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夢幻の国のアリス  作者: 深見 鳴
ChapterⅠ 不思議の国への招待
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第3話 迷いの森のチェシャ猫

 



 白ウサギは、苦い顔をして立ち上がる。彼は憎たらしそうに、アリスを抱きかかえて樹上に立つ女を睨んでいた。


「お前な、最初の蹴り、首狙ったやろ! 折れたらどうすんねん!」

「ふふ、折れちゃえばよかったのに」

「ああ? ふざけんな!」

「やだ、こわーい」


 チェシャ猫と呼ばれた女は、馬鹿にしたようにくすくすと笑っていた。

 腰まで届く長い髪はあざやかなワインレッド。瞳は月のような黄金色をしている。着ているものはいやに露出度が高く、ショートパンツと上はチューブトップのみだった。そのチューブトップというのも胸のみを隠すタイプで、くびれた腰は大胆に晒されている。そしてチェシャ猫という呼び名に相応しく、頭には当然のように猫耳がついていた。

 この世界の人って全員けも耳付きなのだろうか。

 猫耳を眺めながら、アリスは呑気にそんなことを考えていた。


「腑抜けたうさちゃんには、アリスはまかせらんないなぁ……」


 チェシャ猫はにやにや笑いで白ウサギを見下ろす。


「ね、白ウサギ。この子あたしにちょうだいよ」

「ふざけんな、とっとと返しぃ。女王が待っとるんや」


 チェシャ猫はくすくすと笑いながら、アリスの顎をくいと持ち上げる。アリスと彼女の唇は、今にも触れ合いそうなところにあった。白ウサギは苦い顔をする。


「……アリスに変なことするつもりやないやろな」

「百合だって需要あると思うのよねぇ。あたし、アリスみたいな可愛い子、好みだし?」

「冗談もほどほどにしとき。アリスも嫌がって……」


 白ウサギは途中で言葉を止め、それから何とも言えない顔をした。

 妙な沈黙がその場を満たす。アリスは御構い無しに、チェシャ猫のふんわりと膨らんだ胸を揉んでいた。もにゅもにゅもにゅと、それはもう一心不乱に。


「……あの、やめてくれない?」


 さすがのチェシャ猫もこれには困ったようで、苦笑いを浮かべながらこう言った。アリスは胸を揉んでいた手を離し、失礼、と謝る。そしてその後に真顔で続けた。


「しかし、胸大きいですね。何カップですか?」

「なにこの子セクハラ……」

「そっちこそいきなり乱入してきたじゃないですか。フィフティフィフティですよ」


 アリスが大真面目に言うと、チェシャ猫は思いっきり顔をしかめた。


「……もぉ何なのこの子。白ウサギ、パース」

「うおっ!?」


 チェシャ猫はゴムまりみたいにぽいとアリスを投げる。白ウサギはぎょっとしながらも投げられたアリスを受け止めた。突然のことだったので、少しよろけている。アリスを地面に降ろすと、彼は樹上の女を睨んだ。


「……おい! 粗雑に扱うなや! 仮にもアリスやぞ!」

「仮にもってなんだ」

「うるさいよ、うさちゃん。アリスって変な子ね。まあそのくらいのが、この国ではやっていけるんじゃない」


 白ウサギもチェシャ猫も、アリスの突っ込みは黙殺して言い合いを続けた。チェシャ猫はふわりと木の上から飛び降りて、見事に地面に着地する。


「あたしが案内するわ。迷いたくなけりゃ大人しく着いてきなよ」

「ん? 珍しいな。ずいぶんと殊勝やないか」

「あたしはアリスも白ウサギもどうでもいいんだけどさ、夫人の頼みだから」

「ああ、なるほどなぁ」


 夫人って誰だろう。ていうかチェシャ猫さんて何者なんだろう。

 聞きたいことは色々あったが、とりあえず質問は一つだけに絞ることにした。


「……えーと、さっきの襲撃っぽいのは何だったんですか? あれ必要ありました?」

「ああ、あれ」


 チェシャ猫はにんまりと笑う。


「白ウサギへのイヤガラセ。見事に蹴り喰らってやんの。だっさ」

「相変わらずええ性格してんなぁ。その尻尾引っこ抜いたろか」

「あっそ、やってみな。あんたのウサ耳を先に引きちぎってやんよ」


 二人の笑顔での嫌味の応酬は森を出るまで続いた。よくも罵倒のことばが付きないものである。アリスはすっかり傍観を決め込んでいた。


「じゃあねお二人さん。女王によろしく」

「おう。案内おおきにな」

「ありがとうございました」


 アリスと白ウサギが揃ってお礼を言うと、チェシャ猫は振り返って肩越しに笑った。その瞬間、強く風が吹く。その風に目を瞑った一瞬で、彼女は姿を消した。


「……消えた?」

「あいつ、身軽やからな。神出鬼没やし」


 白ウサギは疲れたようにため息をついた。その拍子に、赤い色が視界の端に引っ掛かる。


「うさぎ。腕」

「ん?」

「怪我してますよ」


 彼の腕には軽い擦り傷が出来ていた。血が出ている。


「ああ、さっきあいつと戯れたときやな。ったく、あの猫……」

「これ、どうぞ」


 アリスが差し出したものを見て、白ウサギは目をぱちくりさせる。


「絆創膏持ってるほど女子力高くないけど、ハンカチなら持ってました。どっかに引っ掛けないように、一応巻いときますよ」

「ああ、おおきに。アリスは優しい子やな」

「それほどでも」


 適当に返事をしながら、患部にハンカチを巻きつける。多少不恰好だが、応急処置だから仕方ない。


「アリス、ほら。もう見えたで」

「何がですか?」


 顔を上げて、白ウサギが指差す方を見やる。

 鬱蒼とした木々、濃緑の葉のモザイクの向こうに、高い壁と、立派な建物が聳えていた。白亜の壁に赤い瓦の三角屋根。遠目から見ても美しいバランスの取れたシルエット。

 そう、あれはどう見ても。


「城や」


 せやな。

 よっぽどそう言い返そうかとアリスは思った。




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