オタサーのオタクくん編①
1年1組は数学Aの授業中である。
須貝百々子は数学の事なんか頭に入らない状態で、黒板の文字を作業的にノートに書いていた。
百々子の隣の席にはヒロが座っているのだ。自分が今、冷静な表情をしているのかどうかだけが百々子の気になることであって、板書をしているときだけが嫌なことを考えずに済む瞬間なのである。
百々子は隣のヒロを30秒に一回は横目で見るが一度も視線が合うことは無い。
視線が合わないということはヒロくんは私のことを見ていない、見ていないなら私が見ていることに気づいていない、ということはずっと見ていても大丈夫、でもこれじゃ私がまだヒロくんのこと好きみたいじゃん!
という駆け引きを短い時間で何往復もする百々子。
私、もう好きじゃないし。もうヒロくんのこと見ないし。つーか興味ないし。
と、思いながらヒロの方をじぃっと見つめる。
すると、さすがにヒロが気づき、百々子と目が合う。
ヒロくんと目が合っちゃった!やっぱりヒロくんも私のこと好きなんだ!
と思いながら慌てて顔をそらし急速に板書を進める百々子であった。
百々子は決意する。ヒロの方へ消しゴムを落とし、拾ってもらう作戦。略して『ヒロくんにヒロってもらう作戦』を実行すると。
そして百々子は自分のノートを見て思わずニヤリとする。
この授業はべクトルの授業だ。ヒロくんが気づくためにはヒロくんの机の右前脚に一度当ててからヒロくんの取りやすい位置に跳ね返るべきである。その点をそれぞれ点P、点Nとすると求められる力xと角度yは……。
授業が終わっていた。
周りが起立したところで状況を把握する百々子。慌てて立ち上がると百々子の消しゴムが落っこちてしまう。そしてそれがヒロの足元に落ちる。
ヒロは消しゴムを一度見たが、拾うことなくどこかへ歩いて行ってしまう。
百々子は膝をついて、頭を下げてヒロの机の下にある消しゴムを拾う。
「なに都合のいい勘違いしてるんだろ、私が振ったくせに」
お昼休みになって、隣の席で弁当箱を開けるヒロ。
百々子は物音立てずに廊下へ出ていく。両肩に力が入り窮屈な姿勢になって歩く。
落ち込む百々子に追い打ち、対面から元彼のマッキーが歩いてくる。百々子は俯きながらその場をやり過ごす。
独りボッチのオアシス、中庭のベンチ。百々子はその場所を確保できたが、雨が降ったらどうしようなどと不安スパイラルが頭を埋め尽くす。
「でも誰にも見られてないのは安心するな……」
ぼそっと言う。
しかし、百々子の視線の先にはこちらを見て、何かもじゃもじゃしゃべっている怪しい男たちの集団がいる。
複数の男たちが百々子を見ては話し合い、また百々子の方を見ている。
そして、もじゃもじゃな打ち合わせの結果なのか、頭がもじゃもじゃの男が顔を覗き込むような姿勢のまま近づいてくる。
百々子は恐怖のあまり現実を受け止めきれない。
「な、な、ごめんなさい!このベンチ勝手に使っちゃって!」
「ち、ち、ち、ちちがいます!ベンチ、どうぞ!」
「あ、あ、あありがとうございます!」
「べべ、ベンチ!じゃなくて、お、お、おねがおいがありms...」
「はい!なんでしょうか!!」
「お、お、お、れたち、なかま!」
「え!?え!違います!」
「ち、違います!!俺たちの仲間からお願いがあります!」
「あ、はい!」
「スケッチさせてください!!」
「え、あ、え……あ、はい……」