに女性は服を放してくれる。


「だが、立ち去ろうとするおまえさんが悪いのだぞ」

「はぁー。それで何の御用でしょうか?」

 どうやら逃げるのは無理そうだ。やれやれだよ、まったく。


「おまえさん。現人神だね」

「え! なぜそれを」

 お守りを身に着けているのになんでわかった。いや、そういえば近づかれるとお守りも効果がないんだったっけ?


「なんで知っているかなぞ。どうでもいいんだよ。それよりも、おまえさんはさっきここにいた娘を助けたいと考えておるな」

「ええまあ」

 だったら、なんだというのだろうか。


「だが、力がうまく引き出せず、困っておる」

 仰る通りです。というかさっきからこの女性、すべて知っていることを確認するように問いかけてる気が……。

「そんなおまえさんに、良いことを教えてやろう」


「はあ、なんでしょうか?」

「なんだい。気のない返事だね。聞きたくないのかい?」

「いや、そういうわけでは」

 ただ、幽霊の言うことを信用しても良いのか気になるだけだ。


「ふん、まあいい。おまえさん、奉祈を探しな。この寺にある蔵の中にあるはずだよ」

 箒? そんなもの、探してどうするというのだ。

「えっと、なぜです?」


「それはだな。おっと、もう時間切れか。その先は、おまえさんに憑いておる神様に聞きな」

 意味深に言い残し、女性はすうっと消えていった。


「はぁー。いったいなんだったんだ」

 こういうのを狐につままれるというのだろうか。何がなんだかさっぱりだった。やけにこちらの事情に詳しかったが……。

 まあ良いか。気を取り直して森林公園に向かおう。




 そうして、森林公園で時間の許す限り妖怪祓いを繰り返した俺は。それでも確たる成果をあげられず。失意のうちに家へと帰ってきた。


 これで本当に加藤さんを救えるのだろうか。ふつふつと不安が湧き上がってくる。弱気になっては駄目だと思うほど、思考の坩堝にはまる。

「やめやめ」

 軽く頭を振ると、家の中へ入る俺。


「ただいまー」

 そのまま自分の部屋へと向かう。部屋に入ると、くつろいだ姿の照子。ベッドに寝転がり、ゲーム機を弄っている。


「ただいま、照子」

 俺が挨拶をするが、照子から返事はこない。

「ちょっと、聞いて欲しいのだけどさ。午後にまた幽霊に出会ってな。幽霊ってけっこうそこら辺にいるのか?」


「さあの」

 おざなりな返事。照子はどこかいつもより、つんけんしている気がする。

「なんか機嫌、悪くないか?」

 もしかして、昼の出来事をまだ引き摺っているのか?


