表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

「ねっ、お兄さん、僕、こんなもの拾ったの。あれ、やってくれる?」


 フリーターのオレは、ぼうっとしながら歩いていた。少し寂れた商店街で、小学校一年生くらいの生意気そうな男の子がそう言った。


「ん? なんだ」

 男の子の差し出す小さな紙きれ、なんかの券らしい。受け取ってよく見ると、福引券だった。


「ほら、あそこでガラガラってやってるの。僕は子供だからできないんだって」

 そりゃそうだろう。この券はこの商店街で千円以上買って一枚もらえると書いてある。明らかにそんな買い物をしていない子供にはさせないだろう。

「大人と一緒に来てっていわれた」


 そうか、だからオレか。

「おう、いいぞ」

 どうせ暇だし。


「僕、翔っていうの。お兄ちゃんは?」

「オレか? 東山智樹」

 小1の子供にお兄ちゃんなんて言われる年じゃない。ちょっと人生計画狂ってきている二十四歳。


 それで、オレは翔の代りに回転ガラガラ(回転式抽選器)をまわした。

 信じられないことに、オレはなんと一等の草津温泉の宿泊券をゲットしたのだ。


 オレは翔にもらった目録を渡す。

「ほら、翔、お前のもんだ」

「えっ」

 翔は、ハトが豆鉄砲くらったような間抜けな顔をして見た。

「よかったな、じゃ」

 そう言ってオレは歩き出す。


「お兄ちゃん、僕がもらっていいの」

「お前の券だろう」


「そうだけど普通は・・・・・・」

 オレの足が止る。

「普通?」

「あ、いい。ありがとう。お兄ちゃん、いい人だね。すごくうれしい」

 そうか、そりゃよかった。子供に褒められてうれしい。オレはそういうモノに執着はないんだ。


「この世の中には欲深い人がいっぱいいる。一等が当たるとみんな、子供の僕に渡したくなくなるんだ。でもお兄ちゃんは違った。御礼にこれ、あげる」


 翔は、オレにかがめとジェスチャーで示す。お辞儀をするように屈むと翔は緑色に光る玉をオレに額に押し付けた。

「えっ」

 そう思った瞬間、その玉はオレに頭の中へ入っていた。


 なんだ?


「時間を巻き戻す力と、多人を操れる力、人の心を読み取れる力、どれがいい?」


 クリームパンとあんぱん、焼きそばパンのどれがいい?っていうチョイスのように淡々と言われた。


 オレは考える。

 人を操るってことは、便利なようだが、それはその人の心と別のもの。そんなことをしても意味がない。

 じゃあ、人の心を読むってか。そりゃ、悲劇だろう。今だって何も言わなくてもむさくるしい奴、冴えない野郎だって思っていることがわかる。人の心を読んではいけないんだ。たぶん、気が狂う。


「あ、じゃ、時間かな」

 まあ、時間をさかのぼれるっていうのは便利かもしれない。昨日、録画し忘れたテレビを見ることができるし、スーパーのタイムセールも戻って買うことができる。


「よく聞いてね。時間を巻き戻す力を使う時、その戻りたい場面や、日時を思い描く。それだけ。頭の中の石が考えていることを元に大体察してくれる」

「へえ、そりゃ便利だ」


「そして、身体に風を吹き込むように深呼吸を三回するだけ」

「う・・・・ん」


 こいつ、本当に小学生か。なんだか怖いぞ。その表情と口調が妙に大人びていた。

「そしてもとに時間に戻りたいときは、額を三回指で叩くだけ、わかった?」

「わかった」

 オレがそう言ってうなづくと翔はあどけない子供っぽい表情になった。


「でもね、もし、お兄ちゃんがその力を悪いこと、ずるいことに使おうとしたら、その場でその意志は消滅してしまう。力を失うんだ。気をつけてね」

「えっ、ずるい事?」

 オレにはぴんとこない。


「そうだね、例えば、宝くじのあたりの番号を知って、過去に戻り、買うっていうパターン、すごく多い。少しくらいの金額なら構わないんだけど、一度あたるともう病みつきになっちゃうんだ。そうするとこの能力が他の人にばれちゃうからね」

