第十一話
「ごちそうさまなのじゃ」
「お粗末様」
昼食のうどんを食べ終わった照子と俺。さて、照子には注意しておかないといけないことがある。
「そういや、照子。おまえ、さっきテレビを見てただろ」
「うむ。暇だったゆえの」
「おまえなー。俺がいないときに勝手をするなよ。家族に不審がられるだろ」
現に妹が消しに来たわけで。
「それにさっきの昼飯だって。少し図々しいぞ。夕食は分けているだろ。それで我慢しろよ」
いい加減、ここらで線引きをはっきりさせておかねば。このままでは俺の生活が、ずるずると照子に侵食されてしまう。
「むう。それくらい、別に良いじゃろう。妾はお主を守っておるのじゃぞ」
「にしたってなー」
確かに、それについてはとても感謝しているが、それとこれとは話が別である。だいたい……。
「おまえが何かしてくれているわけでもないだろ。護衛は雷ちゃんだし。おまえは、家でぐうたらしているだけじゃないか」
「いやいや、雷ちゃんは、妾の力みたいなものじゃし……」
まあ、そう言われると、そうかもしれないが。
「というか。おまえ、いっつも暇そうにしているよな。いいのか? 神様としてやるべきことはないのか?」
力が制御できていない俺の傍にいなければ、異常気象が起こるから仕方ないとはいえ。好き勝手し過ぎだ。
「むぅ……」
「まあ、それはともかくだ。俺としては生活態度を改めて欲しい。わがままだし。正直、今のおまえは役立たず、ただの穀潰しだぞ」
「うるさいのう。……妾とて、昨晩は……のために……」
「ん? なんだ、ぼそぼそと。聞こえないぞ。言いたいことがあるなら、はっきりとだな」
「ええい! うるさい! 妾とて、本意ではない。おりたくて、ここにおるわけでもないのじゃ!」
ベッドの上で立ち上がり、主張する照子。おおっと、どうやら照子の機嫌を損ねてしまったようだぞ。
しかしそんなに声を荒げなくとも……。ちょっと小言を言っただけじゃないか。
「それなのに、ちょっとしたことでぐちぐちと! 器の狭い男なのじゃ!」
「い、いや。そんなに怒らなくても……」
ベッドの上で地団太を踏む照子。まさか、そこまで怒るとは思っていなかった俺は、照子の剣幕にたじろぐ。一旦、逃げ出そう。
「まあ、俺はでかけるから」
「ふん。どこへでも行くと良いのじゃ」
ふて腐れた様子の照子。それをほうって、食器の載ったお盆を持って、逃げるように部屋を後にした俺。
きちんとついて来る雷ちゃんを、頭の上に引き連れてダイニングに向かう。
ダイニングでは母が洗い物をしていた。
「ごちそうさま」
「はい。お粗末様」
テーブルにお盆を返す。
「また、ちょっと出かけるから。たぶん、夕食の時間まで帰らないと思う」
「行ってらっしゃい」
母に出かけることを伝え、家を出た俺。さてと、もう一回、森林公園に行くとしようか。
森林公園で、午前中の続きをするのだ。しかし……。照子ってやっぱり子供っぽいよな。
あれくらいで怒らなくても……。そんなことを思いつつ、森林公園へと向かっていると。
途中。見覚えのある人物を見かける。あれ? あれって、妖怪にとり憑かれている子だよな。
見つけた彼女は、昨日見た、妖怪にとり憑かれている女子生徒だった。
うーん、妖怪の姿は確認できないが、彼女の中に潜んでいるのか? いや、それよりもどこへ行くのだろうか。
気になった俺は、ついつい彼女の後をつけてしまう。
彼女は花束を抱えており、学校のほうへと歩いてく。その背後、二十メートルほど後ろをこそこそと進む俺。
うーん。ついつい、尾行をしてしまったが……。どうしたもんかな。現状の俺では妖怪をどうこうできないし……。
うん? あそこは……。彼女が入って行ったのは、お寺。そこは、俺が妖怪に襲われた寺、佐々木さん家の寺であった。
ここに何のようだろうか? 彼女の後に続くように俺も境内へと入る。
彼女はどんどんと奥へと進み。本堂を通り過ぎ。そして裏手にある墓地、左右を墓石に挟まれた小道へと入っていく。
それを木の陰から観察する俺。彼女はさらに少しだけ進み。小道の途中にある水桶置き場から、水桶と柄杓を拝借。
水を汲むと少し戻り、小道を逸れてお墓の一角で立ち止まった。うーむ。どうやら、彼女は墓参りに来たらしい。
墓を掃除し、花を取り替えている彼女。そんな彼女の姿を、観察していると背後から突然、肩を叩かれる。
「窪田先輩。ここで何しているのですか?」
「うわあ!」
慌てて振り返ると、すぐ後ろに佐々木さんの姿が。
「さ、佐々木さん。驚かさないでくれよ」
「それよりも、さっきからこそこそ、一体何を見ていたのです? あれは……」
えっ、もしかして俺の様子は、ずっと見られていたのか? 不味い。
「いや、これはだな。……別に、やましいことはしていないぞ!」
「別に問い詰めていませんが。逆に怪しいですよ」
うっ。どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。
「……」
「知り合いですか?」
押し黙る俺に、佐々木さんは問いかける。
「いや、知らないが。どっかで見たことあると思って、ちょっと……」
「なるほど。見たことあったので、隠れて様子を見ていたと。苦しい言い訳ですね。舐めるように見つめていましたよね」
いやいや、それはちょっと御幣があるぞ。悪意に満ちた言い方だ。それではまるで俺がストーカーのようじゃないか!
