第4話 双子の門番
「おっ、白ウサギじゃーん」
城の門はとても立派だった。繊細なレリーフをほどこされた二本の柱が両脇に立ち、その間に格子門がそびえている。門は黒と金の鉄製で、ところどころに薔薇の紋章や茨の装飾が織り込まれていた。
そしてその立派な門の前では、男女の双子が。
「……お前ら何しとんねん」
「え? ポーカー」
門の前に座り込んでポーカーをやっていた。
「堂々とサボんな! 仕事せぇ!」
「あ、ロイヤルストレートフラッシュ」
「はぁ!? ダムお前まじか!」
「話聞かんかいアホども!」
なんだかちょっと白ウサギが可哀想になる。
こっぴどく怒られているこの二人は、怒られている最中にも関わらずお構いなしでポーカーをやっている。
一目で双子だとわかるくらい、二人の顔は似通ってた。どちらもアッシュグレイの髪に緑の目をしてる。でも見分けがつかないわけではない。男の子と女の子で違うからというのもあるが、性格が違うのが一目でわかるからだ。男の子の方は表情豊かだけど、女の子の方はひたすら無表情だった。
ばらりとカードを投げ出して、男の子の方が立ち上がる。
「はー、負けた負けた。あれ、白ウサギ、お前が女連れなんて珍しいじゃん。彼女?」
「アホか、ちゃうわ。この子はアリスや」
「えっ、この子が? 異世界から来るっていうから、何かもっとすげーの想像してたわ」
彼は綺麗な装飾が施された槍を肩に担いで、からからと軽快に笑ってる。
「えーと、すげーのって、具体的にどんな?」
気になったので一応聞いてみる。絶世の美女を想像していたのなら、残念だったなとしか言いようがない。
「口が耳まで避けてたり、皮膚の色がドドメ色だったり……」
「あ、そっち系なの? アリスって珍獣かなんかなの?」
「アリスが来たら一度戦いたいと思ってたんだけど……」
「悪いけど私、クリーチャー級の戦闘力は持ち合わせてないよ」
「だーよなぁ。ははっ、残念!」
彼は明るく笑って頭をかく。ひとまず、初対面でいきなり勝負を挑まれるとかいう事態にならなくて本当に良かった。
「とりあえず、よろしくなアリス。俺はトゥイードル・ディー。城の門番やってるんだ」
「あ、そーなんだ門番だったんだ……」
今サボってたけど。
その言葉を飲み込んで、アリスはちらりと女の子の方を見る。彼女は視線に気づくと立ち上がって、抑揚のない声で自己紹介をした。
「私はディーの妹のダム……お城の門番してるの。よろしくねアリス」
「あ、うん。よろしく、二人とも」
彼らは二人で門番をしているらしい。よく見れば制服も赤と黒を基調にしたデザインで、対になっている。門の両脇に立ったらとても絵になるだろう。
「そんじゃ二人とも、通っていいぜ」
ディーとダムが門の前から避けて、両脇の柱の前で姿勢を正す。門を潜り抜けようとして、白ウサギはじと目で二人を見た。
「……わかっとるやろな?ちゃんと門番の仕事」
「わーってるよぉ。今度は大人しく……」
遮るように言って、ディーはにぱっと笑う。
「チェスやるから」
「仕事せぇ!」
ナイスツッコミ。
アリスは思わず心の中で拍手した。
ただし、ディーもダムも大人しく門番やる気はさらさらないらしい。どこに隠してたのか、チェス盤も駒もちゃんとある。
「なかなか強烈な子たちですね」
「ほんまにな……」
門を後にした白ウサギはぐったりとしていた。可哀想に。
「そういやアリス、何で俺には敬語使うん?」
「え?」
「双子にはタメ口やったやろ」
「だってあの子たちは私と同じ年くらいですし。でもあなたは私より明らかに年上なので」
見たところ双子は十五、六だけど、白ウサギは二十歳は越しているように見える。アリスから見れば充分に年上だった。
「別にええよ。俺に敬語使わんでも」
「でも……」
「堅苦しいの苦手やねん。アリスも敬語使うん疲れるやろ?」
「でも、やっぱり悪いですし」
「ええよ。遠慮せんといて」
「あ、そう? じゃあやめるね」
「うん。ええって言うたの俺やけどな、そんなあっさり切り替えられると吃驚するわ」
「いや、フリかなって……」
二人はそんな会話を交わしながら、城の庭を横切っていった。
城門から続く大きな道をまっすぐ行くと、道が広くなり、その先は円形広場になっていた。ここで道が十字に交差していて、その中央に立派な噴水があった。ベンチもいくつか設置されており、ここはちょっとした憩いの場になっているらしい。
アリスと白ウサギは噴水広場を通り抜け、金銀の装飾が施された正面扉をくぐり、城内に入る。
高い天井を見上げ、大きなガラス窓の外に見える庭園を覗き込みながら、アリスは白ウサギに連れられて赤いカーペットが敷かれた廊下を歩いた。ほどなくして、女王がいるという謁見の間の前に辿り着く。
「冷静に考えると、この格好で女王様に会うってまずくない? 普段着なんだけど」
アリスは紺色のスカートの裾を指先でつまんだ。
服装はここに来たときと全く変わっていない。高校の制服である。紺色のスカートに同色のブレザー、オフホワイトのシャツに臙脂色のリボンタイと、この上なく地味である。
「あー……まぁ、ええやろ。時間あらへんし」
「ほんとさ、その……ちょいちょい雑だよね、あなた」
ここで言い合っていても始まらないということで、アリスと白ウサギはひとまず部屋に入ることにした。赤を基調としてデザインされた扉には、金銀の細工で植物の蔦が絡んでいる。扉の両脇には二つの石像があり、それぞれに冷たい石の瞳で訪問者を睨んでいた。重々しい両開きの扉を開けると、その先にはまた赤いカーペットが繋がっていて、玉座があるところは階段で高くなっている。天井まで続く大きなガラス窓を背にして、女王は玉座に座っていた。
アリスは、彼女が自分とそう年の変わらない少女であったことに驚いた。どう見ても年は十七か十八だ。少女は豊かな金髪と血のような赤色の瞳を持っていて、肌は陶器のように白い。手には赤い宝石が嵌め込まれている瀟洒な杖を持っていて、首元に白いファーがついている、ベルベッドの赤いドレスを着ていた。
彼女はすっくと立ち上がり、壇上からアリスと白ウサギを睥睨した。座っていると分からなかったが、立ち上がると背が高いことがわかる。
少女は真っ赤な口紅が引かれた唇を開き——低い声でこう言った。
「十三分四十七秒の遅刻だ、白ウサギ」
天井の高い部屋で、その声はよく響いた。
「すまんなぁ、女王」
「いつまで私にこんな不愉快な格好をさせておくつもりだ」
「ほんまごめんな。途中で猫に絡まれてん」
「言い訳無用。減給処分だ」
「えぇ……」
白ウサギがしょんぼりと耳を垂らす。その横で、アリスはぽかんと口を開けていた。
女王は美しかった。美しかったのだが、強烈に違和感があった。
「そっちの間抜け面をしているのがアリスか?」
「間抜け面て……うん、そやな……」
白ウサギは女王のあまりな言いように一言物申そうと思ったようだが、アリスの顔を見て力なく頷いた。フォローできないような顔だったのだろう。
「えーと……ちょっと待って」
手で顔を覆って、アリスは俯いた。そのまま、熟考すること三十秒。
「……あっ、ニューハーフの方ですか!?」
「安心しろ、違ぇよ」
少女と見紛う少年は、爽やかな笑顔でドスの利いた声を発した。