交渉成立
「ねえねえいいでしょう。半端者同士異世界巡りしましょうよ」
魔王見習いと名乗る少女カレンは俺の方に体を寄せてそう言った。
近い、凄く近い、張り裂けんばかりのお胸様がすぐ目の前に…。
手を伸ばせば届きそうだ……いやいや待て落ち着け俺、鼻の下を伸ばしている場合じゃない。
他に聞くべき事があるだろう。
「あ、えっと…君は自分の事を魔王見習いと言ったけどそれはどういう事なのかな。魔王に弟子入りしたとか?」
「弟子入り…それは違うわね、私の父が魔王なの。魔王の父の子供だから、私は魔王見習いってわけ」
「…君の父さんってもしかして、今先輩方が闘っている相手!? だったらすぐに辞めさせないと」
「ああ大丈夫大丈夫…あれは父が残してった自分の変わり身。本物は今この城を留守にしているの。私は父が不在の間、この城の護衛を任されてるの」
なるほど…魔王である父が不在の間、彼女がこの城を守ってたって事か。
あれ? じゃあなんで旅なんか?
「旅に出たら城を開けることになるじゃないか。魔王に任されてるのに旅なんかに出ていいのかい?」
俺がそう尋ねると、少しだけだがカレンの顔色が変わった。
…なんか悪いことでも聞いちゃったかな?
「父がこの城を出たのは3年前。最初は手紙とかで近況報告してくれてたんだけど…この1年全く音沙汰なしなの。父は城を出る前に『エルフの国』に行くと言ってた。私も外の世界に興味があったし、ちょうど良い機会だから異世界を旅する『ついで』に父親探しもしちゃおうとおもったわけ」
ついでなんだ…父親探し……。
「それでどうなのよ。私と一緒に旅をするの、しないの!? 私としてはあなたには是非一緒に来てもらいたいんだけど」
「うーん…そうだなあ…」
正直外の世界に全く興味が無いといえば嘘になるな。
誰も言ったことのない神秘の世界は興味深い。
しかしこの旅には多少なりとも危険が伴うだろう。
俺と魔王見習いの彼女とで果たして対処できるのか不安で仕方ない。
さて…どうしたものかな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
しばらくああでもないこうでもないと自問自答を繰り返し、俺は自分の中で一つの答えをまとめた。
「わかった…君との旅に同行しよう。ただし…外の世界に出発するのは一週間後、それまでにいろいろと準備させてもらうけど…いいかな」
自分たちの踏み入れたことのない未知の世界に行くんだ、準備期間に一週間使うのは妥当な考え方だろう。
「却下」
たったの二言で俺の考えはカレンに否定された。
「一週間も何するのよ。準備なんて3日あれば十分よ」
たったの3日!?
それじゃあ万全の状態で旅に出れないじゃないか。
ただでさえ俺は臆病なのに、万全でない旅なんて命がいくつあっても足りない。
「あのーすみません、今回の旅の話とか…無かったこととかにはできません?」
「無理ッもうあなたを連れて行くって決めたから。しのごの言ってないで3日間で必要な物揃えなさい」
「ですよね…すみません」
ああ、どうして俺はこうも気が弱いんだろう。
俺がもう少しはっきりと物を言えるなら、この話をキッパリ断る事ができるのに……。
「交渉成立…これからの長旅はよろしくね見習い勇者様」
「…うん……よろしく」
半ば強引に話は決まり、俺はこの魔王見習いと一緒に旅をすることになった。
俺は彼女と握手を交わし、そして深く深くため息をついた。
どうしよう…一週間後に生きているイメージができないんだけど……。