「別に、いつも通りじゃ」

 やっぱり、引き摺っているみたいだ。いつもより対応が素っ気ないし。声のトーンも低い。

 うーん、ちょっと文句を言っただけだったのだが……。


 悪い事をしたかな。いやでも、照子の生活態度が悪いのは事実だし。特に照子の態度には、触れないことにしよう。


「そうか。ならいいけど。実はさ、その幽霊が妙なことを言っていてな」

「それが妾に関係あるかの」

 照子は話をまともに取り合う気がない様子。俺は気にせず続ける。


「それが、箒が寺にあるから探せって言うんだよ。ああ、寺ってのは、佐々木さんとこの寺な」

「ほう。奉祈が佐々木の奴の寺にのう」

 何が琴線に触れたのか。こちらを見据える照子。


 その表情は悪戯気で…………。何か嫌な予感がする。


「それは吉報じゃな。なんと奉祈が。そうかそうか」

 うんうん頷く照子。そうな態度をとられると気になるのだが。しかし、ここで食いつくのもな。

 照子は明らかに俺を釣ろうとしているみたいだし……。


「……どういうことだ?」

 しばし葛藤したが、どうしても気になったので尋ねる。

「ほう。聞きたいのか。だが、いろいろお主に教えておるのに、まったく感謝されておらぬからのう」


 意味ありげにこちらに視線を寄越す照子。

「……」

「まあでも、妾は寛大だからの。今回もタダで教えてやろうではないか」

 いろいろ言いたいが飲み込む。


 寛大な奴はそんな含みのある、ねちねちとした返しはしない。照子の奴、根に持ちすぎだろう。


「まず、奉祈とはこう書くのじゃ」

 空中を指でなぞる照子。すると、澄んだ水にインクを一滴垂らしたような感じに、空中に赤くたなびく線。

 それは『奉祈』という二つの文字となる。


 ふーん、奉祈ってそう書くのか。箒じゃなかったのね。


「奉祈とは神が引き出す力を増幅させるアイテムじゃ。もっとも重要なのは……」

 もったいぶって、言葉を切る照子。一向に続きを話そうとしない。

「おい、重要なのはなんだ?」

 たまらず、先を促す。


「ふふ。……重要なのはの。この奉祈さえあれば、どんなに才能のないボンクラでも、妖怪祓いができることじゃ」

 なんだと? それは本当か!

「じゃあ、俺でも奉祈があれば妖怪祓いができるってことか?」


「その通りじゃ。ボンクラのお主でもできる」

 さっきから、言葉に悪口が含まれているが、気にならない。素晴らしいじゃないか!

 というか、そんな素敵なアイテムがあるなら、さっさと教えろよ。


「なんで、それを教えてくれないんだよ。いや、いい。とにかく、それが佐々木さんとこの寺にあるわけか!」

 いや待て。それは着物の女性の幽霊の話が、正しいとしたらの話だ。


「照子。そもそもこの情報は幽霊から聞いた話だけど、信用できるのか?」

「おそらく大丈夫じゃろう。雷ちゃんが反応せんだのなら、悪い幽霊ではないのじゃろう。ならば嘘をつく理由もない」


「だったら、本当に寺に奉祈はあるということか」

「うむ。おそらくの。奉祈は、ちゃんと佐々木の奴の寺にあるじゃろう。だがの、果たしてお主に見つけられるかのう」

 にやりと意地の悪そうな表情をする照子。


「奉祈の形は千差万別。見た目からは、それが奉祈じゃと判別できぬ。お主に見つけられるかのう」

 どうやら、まだ照子の復讐は終わっていなかったらしい。


「ちなみに、妾なら一発で見分けられるのじゃが……」

 ちらちらと、こっちを見る照子。やれやれ、わかったよ。

「悪かったよ。昼間のことは謝る。だから、俺と一緒に奉祈を探してくれ」

 俺は深々と頭を下げる。これで気が済んだか?


「いやいや、何を謝る。幸一、お主は悪くないのじゃ。お主の言っておったことは全て的を射ておった。お主の言う通り妾は穀潰しじゃ」

 照子はまだ許してくれないらしい。本当に根に持つな。


「いや、本当に悪かったって。だから頼む」

「ふーむ。妾に頼むというのか。仕事をしておらぬ、ぐうたらな妾に仕事を頼むと……」

 いったい何が言いたい?


「じゃが、知っておるかの幸一。仕事には対価が発生するものじゃ」

 なるほど、そう言う事か。つまり。

「夕食や昼食は正当な対価だと言いたい訳か」

「いやいや、何を言っておるのじゃ。あれは護衛としての対価じゃろ。うん?」


 くっ! こいつ、他に何か……。まだ俺から強請ろうというのか。足元を見やがって!

 しかし、ここは我慢だ。仕方あるまい。


「……わかった。もったいぶるのはやめろ。何が望みだ。はっきりと口にしろ」

「ふふん。実はの。さっきテレビを見ておったら、おいしそうなケーキ屋の特集をしておっての」


「それでケーキが欲しいというわけか?」

「うむ。この近くの駅前のケーキ屋のものじゃ」

 ああ、あそこか。高校生の懐事情には少しお高い値段設定の、あの店か。


「今回のことが終わったら、買ってきてやる」

「本当か! ならばモンブランを所望するのじゃ」

 喜色満面の笑みを浮かべる照子。


「わかった。だから、奉祈探しはちゃんと手伝ってくれよ」

「無論じゃ」

 完全に機嫌を直した照子。というか、ケーキが欲しかっただけで、機嫌の悪いふりをしていたような気もする。


 まあ、ともかく話が纏まったなら、少しぐらいの出費には目を瞑ろう。

「それなら明日にでも、奉祈を探しに行くぞ。今から大丈夫かどうか。佐々木さんに電話してみる」

 喜ぶ照子の傍ら。俺は携帯を取り出し、佐々木さんに電話をかけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