第十二話
俺は脳を必死に動かして考える。予想以上に事態が切迫していることはわかった。このままでは加藤さんを助けられないかもしれない。
早急に、妖怪祓いを習得しなければ! しかし、現実は厳しい。努力したからといって、ぽんっと習得できるものでもないのだから。
ならばやはり少しでも時間を稼ぐ必要がある。となると、それは佐々木さんに頼むのが現状ではベストだ。
「佐々木さん。頼みがあるんだけど」
押し黙っていた佐々木さんに話しかける。
「なんですか?」
「加藤さんを励まして欲しい。俺は妖怪祓いをできるだけ早く習得する。それまでなんとか加藤さんを支えて欲しいんだ」
昔、仲が良かった佐々木さんの言葉なら、加藤さんの心にも届くはず。
あるいは、それが無理でも加藤さんと同級生の佐々木さんなら、加藤さんと親しい人間を見つけることもできるはず。
「なるほど。加藤さんの心を癒し、妖怪に対抗するわけですね」
さすが佐々木さん。話が早くて助かる。
「そうだ。頼めるか?」
「もちろんです。任せてください!」
よし。とりあえず佐々木さんの協力を取り付けた。ならば、後は俺がなんとしてでも、妖怪祓いを習得するだけだ。
「にしても先輩。最近妖怪が見えるようになったにしては、いろいろ詳しいですよね。それに妖怪祓いまでできるなんて」
「えっとそれは……」
答えに困る質問がきた。別に照子のことを説明するのは良いのだが、長くなりそうだし。
というか、俺としては佐々木さんが詳し過ぎることも気になるのだが。
「あ、すみません。答えにくいことを、忘れてください」
「いや、別に言えないわけじゃないが長くなる。今は妖怪祓いの練習をしないといけないし」
「そうでしたね。時間がないんでした」
答えに迷っていると、佐々木さんが気を遣ってくれた。答えても良かったが、答えなくて良いなら、それに越したことはない。
さて、話も済んだし。そろそろお暇させてもらおう。
「そういうわけだから、そろそろ帰るよ」
「あ、わかりました」
立ち上がり玄関へと向かう俺たち。
「寺の入り口までお見送りしますね」
「いや、いいよ。また、何かあったら携帯に連絡してくれ。それじゃあ、また」
「わかりました。またです」
見送るという佐々木さんの提案を断り、佐々木家を後にした。
さて、今度こそ森林公園に向かおう。そこで命一杯、妖怪祓いを行い。早く力を認識しなければならない。
決意を新たに。歩き出す俺。そのまま、左右をお墓に囲まれた小道を進むが、ふと立ち止まる。
「そういえば、加藤さんがいたのはこの辺りか」
小道を逸れ。なんとなしに、加藤さんがいた辺りに近づく俺。そこには目新しい花が供えられたお墓が一つ。
墓石には『加藤家之墓』と掘られている。
頻繁に来ているというのは本当のようだ。墓に添えられた花は、枯れるので持ち帰るのが基本。そう母に教わった。
それをそのままにするということは、枯れる前に新しい花を供えにくるからだろう。もっとも、寺によっては片付けてくれるらしいが。
にしても、身内を亡くした悲しみか……。それもたった一人の、最後の身内を亡くしたのだ。その悲しみは大きかったのだろうと想像がつく。
きっとすごくショックだったのだろうな。そのせいで心も弱ってしまったくらいなのだ。そうに違いない。そこを妖怪につけ込まれた。
「そこにいた娘のことを考えているのかい?」
「うお!」
物思いに耽っていた俺だったが、背後から突然聞こえた声に驚く。さっと振り返ると、そこには浅葱色の着物を着た女性がいた。
かなりの美人。だが、そんなことは一瞬でどうでも良くなる。この女性、体が透けている! 間違いない幽霊だ。
マジかよ……。一日のうちに二回も幽霊に出くわすとは、不運にもほどがある。呪われているのだろうか。
ともかく、幽霊とは関わり合いになりたくない。さっさと逃げたいところである。ただ、声に反応して振り返ってしまったから。
「どうしたのだ?」
黙っている俺に再び声をかけてくる女性。
まあ、見えてることはバレてるよね。よし、逃げよう。女性から踵を返すと、小道のほうへと向かう俺。
しかし、あっさり女性に回り込まれた。
「無視とは、ひどいではないか」
「えっと……。お姉さんは幽霊ですよね」
「まあ、そのようなものじゃな」
「何か御用でしょうか? 正直、幽霊と関わり合いになりたくないのですが」
仕方なく会話をする俺。頭上に浮かぶ雷ちゃんが反応しないってことは、悪い幽霊ではないのかもしれないが……。
「そう邪険にするな。少しくらい相手をしていけ」
「いえ、ほんと急いでいるので」
「待ちな」
女性を避けて、立ち去ろうとする俺だったが、背後から服の襟首を掴まれる。
「ぐえ!」
ちょっと待て、服を引っ張るな。首が絞まる。
「おっと、すまない」
すぐに女性は服を放してくれる。
「だが、立ち去ろうとするおまえさんが悪いのだぞ」
「はぁー。それで何の御用でしょうか?」
どうやら逃げるのは無理そうだ。やれやれだよ、まったく。
「おまえさん。現人神だね」
「え! なぜそれを」
お守りを身に着けているのになんでわかった。いや、そういえば近づかれるとお守りも効果がないんだったっけ?
