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反省ちゃん編③

マンガ研究部のみんなからは、もしかしたら嫌われているのかもしれない。

付き合ったり別れたりみたいな問題は抱えていないけれど、嫌われる要素を凝縮したような醜態をさらした覚えがある。

ましてや百々子が通わなくなってからも部員たちは活動を続けてたわけで、須貝百々子という奴は本当に迷惑だったなと、そんな会話で盛り上がっているかもしれない。

百々子にとっては自分が有頂天になっていた時期だけに、過去の自分をぶん殴ってやりたいような、そんな記憶だった。

あれ以来、凛もマンガ研究部には顔を出していないようだし、百々子が参加していたおよそ一か月は、嵐が過ぎ去ったようなそんな迷惑だったのかもしれない。

それでようやく落ち着きを取り戻した頃合いにまたこうやって風を吹かせようとするのだから、躊躇しないわけがない。

今更変わりましたと言ったところで誰が信じるのだろうか。


それともう一つ行きたくない理由があるとすれば、彼らは凛を知ってしまった。きっと全員が凛にベタ惚れだろう。百々子が来たら予想をすかすような、舌打ちするような感じがするのだ。敵は3対してこちらは1の圧倒的不利な状況でもある。

つらつらと行きたくない理由が出てくる。

でももしマンガ研究部の活動している、あの家庭科室の扉を開けることが出来たら。ひょっとしたら昔のように仲良くできるのかもしれない、昔に戻れなくとも新しい関係として仲良くなれるのかもしれない。

そうだ、50%50%なのだ。これは運試しだ。負けたところで自分の愚かさが明確になるだけだ。そんなことはとっくにわかっていることだ。彼らが百々子を責めたりすることはないだろう。あのイベントに関しては、全員が複雑な気持ちを抱いている。それこそ蓋をしたくなるような。

あとはどうやって勇気を出すか。勇気を出す理由がなければ人は、ロボットのようにONとOFFで指示に従うしかない。百々子の取った行動は『家庭科室の扉を開ける』という命令を自分にした後、その先を思考するのをやめることだった。

扉を開ければ、後のことは勝手に進むんだと。この先になにか進展があるのだと。ただひたすらに歩く。扉の前でたたずむことなく、命令に従うように躊躇なくドアに手を掛ける。



扉は開かなかった。

思考が停止した。


曇りガラスの向こう側はよくわからないが、家庭科室の明かりがついているようには見えなかった。

マンガ研究部に休みの日などは無いし、毎日集まって運動部と同じように時間いっぱいまで学校に残っていたメンツだ。

命令されて来ただけの百々子は状況が呑み込めない。

ちらっと上を見上げるとここが家庭科室だとわかる。例えば隣の情報室では、声がするし明かりがついているからパソコン部が活動しているのがわかる。

分からないのはなぜカギがかかっているのかってことと、なぜ自分はここに立っているのかってこと。

それから百々子は、ふらっと下校することにした。


下校するタイミングとしては中途半端な時間。

真っ先に帰る生徒と遅くまで残る生徒の、その中間に百々子は居た。したがって周りに学生なんかいない。

なんだかしんみりした気持ちでとぼとぼ歩く。だんだんと思考が甦ってきて、もし家庭科室にみんなが居たらどんなことを話しただろうと、脳内会話シミュレーションしようとした。

でも百々子がドアを開けても誰も話し始めないのだ。百々子が話し始めないとこの問題は前には進まない。


百々子は携帯を開く。電話帳を開く。開かなかった家庭科室の扉を開けるためにタンク、しげる、サト先、誰と電話をすればいいんだろう。

直観的にしげるだと思った。

恐らくしげるはマンガ研究部問題について、一番悩んだのではないだろうか。今でも考えて考えて、なにか解決策を閃こうとしている。しげるは人間関係に敏感で、きちんと百々子と対立した存在だ。


「もしもし、百々子です」

「あぁ、久しぶり……」

「ちょっと会って話したいことがあるんだけど」

「なんの話?」

「マンガ研究部の話」

「……いいけど話すことなんてないよ?」

百々子はショックだった。しげるは今でも葛藤してると思ったのに、既に黒歴史になっていたのだ。

「お願い、私も終わらせたいの」

漫画の主人公のようなセリフ。オタクならこの熱い問いに対する答えは決まっている。

「わかった……すべてを話そう」



決着の場所として選んだのは家庭科室。先生に鍵を借りて1時間遅れで部活がスタートした。しかしここにタンクとサト先はいない。

「元々集まってゲームしたりするだけの部活だから、結束とかがなかったんだよ。他の部活みたいに。だから無くなっても自然だったつうか」

「みんな退部したの?」

「いや、なーなーで誰も集まんなくなっただけ」

「でも、部活がなくても友達でしょ?」

「嫌いになったわけではないけど……話そうとすると解決してない問題と直面することになるから、なんか嫌なんだよ」

「問題って何のことなの?」

「あのさぁ、何で責められなきゃいけないんだよ。俺は姫に頼まれてしょうがなく来てるんだよ」

「あ、ごめん」

「問題っつうかさ、俺はイベントのとき終始イライラしてただろ?それをみんなは良く思わないわけだよ。俺も今更何もなかったかのように平然と遊べるか?」

「それだけのことで集まらなくなっちゃうのって、なんかおかしい」

「いやさ、あんまり言いたくないけど、姫だってさ、ちょっとわがままだった部分とかもあるわけじゃん。それでみんな、なんだよあいつ的に思うわけよ。ってことは俺に対してもみんな不満があるだろうし、やっぱ会わなくていいやってなる」

百々子は一瞬イラっとしたが、同時に納得してしまった。この苛立ちこそが関係崩壊の原因だろう。

お互いに苛立ちを抱えて話などできない。見て見ぬふりをして生きていくのは辛いのだ。

この先の言葉が百々子には思いつかない。解決させるために来たのに、今、失敗を告げられたのだ。

「それだけの関係だったてこと、言っただろ?結束がないんだよ」

「私ね、つい最近だけど人は変わるんだってことを感じたの。人が変わるんだったら、今抱えてる問題もいつか解決するかもしれないと思う」

ヒロと話したときに感じたこと。人には成長がある。今回もそのケースに当てはまると百々子は信じている。

「うーん。わからない。成長する人もいるかもしれないし、長く付き合うことで問題を解決する方に持っていける人もいるかもしれない」


百々子は泣いてしまった。


「え?どうしたの?姫?大丈夫?」

百々子が泣く理由にしげるは思い当たる節が全くなかった。

「ごめん大丈夫……」


「ごめん。話してくれてありがとう。悪いけど先に帰るね」


百々子は気づいてしまった。

しげるが言っていることも百々子が考えることも間違いではないのだとしたら。

人は変わる。

あの、真っ向から対立して、悪いことを悪いと言うしげるが、変わった。

百々子は変わるという言葉に肯定的なとらえ方をし過ぎていた。

しげるは変わった。もう昔のしげるではない。

マンガ研究部の問題を解決しない道を選んだ。でもこれは、しげるらしい全員の気持ちを理解したうえでの結論でもあった。


解決しない問題がある。失敗のまま終わってしまうことがある。成長につながらないこともある。自分の考えを歪ませる出来事もある。自分の変化が良かったのか悪かったのかわからない。

それらを含めて人は変わるのだと、百々子は知った。

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