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反省ちゃん編②

次の相手はヒロ。

席が隣で、こんなに近くにいるのに、あれっきり話をしていない。

他の人とも関係はこじれてしまっているが、ヒロはそのなかでも断トツだろう。それは隣の席だからこそ、常に相手のことを意識したうえでの非接触であるからだ。

今回もやはりなんて声を掛ければ話し合いをしてくれるのか。それが百々子の悩みの種だった。そもそも一方的に自分が解決するための話し合いに、相手を巻き込むわけだから断られる可能性も……。

一日中ヒロの様子をうかがっていた百々子。何か一言でも声を発したら、それに相手が返事をしてくれたらそのあとの言葉はスッと出てきそうな気がする。百々子とヒロはカップルだったのだから。

そのまま学校は終わり、今日はもうダメだと落ち込む百々子。

でも。それだと今までの自分と変わらないから。


気づいたらヒロを尾行している百々子。

迷惑な探偵さながら電信柱の陰に隠れてヒロの背中を眺めている。ヒロの自宅が近づくにつれ百々子の中で思い出がよみがえって来る。

当然別れた時も。ヒロの母に挨拶をして、ソファーを家に運んで、それから話をしたらいつの間にか別れ話になっていた。

こんな話はただの汚点にしかならない。だからこそ、物語に落ちをつけるんだ。ハッピーエンドを目指すんだ。


「百々子さん、バレバレですし……」

ヒロが振り返る。

電柱に隠れる惨めな百々子はオーバーヒートしそうになった。

「何か用ですか?朝から僕のことを見てたみたいですし」

ヒロの方から歩いて近づいてくる。

時間が癒してくれるものなのだろうか、ヒロの声は優しかった。ヒロはもう百々子を怨んではいないのだろうか。

「ストーカーみたいなことしてごめんね」

一歩間違えれば、タイミングが悪ければ、こんな行為はヒロの怒りを駆り立てるかもしれない。その危うさに気づき、百々子は戦慄した。

「確かにストーカーですね。僕に何か用ですか?」

ヒロは微笑む。変わろうとしてるのは百々子だけではないのだと知った。

「ちょっと話に付き合ってほしいんだけど……」

「いいですよ。うちの家に来ます?」

百々子からすればトラウマの地である。ヒロの母親にはどう説明してあるのだろう。このまま話さなければ永遠に知らないままの空間へ誘われた百々子。

今の百々子にとって答えはイエスであった。



小さいテーブルがあって、ヒロと百々子は対面している。

ヒロの母親がノックしてお茶を持ってくる。

「久しぶりね、百々子ちゃん」

その顔はやっぱりやさしかった。

「あのごめんなさいあの後、私」

「いいのよ、また会えてうれしいわ」

百々子は救われたような気がした。

「じゃあね、ゆっくりしてね」

そう言って去っていくヒロの母。

確実にあの時とは違うんだと実感する。でも、話は前に進んでいると。過去の自分を救えると思う百々子だった。


「やっぱりいいお母さんだね」

「まあいいところもある」

照れてなのか、ヒロはお茶を含みながら言った。

「なつかしいな~」

辺りを見渡す百々子。

「あれ?なんか変わった?」

「家具の配置をだいぶ変えた。パソコンとベッドは近い方がいいかなと思ったし、古いマンガは売ったからその分空いたスペースにこの小さい照明置いたり」

「へぇそうなんだ……もしかしてさぁ、新しく彼女出来たとか?」

「ち、違いますよ!僕に彼女なんか……」

慌てて早口になるヒロ。

「ほんと、あの時のことは幻みたいなものだと思ってますよ」

「遊園地に行ったときさ、手をつないだでしょ?」

「えぇ」

「あのときヒロくんが全く汗をかいてなくて、私と一緒にいてもドキドキしないんだ……って思って、私、勝手に好かれてないんだって思ってたの。なんかね、方向性が違うような気がして、そっから先は別れ話を持ちかけようとしてたかもしれない」

「そうだったんですか。相手の気持ちはわからないものですね……」

少し真面目な表情になるヒロ。

「でも今日会って、ヒロくんと話せて、私の気持ちを伝えられてよかった」

「なんだか変わりましたね、百々子さん」

「うん。この部屋だって変わったでしょ?人は変わるんだってわかったの。もしあの時気づいていたら、いまさら言っても仕方ないけど、人が変わるんだとしたら、一時の勘違いも方向性の違いも意見の食い違いも些細なことだったのかもしれないね」


人は変わる。相手の人生を受け入れて自分の一部にすること。それが優しいということなのかもしれない。


しかし、百々子は気づいていた。そのことが密かに嬉しかった。


ソファーの場所だけは変わっていないこと。

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