「なんで知っているかなぞ。どうでもいいんだよ。それよりも、おまえさんはさっきここにいた娘を助けたいと考えておるな」
「ええまあ」
だったら、なんだというのだろうか。
「だが、力がうまく引き出せず、困っておる」
仰る通りです。というかさっきからこの女性、すべて知っていることを確認するように問いかけてる気が……。
「そんなおまえさんに、良いことを教えてやろう」
「はあ、なんでしょうか?」
「なんだい。気のない返事だね。聞きたくないのかい?」
「いや、そういうわけでは」
ただ、幽霊の言うことを信用しても良いのか気になるだけだ。
「ふん、まあいい。おまえさん、奉祈を探しな。この寺にある蔵の中にあるはずだよ」
箒? そんなもの、探してどうするというのだ。
「えっと、なぜです?」
「それはだな。おっと、もう時間切れか。その先は、おまえさんに憑いておる神様に聞きな」
意味深に言い残し、女性はすうっと消えていった。
「はぁー。いったいなんだったんだ」
こういうのを狐につままれるというのだろうか。何がなんだかさっぱりだった。やけにこちらの事情に詳しかったが……。
まあ良いか。気を取り直して森林公園に向かおう。
そうして、森林公園で時間の許す限り妖怪祓いを繰り返した俺は。それでも確たる成果をあげられず。失意のうちに家へと帰ってきた。
これで本当に加藤さんを救えるのだろうか。ふつふつと不安が湧き上がってくる。弱気になっては駄目だと思うほど、思考の坩堝にはまる。
「やめやめ」
軽く頭を振ると、家の中へ入る俺。
「ただいまー」
そのまま自分の部屋へと向かう。部屋に入ると、くつろいだ姿の照子。ベッドに寝転がり、ゲーム機を弄っている。
「ただいま、照子」
俺が挨拶をするが、照子から返事はこない。
「ちょっと、聞いて欲しいのだけどさ。午後にまた幽霊に出会ってな。幽霊ってけっこうそこら辺にいるのか?」
「さあの」
おざなりな返事。照子はどこかいつもより、つんけんしている気がする。
「なんか機嫌、悪くないか?」
もしかして、昼の出来事をまだ引き摺っているのか?
「別に、いつも通りじゃ」
やっぱり、引き摺っているみたいだ。いつもより対応が素っ気ないし。声のトーンも低い。
うーん、ちょっと文句を言っただけだったのだが……。
悪い事をしたかな。いやでも、照子の生活態度が悪いのは事実だし。特に照子の態度には、触れないことにしよう。
「そうか。ならいいけど。実はさ、その幽霊が妙なことを言っていてな」
「それが妾に関係あるかの」
照子は話をまともに取り合う気がない様子。俺は気にせず続ける。
「それが、箒が寺にあるから探せって言うんだよ。ああ、寺ってのは、佐々木さんとこの寺な」
「ほう。奉祈が佐々木の奴の寺にのう」
何が琴線に触れたのか。こちらを見据える照子。
その表情は悪戯気で…………。何か嫌な予感がする。
「それは吉報じゃな。なんと奉祈が。そうかそうか」
うんうん頷く照子。そうな態度をとられると気になるのだが。しかし、ここで食いつくのもな。
照子は明らかに俺を釣ろうとしているみたいだし……。
「……どういうことだ?」
しばし葛藤したが、どうしても気になったので尋ねる。
「ほう。聞きたいのか。だが、いろいろお主に教えておるのに、まったく感謝されておらぬからのう」
意味ありげにこちらに視線を寄越す照子。
「……」
「まあでも、妾は寛大だからの。今回もタダで教えてやろうではないか」
いろいろ言いたいが飲み込む。
寛大な奴はそんな含みのある、ねちねちとした返しはしない。照子の奴、根に持ちすぎだろう。
「まず、奉祈とはこう書くのじゃ」
空中を指でなぞる照子。すると、澄んだ水にインクを一滴垂らしたような感じに、空中に赤くたなびく線。
それは『奉祈』という二つの文字となる。
ふーん、奉祈ってそう書くのか。箒じゃなかったのね。
「奉祈とは神が引き出す力を増幅させるアイテムじゃ。もっとも重要なのは……」
もったいぶって、言葉を切る照子。一向に続きを話そうとしない。
「おい、重要なのはなんだ?」
たまらず、先を促す。
「ふふ。……重要なのはの。この奉祈さえあれば、どんなに才能のないボンクラでも、妖怪祓いができることじゃ」
なんだと? それは本当か!
