黒人僧侶
エルフの少女ハールが旅のお供に加わり二週間ほどが経った。
この二週間のうちに幾多の野を越え山を越え、 濁流を渡り、雨の日も風の日も歩みを止めずひたすら歩き続けた甲斐あって今、俺たちは目的地リヤックを小高い丘から見下ろしている。
「リヤック到着〜!! ここまで来るのは大変だったけど…なんだかすごい達成感を感じるわ」
「おいおい達成感をを感じるのはまだ先だろ。ここは中間地点に過ぎないんだぞ」
と口では言ったものの、正直俺も少なからずそれに似たものを感じていた。
険しい道のりから解放されやっと辿り着いた街だからな、それも仕方のないことなのかもしれない。
「まずは服を買わないとな、途中薮をかき分けたり濁流を渡ったりしたからもう全部ボロボロだ」
俺は改めて自分の着ている服を見てそう言う。
正直もう汚すぎて服なんだかぼろ切れなんだかわからないような状態だ。
この街で買えるだけの服を買っておきたいな、最低でも20枚は欲しい。
この先もっと険しい道のりが待ってるかもしれないし最低でもそれくらいは必要だろ。
「え〜じゃあアンタが買ってきなさいよ。私はハールちゃんとお風呂に入るからさ、もう全身ベタベタなのよねー」
全身ベタベタなのは俺もだけどな………
「いきましょハールちゃん、きっとこんなに我慢した後のお風呂は格別よ」
「…そうですね…いきましょうか」
少し申し訳なさげな様子を見せたハールではあったが、カレンに促されそう言った。
ああ…ハールも俺より風呂を選ぶんだな………。
二人は風呂を探すべく人混みの中に消えていった。
俺は服を買うべく一人街を散策する事になった。
「あの仲良しコンビめ、俺が服の調達をしてる間、暖かい風呂に入ってゆっくりしてるのかな?」
羨ましい半分、憎たらしさ半分といった気持ちである。
俺も早く風呂に入りたいが、服を買ってからではなければカレンはよしとしないだろうな。
「…しょうがない、さっさと服買って俺も風呂に入ろう。我慢したらしただけきっと今日の風呂は格別だ」
自分にそう言い聞かせ、俺は疲弊しきったボロボロの体を引きずりながら服屋を探す。
〜〜〜〜〜〜〜〜
無事服を買って風呂屋に俺は急ぐ。
「ハア…ハア…たかが服といえど30着にもなるとひした今の俺には堪えるな」
早く風呂に入りたい、温度は緩めがいいかな、ゆっくり肩まで浸かって居眠りなんかして…ああもう最高じゃないか。
そんなことを妄想しながらしばらく道並みに歩いていると、前方に何かが倒れているのが見えた。
…何だろう、まるで俺の妄想を打ち砕くような、面倒ごとになりそうなこの感じは。
アレに近づくべきではないと…第六感が俺にそう告げている気がする。
参ったな…早く風呂に入ってゆっくりしたいのに。
カレンたちのいる風呂屋はこの道を真っ直ぐ行ったところにあるので、俺は仕方なく歩みを進めた。
何かが倒れているその場所まであと5メートルほどの位置まで来て、何が倒れているのか肉眼で確認できた。
「…………………?」
僧侶姿の禿げた黒人が、道の真ん中にバッタリと倒れていた。
なぜだ、道の真ん中に黒人の僧侶が………。
道を歩く人々はその僧侶に見向きもしない、まるでそこには何もいないかのように平然と歩き去っていく。
みんな見えてないのか、それとも見えてる俺がおかしいのか?
こんなことが現実にあるはずが無い、黒人の僧侶なんて見たことないし道の真ん中に倒れてるなんて話にも聞いたことない。
きっと疲れてるんだな、そうに違いない。
やはりさっさと風呂に入ってベットでゆっくり寝るとしよう。
目の前に黒人の僧侶なんて居ない、だから早く風呂に入ろう。
誰も道端でなんか倒れてないんだと、そう自分に言い聞かせてその場を立ち去ろうとした。
その時、突然後ろから足首を掴まれ俺は顔面から転んでしまった。
「ハブッ…痛ってえ………なにすんだよこの野郎!!」
「………め、飯を………く…れ……」
俺がそう怒鳴りつけると、無精髭を生やした顔をこちらに向け聞き取れるギリギリの弱々しい声でそう言った。
こんなにたくさん人が通ってるのに、まさか俺が捕まるとはな。
どうやら俺はまだ風呂には入れさせてもらえないようだ。
「ハア…まったく、ついてないな俺も…」
助けを求めている人を見捨てることはさすがにできないので、俺は男を担いで飯屋を探すのだった。
まさか、この男が俺たちの旅の仲間に加わることになるなんて…
まさか、この男が外の世界から来た『破壊僧』の異名を持つ凄腕の持ち主だなんて…
まさか、この男がとんでもない変態野郎だなんて…
俺は知る由もない。