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1.招かざる闖入者

(2016.4.14)一部修正

(2019.2.6)一部修正

「──墜落したのは甲虫型の中型飛空船です」

 庭園の警備責任者である壮年の神兵が、手元の報告書をにらみながら言った。

 《女神の庭》の中央にそびえる主殿。飴色の柱が並ぶ大広間。

 天窓からふりそそぐ午後の光を浴びて、《神護院》組織を構成する各部門の長たちが集まっていた。

「墜落場所は七区の楡の林です。墜落の衝撃により、林の三分の二ほどが壊滅しました。ですが、庭内のほかの施設や我々《神護院》側の人員については、今のところ被害の報告はありません」

 神使長補のヨランドが、かるく手を上げて報告をさえぎった。白髪をひとつに束ね、浅黒い肌をした、いかつい容貌の初老の神使だ。技術部門を束ねる神使をふりむく。

「庭園の飛行機能にも、影響はないんだな?」

「はい。すべての装置を確認しましたが、問題ありません」

 ぴりぴりしていた広間の空気が、少しだけゆるむ。

 集まった人々から、ほうっと安堵のため息がもれた。

「やれやれ、驚かしおって。肝が冷えたわ」

 神兵が報告書をめくる。

「乗員三名を拘束しました。いずれも十代から二十代の若者で、主にハットレイ平原からサーリー地方を回る隊商の一員だと言っています」

 中央の椅子に座り、頭の上で交わされる神使たちのやりとりを聞いていたエアは、はっと耳をそばだてた。昇降艇を見上げた強いまなざしが頭をよぎる。口の端を上げて不敵に笑った青年。

 神兵が続ける。

「墜落の際、一名が手首をねん挫し、もう一人が額に裂傷を負ったようですが、どちらもごく軽傷です」

「悪運の強いやつらだ」

 ヨランドが鼻を鳴らす。

「隊商なら、船団を組んで行動するのが普通だろう。なぜ一機きりでふらふらしていたんだ?」

「船の機関が故障したため、本隊から遅れたと言っています。応急処置をして仲間の船を追いかけていたところ、再び機体に不具合が生じ、制御不能になって墜落したとか。今回のことはまったくの事故であって、庭園に危害を加える意図はなかったと主張しています。船内を調べたところ、積み荷のほとんどは彼らが言うとおり、東サーリー産と思われる農産物でした」

「武器や危険物のたぐいは?」

「乗員がそれぞれ一本ずつ短刀を所持していましたので、没収しました。ほかに船内から武器は見つかっていません。飛空船にも、火器の装備はありませんでした」

 神兵は言葉を切り、困った様子で居並ぶ人々を見回した。

「連中は、数日庭園に滞在し、船を修理させてほしいと希望しているのですが──」

 神使たちがざわめき、「とんでもない!」と声が上がる。

「なんて厚かましい。そんなもの、きく必要ありませんわっ」

「同感ですな。即刻叩き出すべきです」

 集まった神使の間から、ざわざわと賛同の声が上がる。

 協議のなりゆきに、エアはぱちくりした。まさか、本当に何の支援もなしに追い出すつもりだろうか。

 このあたり一帯は見わたすかぎりの荒野だ。ところどころ小さな町や集落があるようだが、先ほどの町の様子を見る限り、遭難者に十分な支援ができるほどの余裕があるとは思えない。となれば、地上へ放り出すのは見捨てるのと同じことではないのか。

「あ、あの……!」

 神使たちの視線がいっせいに集まる。

 大人たちに注目されて、エアはちょっとたじろいだが、気持ちを奮い起こして続けた。

「船が壊れて困ってるのに、追い出しちゃうのはあんまりかわいそうじゃないですか? 船が直るまでの間くらい、ここに置いてあげてもいいんじゃないかと、思うん、ですけど……」

 冷ややかな空気に、言葉が尻すぼみになる。

「エア……!」

 後ろに控えていたラベルに、小声でたしなめられる。ほかの神使たちのまなざしも冷たい。

(……あれ?)

 エアはおどおどと居並ぶ人々を見回した。

(わたし、そんなに変なことを言った?)

