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危ない先生くん編③

「あ、あたしやべぇ、予習しなきゃ……」

ユリコが、絶対に言わない言葉を口にした。

「あたしもー」

トモミはそれに便乗して、二人は席に戻る。

百々子は二人が席に着いた後も観察していたが、大きく動揺しているようには見えなかった。何か大きな事件に巻き込まれたわけでは無いだろうと、百々子は胸をなでおろした。

浦沢先生……。確かに一昨日、浦沢が教師ぶって厚かましい絡みをしてきたことを覚えている。

だが、今は様子を見るしかない。


移動教室。理科室へ向かう百々子。10分休憩を謳歌する相手も居ないので、真っ先に準備して一目散に移動する百々子であった。

「百々子ちゃんもう行くのー?」

後方約15mから平林凛が声をかけてくる。一回話しただけでもう友達だと勘違いしている、馴れ馴れしいやつだ。

「私、予習しようかなーって」

ユリコと同じ言動をしてしまった。人間ってのは自分を守るときの嘘は下手だと悟った。人間ではないのだが。

「百々子ちゃん偉いねー!」

内心、舌打ちする百々子。

「テスト近いし私も勉強しよう」

平林凛の、その嘘なのか本当なのかわからない発言に、またしても舌打ちをしたくなる百々子であった。平林凛は百々子にとって敵ではないのかもしれない。だがこの瞬間に百々子は分かってしまった。

平林凛は共感できない相手だと。

そんな思考をグルグルさせていると、どうにも会話が出てこない。気まずい沈黙が続く。平林凛も聞き役に徹するようだ。百々子のイライラゲージが溜まってきた。

「て、テスト前だから授業聞き逃せないよね。集中しないと……」

「そうだねー。でも私ダメだ、お腹減っちゃうと食べ物の事ばっかり考えちゃうから」

乙女アピールがくどいことに更なる嫌悪感を覚える。

「平林さん、頭いいからテストなんて余裕そうなのに」

百々子は声のトーンは変えずに、死んだ目になりながら言う。

「そんなことないよー。今回は本当にヤバイかもだよ。最近授業についていけないこともあるし」

「つか先公の言ってることマジ呪文じゃね?」

すると平林凛はキョトンとした顔になる。『ん?』って言って首をかしげる。

まずい、と百々子は思った。たわいもない話で間をつなごうと思ったものの、気がつけばさっきのギャル口調になっていた。

「あ、ごめん。私もちょっとお腹空いてて……」

と、わけのわからない言い訳をする百々子。

「お腹空くとホント自分でもよくわからないことしちゃうよねー。私もこの前さー自転車乗るときに――」

なぜか通用してしまった。よく聞いてないが、そのままベラベラと自分語りする平林凛。

理科室に着く。本来であれば離れた席の平林凛が隣に座り、身を寄せて来た。

「私、この応用問題がテストに出たら解けるかどうか不安なんだよねー」

と、聞いてもいないことを言ってくる平林凛。不安要素がそこまで具体的に分かっている時点で高得点は間違いないだろう。

「百々子ちゃんここ解ける?」

「一応、一回は解いたけど……」

「じゃあ私に教えてよー!」

「平林さんの方が出来るよ、絶対」

「えー、そんなことないよー」

「そんなことなくないよー」


「ははは」

「はははははは、ははは」

「はははぁ……」

はぁ。

百々子はつくづく感じるのだ。ユリコみたいな無神経な奴に合わせてやるのも、トモミみたいな自分の意思がない奴と話してやるのも、凛みたいに頭の良い奴と腹の探り合いすることも。ため息が出る。

他人に流されず生きたい。

しかし、今の百々子には、残り5分を耐えて。50分の授業を耐えて、次の10分休憩を耐えて、そのあとの50分授業を耐えて、空腹を耐えて、ようやくお腹が満たされるその時を待つしかなかった。

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