 そんなこと、考える人いるんだ。

「そう、ボク達はその能力を与えた責任がある。だから、いつも見ているよ。正しく使われているか、助けが必要かってね。大丈夫、お兄ちゃんなら、じゃ」


 そう言って翔は走って行ってしまった。オレはそっちの方向を見ながら歩いていた。

 その直後、誰かとぶつかっていた。よそ見をしていたから、気づかなかった。


 肩をいからせて歩いていた高校生軍団だった。たちまち彼らに囲まれた。

「いてえよ」

 いささか大げさに叫んでくる。

「あ、すみません」

「謝ってすむことか」

 普通は謝って済むことだろうと思うが、愛想笑いで誤魔化した。


 いかつい応援団っぽい男子生徒四人と、金髪に染めたすごいメイクと女子生徒三人。みんなニヤニヤしてみていた。

「おっさん、なんかおごってくれよ、なあ」

「あ、今、お金なくて・・・・・・」

 全部言い終わる前に、胸倉を掴まれていた。

「なめんじゃねえぞ」

とすごまれた。


 オレは元々喧嘩なんかしたことがない。弱虫なんだ。皮肉を言われても言い返すこともしなかった。自分でも情けない男だと思っている。

 これからどうなるんだろう。二、三発殴られるのか。


「よせよ、放してやれ」

 その声に皆の行動が止った。女子高生の中の一人がそう言ったのだ。

「このおっさん、よく見るとかわいい顔してる。好みなんだ」

 あっけにとられている応援団長風の男が放してくれた。


「いいよ、行け。悪かったな」

 行けよというよりも、しっしっと犬を追い払うように手で追いやられる。

「おいっ、ピカ。なんだよ。お前、こんなおっさんのどこがいいんだ」

 オレはその間に、お言葉に甘えて、その場を去ることにした。背中で、その女の子がピカと呼ばれていることがわかった。


 ピカは外国人かと思うような金髪に染め上げ、目の周りはパンダよろしく真っ黒。そしてそのくちびるはゾンビのように灰色だった。でも、その心はいい子なんだろう。一体何があって、あんなヘビメタ風の化粧をしているのか、理解不能。


 オレは急いで商店街を抜けた。そのまま目の前の大きな交差点を渡った。後ろを振り返ったのは、急ブレーキをかける音がしたからだ。キキィ~と思わず顔をしかめるような音と、鈍いドンという何かにぶつかる音が次々と起こった。キャーという悲鳴、誰かの叫び声もした。


 たった今、オレが走って渡った交差点で、二、三台の車があり得ない方向をむき、止っていた。そして横断歩道に集まる人だかり。

「救急車、早くっ、ピカ、大丈夫か」

 そう叫んでいるのは、さっきオレがまともにぶつかった男子生徒だ。ピカが・・・・・・牽かれたのか。さっき、出会ったばかりの、オレのことをかわいいって言った、あの笑顔。


 青ざめていた。そこへ駆けつける勇気はない。膝もがくがくしていた。周りの人も「女の子がもろに牽かれた」「だめだろう、ありゃ」とつぶやいている。オレがそのまま立ちすくんでいた。


 頭の中になにかスイッチが入ったみたいだった。緑の石が訴えかけていた。

 ああ、そうだった。オレはさっき、時間を巻き戻す力をもらったばかりだった。今こそその力を使うべき時だと教えてくれていた。


 ええと、そうだ、戻りたい時間、状況を思い浮かべて深呼吸三回。

 さっきの高校生の絡まれているシーンを思い出した。

 三回、慌てて呼吸をしていた。浅いかもしれないが、大丈夫だったらしい。一瞬立ちくらみのような感覚を覚えたが、次の瞬間、オレはあの商店街で、さっきの高校生に胸倉を掴まれていた。


 オレはそんな状況なのに、感動していた。

 すげえ、翔の言ったこと、本当だった。それに高校生軍団の中に、ピカがこっちを見ていた。生きている。

「なめんじゃねえぞ」


 そう、それはさっき言われた同じセリフ。二回目だし、この先殴られないとわかっていると余裕が生まれる。しかし、どうやってこの状況からピカを助けられるのか。

 時間稼ぎをする? あの時、あの交差点にいなきゃいいんだろう。ここで絡み返して、殴られればそれでもいいかもしれない。でも、嫌だ。いつもの弱虫に戻っていた。

 面倒くさくなっていた。


「ピカチュウ、こいっ」

 オレを庇う台詞を言おうとしていたピカの腕を取って走り出していた。

「なにすんだよっ」

 抵抗する。当然だ。ピカにとっては今、初めて会ったオレ。突然、そんな奴に腕を引っ張られていた。


「いいから、オレを信じてついてこい」

 助けたい一心でそう叫んだ。しかし、後から思い返すとなんてくさい台詞だったんだろうと思う。傍から見るとオレがピカに一目ぼれをして、さらっていく、そんなシーンにも見えたのかもしれない。

 その時のオレは、ピカが若くして死ぬってことだけが嫌だった。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