「先輩。人を好きになるのは構いませんが。行き過ぎた行動は嫌われるだけですよ。なにより、大変気持ち悪いです」
そう続けた佐々木さんの目は、ごみを見るような目だった。
完全にストーカーだと思われてるぞ。このままでは俺の社会的地位が……。何か言い訳を……。
くっ、思いつかない。ええい! 背に腹は代えられぬ。
「違うんだよ。あの子、妖怪にとり憑かれているみたいで。それで気になって後をつけてしまったんだよ」
仕方ないので本当の理由を白状する。佐々木さんを面倒に巻き込みたくはないのだが。
「えっ。そうだったんですか?」
「ああ」
「それは失礼しました。てっきり恋心を拗らせたのかと……。しかし、そうなると大変ですね」
考え込む佐々木さん。正直に話しといてなんだけど。随分あっさりと信用してくれたな。
それにあんまり驚いていないように見える。普通、妖怪にとり憑かれたとか聞いたら、驚くと思うのだけど……。
まあ、妖怪が見える人(今は見えないが)としては佐々木さんのほうが先輩だから、いろいろあったのかもしれない。
そんなことを思っていると、突然佐々木さんに腕を掴まれる。
「先輩、ちょっとうちに来てください」
「えっ、ちょっと」
なんで? 困惑する俺を、ぐいぐいと引っ張っていく佐々木さん。
お墓の間に続く小道を進んでいく。墓参りをしている女子生徒の後ろを通り過ぎ。小道を抜ける。
案内されたのは、小道を抜けた先にあった一軒屋の前。歴史を感じさせる大きなお屋敷の前に、連れて来られた。
「さあ、どうぞ。入ってください」
「えっと、ここって佐々木さんの家?」
「ええ、そうです。どうぞ入ってください」
引き戸を開ける佐々木さん。中へ入って行く。
「お邪魔しまーす」
佐々木さんに続き。遠慮がちに中に入る俺。
「こっちです」
佐々木さんの案内で、二十畳ほどの和室に通される。
和室の真ん中にちゃぶ台と座布団。床の間があり、そこには花瓶と掛け軸がかかっていた。
「ちょっと、待っていてくださいね」
そう言って部屋を出て行く佐々木さん。うーん。流れでここまで来てしまったが、どうしてこうなった。
とりあえず、座布団に座った。
お盆を持った佐々木さんが戻ってくる。お盆には湯気の立つ湯呑みが二つ。
「どうぞ」
佐々木さんは湯呑みを一つ、俺の前へと並べると。お盆を置き、ちゃぶ台を挟んだ対面へと座った。
「ありがとう」
さて、どうしたものか。何でここまで連れて来られたのか? いや、だいたい想像はつく。
おそらくさっきの話。妖怪にとり憑かれている女子生徒の件だろう。
「さて、先輩。さっきの話なのですが、加藤さんが妖怪にとり憑かれているというのは、間違いないのですか?」
「ああ、間違いない」
やっぱり、その話か……。うん? 加藤さん?
