見習い勇者と見習い魔王
俺の名前はディル=レイン。
しがない勇者見習いだ。
今日は先輩勇者方数十名に連れられて、魔王の一角を倒しに来たわけなのだが、おそらく足手まといになってしまうので魔王の部屋の前で見張りをしているというわけだ。
「クソッ右腕をやられた、誰か回復薬持ってない」
「こっちに来るぞ、避けろ!!」
「回り込め、皆んなで囲んで一気に行くぞ」
「うおおおおおおおおお」
扉の奥からは叫び声やら断末魔やらいろんな音が聞こえるが、見張りの俺には関係ないことである。
そもそも俺は、正義のヒーローになりたくて勇者になったわけじゃない。
俺は生まれた時からずっと落ちこぼれだった。
キモい、ウザい、弱虫、泣き虫、お邪魔虫、ゴミ野郎。
俺の27年間の人生、いつもそんな感じの罵詈雑言をぶつけられてきた。
でも実際、体が弱くていじめられっ子で泣き虫で頭が悪くて陰気な何をやってもうまくいかないダメダメな奴だったから、そう言われても仕方ない。
俺はそんな自分が大嫌いだった。
勇者になったのは、そんな自分を変えたかったからだ。
勇者になったのはこんなダメダメな自分を変えられると思ったからだ。
でも実際は…何にも変わんなかった。
勇者になっても落ちこぼれで、10年経った今でも勇者見習いのまま。
同期で勇者になった奴らはもう第一線で働いてるのに、俺はこんな寂れた城で闘う先輩勇者方の背中を見るだけ。
落ちこぼれのままなにも変われなかった。
全くもって情けない話だ。
「あーあ、見張りも飽きちまったなあ。先輩方が闘っている間に金目の物でも探しておくか」
魔王と戦わず城の宝を漁る、これでは盗人とやってることは変わらないじゃないか。
こんな俺自身を、やはり俺は大嫌いなのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は城の宝を探し回る。
時刻は夜の7時を回り、辺りも暗くなってきた。
城内には一切の明かりが灯っておらず、俺はランプをもって城内を散策した。
「しかし寂れた城だな、金目の物が何一つ見当たらねえ」
キョロキョロとあたりを散策していると、半開きの扉から光が漏れていた。
城の中は真っ暗なのに、その部屋にだけ光が灯っていた。
なんであそこだけ…なんか大切な物でもあるのか?
俺はその部屋に近づき扉に手をかける。
後から考えればの話だが、この時この扉を開けたのは人生最大の間違いだったのかもしれない。
この部屋にいた『あいつ』が、これからの俺の人生をハチャメチャに狂わせるなんて…
この時の俺は知る由もない。
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扉を開けて中に入ろうとするが、なにぶんこの扉が硬くて開かない。
(なんだよこれ…錆びてるのか?)
「うおおおおおおおおひーらーけー!!」
俺は自分の中での精一杯の力で扉をこじ開ける。
中の造りは特に特徴は無かったが、部屋の奥の暖炉に火がくべられていた。
外から見えた光はこれのか、でもなぜ火が…誰かここにいるのか。
部屋の中を見渡すが、暖炉の光だけでは部屋全体の見通しが悪く、誰かいるかを確認するのは難しそうだ。
それにこの部屋にもお宝はなさそうだ。
「なんだ無駄足かよ、この城には何もなさそうだな。先輩たちもそろそろ終わった頃だろうしそろそろ戻るかな」
俺が部屋を出ようとしたその時である。
「…うーんなんだ? 誰かおるのか?」
「……………は?」
部屋の奥から女の子の声が聞こえた。
そして声の主が部屋の奥からのそのそと現れる。
腰まで伸びた金髪、ぱっちり二重でつり目、うっすら開いた目からは真紅の瞳が輝いて見えた。
そして、はち切れんばかりのおっぱいはこの世のものとは思えないほどに壮大にして美しい。
女の子だ…しかも超絶美人でナイスバディの女の子。でもなんでこの城にこんな可愛い子が?