「マイアは、遊民がどんな連中かをご存じないから、そんなふうにおっしゃるのでしょうが」

 神使の一人がさとす口調で言う。

「飛空船で移動生活をおくる遊民は、女神に守られた地上での暮らしを捨てて流浪することを選んだ、いわば女神の恩寵に背を向けた人々です」

「隊商と言えば聞こえはいいですが、所詮は詐欺まがいの商売をしている怪しいゴロツキどもですよ。中には、状況しだいで追い剥ぎや強盗をはたらく本当に凶悪で危険な連中もいます。そんな連中を、この《女神の庭》に置くなんて、とんでもありませんよ」

「そ、そっか……。ええと、でも、《神護院》の理念は慈愛と奉仕だよね。どんな人たちでも、助けを求めているのを追い出すのは、この精神に反するんじゃ……? それに、遊民の中に危険なひとたちがいるからって、今回のひとたちもそうだと決めつけて助けてあげないのは、ちょっとひどいかなって、思うんだけど……」

 数人の神使がため息をつく。

 エアはしおしおと目を伏せた。

 やっぱり、よけいな口を挟むのではなかった。

 エアと神使たちのやりとりを黙って聞いていたヨランドが、口を開いた。

「――連中の船の具合はどんな様子だ? 損傷の程度は?」

「外からざっと見たかぎりでは、船体に大きな損傷は見当たりませんでした。さすがに隊商の船だけあって、頑丈ですよ。──ただ、内部の機関のほうは、見てみないことにはわかりませんが。墜落前から深刻な不具合が生じていたようですし、落ちたときの衝撃でほかの部分も破損した可能性は大いにあります」

「そうか。……この先の我々の進路は? たしか、ニキア王国の上空を通過するはずだな?」

「はい。明日にも王国領内に入りまして、予定通り進めば八日後にはアリルブレッド付近を通る見込みです」

 ヨランドはちょっとの間、あごに手をあてて何事か思案しているようだったが、ひとつうなずいて言った。

「………八日か。───いいだろう、アリルブレッドの街に着くまでの間、連中の滞在を許そう」

「ヨランドさま!」

「よろしいんですか?」

「ただし、街に向かうまでの間に飛空船が直れば、その時点で連中には速やかに出て行ってもらう。また、街に到着したら、たとえ船が飛べる状態になっていなかったとしても、庭から降りてもらおう。滞在を許すのは街に到着するまでの間だけだ」

「そんな情けをかける必要ありませんわ! 遊民など、即刻追い払うべきです。あのはた迷惑な船ごと、とっとと地上に放り出してやればよろしいんですわ!」

「気持ちはわかるが、そうはいくまい。たとえ遊民といえども、女神の使いたる我々《神護院》が、万が一にも情けがないとそしられるようなマネをするわけにはいかんだろうが。───いかがでしょう、ソニア神使長。よろしいですか?」

 エアが座っている場所から一段下がった台の上の椅子に、神使たちの視線が集まる。

 霜のように真っ白な髪をまげに結った、エアよりさらに小柄な老婆が、ゆっくりと目を開けた。

 それだけで、場の空気がぴんとはりつめる。

 静かな威圧感とするどいまなざしが猛禽を思わせる。神使長として、《神護院》のすべての神使と神兵を統率する事実上の彼らの長だ。仕えたマイアはエアが四人目という、《神護院》の最長老でもある。

 ソニアは張りのある声で言った。

「しかたがないでしょうね。───ただし、滞在させる間、庭で彼らを自由に行動させてはなりませんよ。監視をつけて、必要な場所以外には立ち入らせないこと。いいわね」

「かしこまりました」

 ヨランドはひとつ息をつき、ぐるりと一同を見回した。

「では──、そういうことでよいな? 遊民どもと接する者は最小限におさえ、無用の接触は厳に禁じる。この後、詳細をつめるから、関係する者は残ってくれ。──それと、マイア・エウフェミア」

「は、はい!」

 エアはぴょこんと背中をのばした。飛空船の乗員たちへの対応について、何かしらの役目を言い渡されるのかと身構えたが、

「念のため、連中が出て行くまでの間は、比較的警備の厚い奥庭のみでお過ごしください。マイアの身に万一があってはなりませんから」

「えっ? だけどそれは……」

奥庭のみということは、エアの居室が入る棟とその周辺のいくつかの建物や庭しか動けないことになる。

 エアを無視して、ヨランドがラベルに「まかせたぞ」と声をかけた。

 了承のしるしに、ラベルがかるく一礼する。

「ちょっと待ってよ。だけど、わたしは………」

 エアを見やり、ヨランドは反論を許さない口調で言った。

「ご不便をおかけしますが、御身の安全のためです。ご理解ください。――ああ、それから、間違っても遊民どもには近づかれませんよう。よろしいですね」

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