彼女の名前か? なんで知っている。いや、佐々木さんも彼女も同じ一学年。名前くらいは知っていてもおかしくはない。
「今、加藤さんと言ったが、知り合いなのか?」
知り合いだとしたら、かなり助かるのだけど。
「昔、何度か遊んだことが。別の中学になって疎遠になってしまいましたけど」
ふむ。そういうことって、けっこうあるよね。俺も心当たりがある。もとい。そうじゃなくて。
「じゃあ、加藤さんのこと、けっこう詳しいのかな?」
「ええまあ、それなりには」
おお! 思わぬところで貴重な情報源を発見。それに、佐々木さんが昔、加藤さんと仲良かったのなら。
加藤さんの心の支えになることはできないだろうか。今はあまり親しくないから、難しいかもだけど。
俺よりは適任だろう。それで時間稼ぎができるとしたら。なんだ希望が見えてきたぞ。
「それより先輩。加藤さんが妖怪にとり憑かれているとしたら、かなり不味いです。死の危険があるんです!」
「ああ、それは俺も知っている」
佐々木さん、随分詳しいな。
「まさか加藤さんがそんなことになっているなんて……」
「大丈夫だ。俺がなんとかするから」
「先輩が?」
佐々木さんの不安を取り除こうとしたが、怪訝な顔をされた。
「俺は妖怪祓いができるんだよ。といっても、習得にはもう少し時間がかかるんだけど……」
言ってしまったな。これで尚更、加藤さんを助けないといけなくなった。佐々木さんに期待させて裏切るなんてできない。
「先輩が妖怪祓いを……。それで、どのくらいで習得できるのですか?」
「えっと、それはまだなんとも」
「そうですか」
考え込む佐々木さん。
あんまり不安を取り除けなかったみたいだ。うーむ。習得の目処が立っていなくとも、もう少し自信有り気に答えるべきだったかな。
「先輩。加藤さんにとり憑いている妖怪って、どんな感じでした?」
「どんな感じって。うーん、紙と書くものを貸してくれる?」
「持ってきます」
佐々木さんは部屋を出て行く。そしてすぐに戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
佐々木さんが持ってきたコピー用紙に、鉛筆を走らせる。
「こんな感じかな?」
描きあがった妖怪の姿。走り書きにしてはまずまずのできだ。まあ、これでも一応、美術部だしな。
「……先輩、大きさはどのくらいでしたか?」
スケッチを見ながら、真剣そうな表情で尋ねてくる佐々木さん。
「大人ぐらいの身長だったかな」
「なるほど、それなら大した妖怪ではありませんね。それが人間にとり憑いたとなると……。加藤さんの心は最初から弱っていた?」
おいおい、そんなことまでわかるのか? なんでそんなに詳しいんだよ。
「だとすると、おそらく妖怪にとり憑かれたのは、一ヶ月と半月前以降。そして最近の加藤さんの様子から考えると……」
ぶつぶつとつぶやきながら、尚も考え続ける佐々木さん。いやいや、ちょっと詳し過ぎではありませんか?
「何でそんなことまでわかるんだ」
考え事を邪魔して悪いが、口を挟まずにはいられない。
「おっと、すみません先輩。考えが口から漏れてましたか。これ、昔からのくせなんですよね」
「いや、そんなことはいいから。なんで、とり憑かれた日が一ヶ月と半月前以後だとわかるんだ?」
照子だって、そんなことはわからなかったのに。
「それはですね。妖怪の強さがわかったからです。あの妖怪は小物、本来人間にとり憑けるほどの力はありません」
「ああ、それは知っている。とり憑けるのは心が弱っている人間だけだってな」
「詳しいですね」
いや、それはこっちの台詞なのだけど……。
「えっとそれで。実は私、加藤さんの心が弱った原因に心辺りがあるんです」
「そうなのか?」
「はい。おそらくですが、身内の不幸が原因です。加藤さんは一ヶ月以上前に、唯一の身内である祖母を亡くしているんです」
なんと、それはまた厄介な話が出てきたな。原因よりも、加藤さんの身の上が問題だ。
天涯孤独ということは、傍で支えてくれる人がいない。思った以上に不味い。というか、似たような話をどこかで……。
「そして問題なのは、最近の加藤さんの様子です」
内心で頭を抱える俺に、追い討ちをかける佐々木さん。
「祖母が亡くなってから、頻繁に両親の墓参りに来ているのですが、どんどん元気がなくなっていて。思いつめた顔をするようになっているんです」
おいおい。かなりヤバいぞ。あまり時間が残されてないってことだよな。
「このままでは、近いうちに加藤さんは……」
言葉を切る佐々木さん。それでも言いたいことはわかった。加藤さんはいつ自ら命を絶ってもおかしくない状況というわけだ。