「じゃあ、俺でも奉祈があれば妖怪祓いができるってことか?」
「その通りじゃ。ボンクラのお主でもできる」
さっきから、言葉に悪口が含まれているが、気にならない。素晴らしいじゃないか!
というか、そんな素敵なアイテムがあるなら、さっさと教えろよ。
「なんで、それを教えてくれないんだよ。いや、いい。とにかく、それが佐々木さんとこの寺にあるわけか!」
いや待て。それは着物の女性の幽霊の話が、正しいとしたらの話だ。
「照子。そもそもこの情報は幽霊から聞いた話だけど、信用できるのか?」
「おそらく大丈夫じゃろう。雷ちゃんが反応せんだのなら、悪い幽霊ではないのじゃろう。ならば嘘をつく理由もない」
「だったら、本当に寺に奉祈はあるということか」
「うむ。おそらくの。奉祈は、ちゃんと佐々木の奴の寺にあるじゃろう。だがの、果たしてお主に見つけられるかのう」
にやりと意地の悪そうな表情をする照子。
「奉祈の形は千差万別。見た目からは、それが奉祈じゃと判別できぬ。お主に見つけられるかのう」
どうやら、まだ照子の復讐は終わっていなかったらしい。
「ちなみに、妾なら一発で見分けられるのじゃが……」
ちらちらと、こっちを見る照子。やれやれ、わかったよ。
「悪かったよ。昼間のことは謝る。だから、俺と一緒に奉祈を探してくれ」
俺は深々と頭を下げる。これで気が済んだか?
「いやいや、何を謝る。幸一、お主は悪くないのじゃ。お主の言っておったことは全て的を射ておった。お主の言う通り妾は穀潰しじゃ」
照子はまだ許してくれないらしい。本当に根に持つな。
「いや、本当に悪かったって。だから頼む」
「ふーむ。妾に頼むというのか。仕事をしておらぬ、ぐうたらな妾に仕事を頼むと……」
いったい何が言いたい?
「じゃが、知っておるかの幸一。仕事には対価が発生するものじゃ」
なるほど、そう言う事か。つまり。
「夕食や昼食は正当な対価だと言いたい訳か」
「いやいや、何を言っておるのじゃ。あれは護衛としての対価じゃろ。うん?」
くっ! こいつ、他に何か……。まだ俺から強請ろうというのか。足元を見やがって!
しかし、ここは我慢だ。仕方あるまい。
「……わかった。もったいぶるのはやめろ。何が望みだ。はっきりと口にしろ」
「ふふん。実はの。さっきテレビを見ておったら、おいしそうなケーキ屋の特集をしておっての」
「それでケーキが欲しいというわけか?」
「うむ。この近くの駅前のケーキ屋のものじゃ」
ああ、あそこか。高校生の懐事情には少しお高い値段設定の、あの店か。
「今回のことが終わったら、買ってきてやる」
「本当か! ならばモンブランを所望するのじゃ」
喜色満面の笑みを浮かべる照子。
「わかった。だから、奉祈探しはちゃんと手伝ってくれよ」
「無論じゃ」
完全に機嫌を直した照子。というか、ケーキが欲しかっただけで、機嫌の悪いふりをしていたような気もする。
まあ、ともかく話が纏まったなら、少しぐらいの出費には目を瞑ろう。
「それなら明日にでも、奉祈を探しに行くぞ。今から大丈夫かどうか。佐々木さんに電話してみる」
喜ぶ照子の傍ら。俺は携帯を取り出し、佐々木さんに電話をかけた。