「…うん? お前は誰だ? こんな遅くに礼儀知らずな奴だな」
…夜遅くって、まだ夜の7時ですが…?
「ご、ごめんなさい。俺は勇者見習いをやっているもので名前はディル=レインって言います」
「勇者見習い? …なるほどなあ」
その子は何故か俺の方を見て笑った。
(何がおかしい!! 全く失礼な奴だな)
と思ったが、気の弱い俺が初対面の女の子にそんなことを言えるはずもなく、心の中で止めておくことにした。
「勇者見習いということはつまり、この城にいる魔王を倒しに来たということだな」
「ああいえ、倒しに来たのは俺の先輩たちで、俺はそれについてきただけです。俺の実力じゃあ魔王相手に命がいくつあっても足りませんから。おこぼれを少し貰えないかなあとおもって…」
「おこぼれを貰いたいだと、見習いとは言え曲がりなりにも勇者だろう。そんなんで恥ずかしくないのか!?」
「ご、ごめんなさい」
自分より明らかに若い女の子に叱られてしまった。
しかもごめんなさいって…我ながらなんて情けないんだ。
「謝るくらいなら最初から闘えばいいのだ。勇者のくせに気の弱い奴だな。会って間もない私が言うのもなんだが、勇者ならそういうところは治すべきだとおもうが」
…そんなことを……お前に言われなくてもわかってるよ。このままじゃダメなことくらい子供の頃からずっと思い続けてきたんだから………
「…昔からなんです、俺。気が弱くて体が弱くて、そんなだからいつもいじめられて、おまけに頭も悪くて、とんだダメ野郎なんです俺。勇者になったのは、こんな俺でも勇者になれば少しは変われるのかなあとか思ってたんですけど…やっぱりダメな奴は何やってもダメなんですね」
何言ってんだよ俺、会って間もない女の子に。
恥ずかしくて顔を上げれない。
女の子どんな顔で俺のこと見てるのかな…多分、俺の事小馬鹿にして笑ってんのかな。
「話に聞く限り、確かにお前はダメな奴だ。今までの人生も何一ついいことなく過ごしてきたんだろうな」
そうきつく吐き捨てられた。
悔しかったが、この子の言ってることはすべて正しかったので、反論はできなかった。
「でも…これまでダメな奴だったからって、これからもダメな奴で居続ける必要はないんじゃないのか?」
女の子はそう言うと、手を掴みグイッと俺の体を起こし言った。
「一つ提案なんだが、お前…私と一緒に旅に出ないか?」
唐突にそう言われ、すぐには頭の中を整理することができなかった。
「君と…旅に?」
「ちょうど旅のお供を一人探していたところなんだ。私と二人っきりで遠い遠い異国を巡る旅をしよう」
「で…でも俺には、勇者見習いの仕事が」
「そんなのはどうでもいい、自分を変えたいなら私について来い。この世界は広い、獣人の国やエルフの国、星の降る湖に空飛ぶ島々、人の住んでいない外の世界には、深海にある海底都市、誰も知らない神秘の世界が広がっているんだ。そんな世界にお前は興味ないのか!?」
女の子は真っ赤な瞳をキラキラと輝かせ俺にそう言った。
我々人類の住む世界というのは、この星の十分の一にも満たないちっぽけな範囲なのである。
それ以外の世界は、人がまだ足を踏み入れていない。
それなのに、その子の口振りはまるで…外の世界を自分の目で見てきたかのようだった。
不思議な子だな、この子は一体何者なんだろう?
俺は彼女に興味が湧き、勇気を持って訪ねた。
「君は一体何者なんだい?」
女の子は待ってしたと言わんばかりの笑顔でこう言った。
「我こそは、将来この世の全てを手にする魔王の卵…魔王見習いのカレン=ミカエルだ!!」
少女の言った『魔王見習い』というその言葉が、僕の頭の中でいつまでもこだました。
「お互い未熟者同士、一緒に旅をしよう!!」