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危ない先生くん編⑤

生徒指導室とは、悪い生徒を叱るための場所のようなイメージがあるが…、百々子は扉の前で固まっていた。

ガラス越しに中の様子を確認できるわけでもなく、覗き穴みたいな親切設計もない。

逆に言えば鍵を閉めてしまえば誰にも邪魔されることない空間が出来上がる。だからこそ百々子は立ち止まっている。

とりあえずそっと中を確認する手段に出る百々子。音を立てずに扉を横にスライドさせていき、そして隙間から中を確認した。

浦沢先生。自分のものだろうか、メモ帳を読んでいる。こちらには気づいていない。

とりあえず落ち着こう。背中を向けて一呼吸。でも音を立てずにやろうとするとかなりぎこちないものになる。こんなところほかの先生に見られたら、それこそ怪しすぎる。

百々子は周りに人がいないかを確認する。すると異常な光景が目に留まった。

凛が駐輪場から廊下に立っている百々子を睨んでいた。

他の生徒が自転車を押して帰ろうとしているのに対して、凛は自転車を掴んだまま動かないで百々子を見つめている。静と動の違和感で嫌というほど目につくのだ。

百々子は声を掛けに行くことが出来なかった。あまりにも恐ろしかった。見なかったことにしたい。百々子は、すでに事件に巻き込まれてるのだと悟った。

始まりの違和感からここに至るまで、この状況を回避する術は無かったのかと後悔する。なぜ、大したことないと決めつけていたんだろうと。

凛はさっきのように取り繕った笑顔をすることなく、ただただ百々子を見つめている。これは百々子を敵だと、あるいはターゲットだと認識しているように思えた。


百々子の逃げ場はこの生徒指導室しかなかった。

「浦沢先生…私、に……何か…ご用です、か?」

動揺を隠しきれない百々子。過呼吸になり、言葉を発するたびに唾を飲み込む。

「落ち着いて、大丈夫だから。そこに座って」

「はい」

声が強めに出てしまう。椅子を引くとガタガタ音が鳴ってしまう。そのたびに『すみません』と謝ってしまう百々子。

「大丈夫だよ、ゆっくりでいいよ」

ゆっくりでいいゆっくりでいいゆっくりでいいゆっくりで……百々子の頭をグルグル回って、一向に落ち着く気配がない。

「落ち着いて、先生は味方だから」

落ち着く落ち着く落ち着く。少しずつ周りが見えてきた。椅子。机。私。

「す、すいません。き、ききききん、緊張しててt」

「大丈夫だよ」

この極限状態における優しい言葉は、百々子の心を救った。

浦沢の言葉が甦ってくる、『大丈夫』『ゆっくりで』『先生は味方』。

平林凛を敵とするならば、浦沢先生が味方。この恐ろしい状況から守ってくれる存在。生きる道を示してくれる存在。

やっとのこと、椅子に座ることができた百々子。大きくため息を吐く。

浦沢は眼鏡をクイッと上げないがら言う。

「須貝さん、最近変わったことはないかい?」

「変わったこと……私に、話しかける、人が増えました」

百々子は斜め下方向を向きながら話す。

「話しかける人とは?」

「うちのクラスのユリコさんとトモミさん」

この段階で凛のことを話すのは違うだろうと思い、避けて言う。

「二人にお願いしたのは僕なんだよ。須貝さんは一人で寂しかったんだろう?」

「は、はぁ……」

百々子は困った顔をして見せるが依然として浦沢の態度は変わらない。

「それで、学校生活は良くなったかい?」

百々子は目を細める。

「むしろ悪化しました」

下を向いて、虚空に憎しみをぶつけるような言葉だった。

偽りの交友関係のこと、凛に敵視されたこと、本来ないはずの不具合が起き始めて、百々子の余裕が奪われていく。

「それはなぜ?」

「わかりません」

浦沢はそれを聞いて何度か頷く。

「教えてあげるよ」

浦沢は前のめりになり、百々子に顔を近づける。

「君は人生を間違えたんだ。本来いるはずの友達も、最低限のコミュニケーション能力もなくて、折角僕が与えたチャンスを無駄にした。はっきり言ってそれは君がどうしようもなくクズ人間だったからだ」

「クズじゃ……ありません」

目の下に力が入るような睨み方で浦沢を見る。

浦沢は依然態度を変えない。

「君は自分のことをどれだけ理解できているんだ?もし理解できていたら今までこんな失敗はしてなかっただろう?不良の仲間に省きものにされ、急に小林ヒロと話すようになったと思ったら突然一言も話さなくなって、マンガ研究部に出入りするようになったがそれもやめてしまった。君の言葉に説得力があるか?」

「わかりません」

「僕はね、凛をクラス一の人気者に仕立て上げたんだよ。彼女もどうしようもないクズだったが僕のコントロールで飛躍的に成長したんだ。いいかい須貝さん?客観的な目だよ。客観的な視点から見て動かないとこの世界は生きていけないんだ。君も痛感しただろう?」

「はい」

「君に同じことをしてあげよう。君にはまだまだ成長の余地がある」

話ながら浦沢は自身の腕時計を見る。

「この生徒指導室は5時までしか使えないんだ。どうだろう?話の続きが聞きたいかい?」

「聞きたいです」

「車で送るから話の続きは車内でどうだろう」



百々子の洗脳生活が始まった。

人格を全否定して、更地になった心に自分の考えを植え付けていく。

そうやって浦沢の言葉に従うようになっていく。

最初は放課後に浦沢の家に通わせ、家事をさせる程度だった。しかし、次第に百々子の方が浦沢に尽くしたいと思うようになるのだ。

「先生、どうです?私のエプロン姿」

「すごくいいよ」

「料理の味はどうです?」

「うん。悪くない」

「先生、明日は休みですから、朝からお邪魔しますね」

「ああ」

「明日はずーっと一緒ですからね。先生」

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