エルフとケットシーとドワーフの問題
「戻ったぞカレン、お前に大事な話がある…ん…だ」
宿に戻り部屋のドアを開けると、全裸のカレンが床にねっころがっていた。
「おかえりディル、地図は無事買えたかしら」
「……お前なんで裸なんだ」
「いや〜実はね、さっきお風呂に入るときに服を脱ぐのを忘れてそのままダイブしちゃったのよね。だから今服は乾かしてるところ」
お前の知能は猿以下か!!
どれだけ知能が低くても服は脱ぐだろ、世間知らずでも限度があるだろ。
しかしこれはまずいな、この状況をエルフの彼女に見られたら勘違いされかねん。
連れてこられた部屋に裸の女が寝転がっていては俺まで変態にされてしまう。
何より、純粋無垢そうなエルフの少女にこんな変態の姿を見せてなるものか…
俺は一旦部屋の戸を閉め、廊下で待っていた美女エルフに言った。
「ごめん今はちょっと部屋が散らかっててさ…その…片付けるからそれまで待っててくれないかな」
「わかりました。ワタシはここで待ってますので終わったら呼びにいらしてください」
彼女は定年な口調でそう答えこちらにニコリと笑みを見せた。
ああなんて良くできた女の子だろう、扉の奥にいるバカにこの子の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
「ごめんねすぐ終わらせるから」
再び部屋に入った俺はまずあちらこちらに散乱したカレンの服を拾い集める作業に入った。
確かに少し湿っている、服を着たままダイブしたというのは信じたくもない事だか本当らしい。
「何やってんのディル…今乾かしてるんだから触らないでよ」
「……………」
乾かしてる? お前は部屋を散らかしているだけだろ!!
のんきに寝転がりやがってこの野郎…
俺は無言のまま部屋に散乱した服を拾い集めカレンに投げつける。
「イッタッ…なにすんのよこのバカ、アホ、変態!!」
変態はお前だろ…
と思ったが、ここで言い争っても時間の無駄なので心の中で止めた。
「お前にお客さんだカレン。なんでもお前のチカラが借りたいんだとさ」
「お客さん………?」
「そうだ…だからさっさと服を着ろよみっともない」
カレンは面倒くさそうにしながらも服を着た。
それを確認し、俺は部屋の外にいるエルフの美女を部屋に入れるべく廊下に出る。
「ごめんもう入ってもいいよ」
「はいそれでは失礼します」
エルフの少女は扉の前まで歩き、扉を二回コンコンと叩き扉越しに部屋の中に喋りかける。
「入ってもよろしいですか〜?」
「どーぞーーー」
部屋の中からやる気なさげなカレンの声が聞こえた。
それを確認しエルフの少女はゆっくりと扉を開け中に入った。
〜〜〜〜〜〜〜〜
はじめは興味なさげなカレンだったが、部屋に入ってきた美女の容姿に驚きを隠せない様子だ。
「え…あれ? この子ってまさか…エルフ!?」
驚くのも無理はないだろう、まさか旅の目的地であるエルフの国から使者が使わされてくるなど夢にも思うまい。
何よりこの街からエルフの国までの距離はまだ一万キロ以上あるしな、エルフに会えるのは当分先だと思っていたところにこれは不意打ちだ。
「どうもはじめましてカレン=ミカエルさん。エルフの国から来ました『ハール=エル=シェル』って言います。親しみを込めてハールちゃんって呼んでください。この度はあなたのチカラをお借りしたくエルフの国から参りました」
ハールの丁寧な自己紹介に、先ほどまで全裸で寝っ転がっていたカレンにもどこか恥じらいの様子が見えなくもない。
「よ…よろしくハール…ちゃん…アタシのチカラを借りたいってどういう…」
カレンはまだ状況を全て把握できていないようだ。
いや、もっと正確に言えば目の前に本物のエルフがいるというこの状況を受け止めきれていないと言った方が適切だろう。
「実はカレンさんのお父上君からあなたのことを聞いておりまして…是非チカラをお貸しいただきたいと思いはるばるやってまいりました」
「…父上って…アタシの父から!?」
「はい、お父上君が国を去るさいに『困った事があれば人間界にいる娘を頼れ』と言い残して行きましたので」
ようやく状況を理解できたのか、カレンは不敵な雰囲気を漂わせつつハールに問いかける。
「それってつまり…今エルフの国で何か困った事が起きているということよね。詳しく聞かせてもらえるかしら?」
さっきまでの体たらくな無能っぷりとは打って変わり冷静に現状について追求するカレンの姿を見て俺は少しばかり驚いた。
その驚きはおそらく、風呂に服を着たままダイブするような奴がよくこの話を理解できたな…という俺のカレンに対する意外性からくるものである。
「実は今エルフ国は隣国の二カ国、ケットシーの支配する『猫の国』、そして『ドワーフの国』とで領土問題でもめているのです」
「領土問題………!?」
「もともとその領土は私たちエルフの管理する土地だったのですが、最近になり隣国が力をつけはじめ国交が悪化、国境を巡って幾度となく戦が繰り返されているのです」
「戦争って…外の世界て今そんななんだ!?」
「カレンさんのお父上君がその戦争をなんとか沈静化し終戦したのですが、お父上君がいなくなった途端両国はその戦争の被害の代償としてエルフ領土の3割を植民地として解放するようにと言ってきたのです」
3割か…それはメチャクチャだな。
そんなに多く領土を渡しては国は成り立たなくなるだろうな。
「そんなデタラメな交渉、エルフは了承したのか」
「いえ、交渉は破談に終わりました」
「だろうな…そんなことができないのは他の二国もわかっているだろう。じゃあなぜそんなデタラメな交渉を…?」
「二国の狙いは最初から交渉を破談させることだったんです。両国は終戦直後同盟を結んでいました、交渉を破談に終わらせることで再び戦争を起こしエルフ領土全てを奪い取るつもりなんです」
「………えげつねえ事を考えやがるな」
「今回の戦争に勝算はあるの?」
「おそらくないでしょうね、終戦直後でエルフの国は疲弊していますし二国で組まれては兵力も物資も負けています。お父上君とも連絡が取れませんし………」
「なるほど…だからアタシを探してたわけか」
「どうするカレン…今の話を聞く限りエルフの国に行くのはかなり危険だぞ。おまけにお前の親父はエルフの国にはいないわけだが…」
この話に乗るのはあまりに危険だ。
ビビリの俺から言わせれば死にに行くようなもんだ。
だが、カレンのチカラがなければ確実にエルフの国は壊滅する。
さてどうするか…魔王の娘はどう判断する………
「今のアタシには父と同じ役割をこなせるとは思えない………ごめんね」
「…そんな……それでは国が………」
「でも、必要とされたからにはそれに応じるわ。ディル…明日には出発するからそのつもりで準備しなさい」
カレンは力強くそう言った。
全く世話の焼けるお姫様だな、わざわざ茨の道を通るなんてどうかしてるぜ。
俺一人ならこの話はNOだが、カレンがそうするなら仕方ないな……
「本当にいいんだなカレン」
「当たり前でしょアタシを誰だと思ってるのよ…将来この世界の全てを支配する魔王の娘よ。この程度でビビってられるものですか」