地球人類からのバトン
目次
第1部 希望へのバトン
第2部 『世界』の果て
第3部 『世界』の7つの国
第4部 ホロ・プログラムの世界
第5部 AIの人としての権利
第6部 『世界』の混乱
第7部 帰還
第1部 希望へのバトン
1 酒場
「やっと帰れるよな。ここに来てから6年だぜ。本当に帰れる日がやってきたよ」
バーのカウンターの僕の隣で飲んでいる同僚が、明日到着予定の船で帰れること
が この世の一番の幸せといった感じでボルテージを上げていた。
「お前にはわからんだろうな。この気持ちは」
別にわかりたいとも思わないが、からまれるのも勘弁して欲しいと思い適当に
相槌をうった。
「やっぱり、お前にはわからないよな。地球との時差が1年半、6年間の閉ざさ
れた世界からやっと開放されるんだ。やり取りする往復で3年かかるっていう世界
とも、オサラバできるんだよ」
あまりに調子に乗っている気がしたんで、一言二言、言い返してやった。
「そうか。地球に戻っても、6年、いや、戻るまでに1年半またかかるから、
7年半経てば、俺の事なんて、みんな覚えていないかもな」
要らぬことを言ってしまったと思い、おかわりを奴におごって、席を立った。
「それでもな、リアルタイムに地球の事が、また当たり前のように分かると思
えるだけでも、心臓の動きをモニターで感じるみたいに、何だか安心できるんだ」
僕の背中から奴の言葉が聞こえてきたが、素直に喜んでやれない自分にイラ
イラしているのを、酒以外でいいから解消したいだけだった。
「あ痛たた」
酔ってもいないのに、誰かとぶつかって、今晩ついていない原因は何だったかと
考えながら、ケンカも勘弁して欲しい気分だったので、相手を見る前に丁寧に謝
った。
「大丈夫。こっちはトランクが痛がっているだけだから」
あまり見ない顔の女だった。ケンカはせずに済みそうだ。
「人を探しているんだけど、ここの事、よく知らないから、少しだけ話を聞か
せて もらえうと助かるんの。ぶつかってきたお詫びは、それ位なら安いもんで
しょう」
口喧嘩は、なおさら勘弁して欲しかった。
「酒場で探すような人間なんて、ワケありかゴロツキの類だろう。僕は知ら
ないよ」
「あらそう。ここで6年ぶりに地球に戻れる幸せ一杯の同僚と飲んでいるって
聞いたから、来たんだけど。中尉」
僕は非番で制服も着ていないのに、この女はどうして僕の階級を知っている
んだ。ついさっき頭をぶつけたトランクに目をやると、小さく入った階級章に
気付いた。
「失礼しました」
「初対面だし、お互い制服でもないから、ここはフランクに話しましょう。
中尉」
「ご質問があれば、何でもお答えします」
「フランクの意味が分かっていないみたいね。それとも制服じゃないと萌え
ない?」
何言ってるんだ、この女、イヤ、ジョークのセンスが僕にないだけなのか。
「中尉。45分後に副司令官室に出頭のこと」
2 副司令官室
酔えないどころか、冷水を浴びせられた感じになってしまった酒場から
自分の部屋に戻り、すぐにヒゲを剃って制服に着替えた。指定された時間
までは、かなり時間があるが、何の話をされるのか気が気でなかった。
住み慣れた自分の部屋なのに、まるで初めて通された彼女の部屋に来た
かのように、ぎこちなさで、あちらこちらで、つまづいたり、物を落とし
たりしながら、あれこれと思い当たる節を考えた。
ステーションには、これまでは副司令官は置かれてなかった。なぜ、今
さら……。副司令官室って、確か、検疫で没収された珍品の倉庫になって
たはずだ。もしかして、その片付けをやれって話かもしれないな。
あやうく指定された時間に遅れそうになるくらい、頭は混乱の度を増し
ていた。
「失礼いたします。出頭命令により、マドカ中尉参りました」
副司令官室のドアが静かに開いた。
「こんな時間に呼び出してしまい大変申し訳ありません。中尉」
酒場で会った時と同じ服装だが、言葉使いは全く違うぞ。この女。
「いえ。公式発表前に、お目にかかれて光栄に存じています」
「そうね。公式発表は、あと8時間後だけど。それからでは、
ゆっくりと話は出来ないのと、あなたに早々に取り掛かって欲し
い案件についても、説明に時間がかかると思ったから」
「私にですか」
「そう。でも、すぐに取り掛かって欲しい案件の事を話す前に、
一番かんじんな話をします。心配しないで、あなたの女グセの事は
よく知っているから」
この女、よけい心配になるような事を言うよ。
「適任者を選ぶのに、その事が、私のミッション・バディをあなた
に任せる事にした理由でもあります」
それって、同僚よりも他の種族と仲良くしている奴が適任みたいな
話なのか。
「単刀直入に話します。私たちの母星である地球は消滅しました」
それって、本当だとしても、すぐに実感はわかない話だし。
「何か質問はありますか」
質問って言われても、事実かどうか判断できるようなものでもない
と何とも話が先には進まないし。
「理由はまだ解明できていませんが、これが、その画像です」
目の前に地球の映像が出てきた。そして消滅までの映像があった。
「この事は、このステーションでは、あなたと私だけしか知りま
せん。ミッションが完了するまでの間、誰にも漏れないようにして
下さい」
「事実を隠す事ができるのですか」
「いい質問ですね。でも、質問が間違っています。
できるかどうかではなく、どうやったらミッションが成功するか
それだけを必死に知恵をしぼる。ただ単純にそれだけです」
「事実をすぐに伝えなかったという事が罪ならば、私はその罰を
あまんじて受ける覚悟です。いずれ、私の責任において事実を
公表するつもりです。ただし、対応できる最低限の準備はして
おかなければなりません。その事を、あなたに理解して欲しい
のです」
「もし、理解できませんと言ったら」
「ちゅうちょなく、この場で、あなたを射殺します」
その迫力は、この人が上官だというのを改めて感じさせた。
「大丈夫です。あなたが、もし、その事実を何らかの手段で
誰かに伝えるようなデータを自動発信できるよにしておいても、
私の方でも、すでに、あなたが精神錯乱になっていたというニセ
の医療情報と、あなたがクーデターを起こそうとしていたと
いうニセの事件報告書を用意していますから」
本当に、上官というよりも、どうにも逆らえない知能犯って感じ
だ。
「それでは、本題に入ります。私たちのミッションは……」
「ちょっとその前に、顔を洗いたいので、洗面をお借りしていい
ですか」
「構いません。どうぞ、ご自由に。何なら、シャワーを使って、
冷や汗をすっきり洗い流した方がいいかもね」
本当だ。手だけじゃなく、全身汗だく状態だった。
「でも、この部屋に山積みの違法検疫品の片付けをしてもらわ
なくちゃいけないから、またシャワー浴びなきゃね」
何か、おどされてるのか、やる気にさせてくれているのか、
よくわからないような気がしてきたが、悪くないな。
3 ミッション (へ続く)