第7話 復讐の亡者
魔道軍団の魔道士が精神同調し、転移させる距離と人数を飛躍的に増加させた芸術的な転移魔法が発動した。私、アオイ、魔竜将オルトラムゥと魔竜軍団の精鋭40体、そして魔像兵団約8,000体とその指揮官ゼロが、カルトゥン山脈南の裾野に転移する。
流石にここまでの精密な魔力制御は私にはできない。もっとも、有り余る魔力量に物を言わせて強引に同等の効果を発揮させることなら可能なのだが。だが私には、これから戦いが控えている。自分の魔力は節約しておくべきなので、自分では転移魔法を使わずに、直接出撃しない魔道軍団に転移魔法を使わせたのだ。
……まあ、私が転移魔法を使ってもそこまで消耗はしないので、ちょっと警戒し過ぎかもしれない。だがやはり、慢心はしないでおくべきだろう。
「ゼロ、魔像兵団に陣を敷かせろ。」
「了解イタシマシタ。」
私はゼロに命令を下した後、懐から3枚の呪符を取り出す。そして私は小さくキーワードを唱えた。いや、キーワードと言うよりはパスワードと言った方が正しいかもしれない。
「e20kkJ62Op……。」
『『『クワァアァ!!』』』
3枚の呪符は、3羽の烏へと姿を変じる。『使い魔創造』の魔術をあらかじめ込めておいた呪符により生み出された、使い魔の烏である。……西洋の使い魔と言うよりも、東洋の式神に近い気がする。
まあ、私が知る元の世界における魔術は、秘密結社『ジョーカー』の手で洋の東西を問わず蒐集、編纂、研鑽されている。おそらくは式神の技術も含まれているはずだ。
「……行け。」
『『『クウワアアァァ!』』』
3羽の使い魔は、勢いよく飛び立っていった。そしてその使い魔どもが見た映像、聞いた音は、私の脳裏に転送されてくる。
やがて前方に向かった2羽の使い魔の視界に、こちらに向かい進軍してくる不死怪物の群れが映った。私はその映像を、アオイ、オルトラムゥ、ゼロの頭脳に転送する。
「うん、どうやら間に合ったね。相手の本隊が到着するよりも前に、こちらが布陣することができた。」
「相手が足が速い別働隊を出して、一足先に『魔竜の墓場』に向かった可能性は?」
アオイが訊ねてくる。うん、その可能性も捨ててはいないよ。
「後方に向かわせた使い魔1羽は、今しがた『魔竜の墓場』に到着した。そいつは今、『魔竜の墓場』を飛び回って怪しいところが無いか調べさせてる。けど、今のところ異常はなさそうだ。
しかし、これは凄いな。老竜どころか、魔竜将クラスの骸がゴロゴロしてるよ。これを不死怪物化されたら、大変なところだったな。」
「永年の、我ら魔竜の歴史そのものとも言える場所だからな、魔王様。敵に戦力を与えられんと言う意味だけでなく、あの場所を汚されるのは腹に据えかねる。」
オルトラムゥが、苛立たしい様子で言った。まあ、墓を荒らされたくないのは理解できる。思い入れの深さまでは慮ることはできないが。
不死怪物の群れは、一直線にこちらへ向かい歩みを進めている。その数は、ざっと見て最低でも20,000以上はある。下手をすると、使い魔の視界からでは判別できない小さな個体まで含めたら、その倍にも達する可能性がある。
まあ最低級の骸骨や動死体などは恐れるに足らないので、実効戦力はそこまで高くないと思う。しかし気になるのは、不死生物の群れ全体を覆っている薄闇の空間だ。私は使い魔を通して、『魔術解析』の魔術を行使した。ちなみにこの世界の魔法に対しても、元の世界の『魔術解析』の魔術が効果を発揮するのは既に確かめてある。
「……うわ。『ダーク・ヴェール』の魔法……。死霊魔法の奥義クラスか。」
「どうしたの?魔王様。」
「いや、不死怪物の群れを薄闇の空間が覆ってるんだけど、その空間は死霊魔法による物なんだよ。生命ある者の力を弱めて、不死怪物の力を増幅する効果がある。おまけに太陽に弱いタイプの不死怪物でも、あれの影響下では平気で行動できるんだよ。
それだけじゃなく、その空間内では不死怪物が生まれやすいんだね。あの空間の中で斃れたら、不死怪物化が確定だと思ってくれ。
……おっと!使い魔が潰された。」
使い魔の烏が、2羽とも『ダークエナジー・ボルト』の魔法で撃墜された。私の魔力や生命力が莫大なので、使い魔が潰された際のダメージのフィードバックは微細な物だ。しかも回復力も桁外れなので、あっという間にその微かなダメージも復旧する。
「とりあえずだが、対策を取っておこうかね。これから味方全員に魔法による防御をかけるから。」
「了解。」
「委細承知だ。」
「了解イタシマシタ。」
おもむろに私は、私自身とアオイ、それにオルトラムゥを含めた魔竜たちに『マインド・プロテクション』の魔法と『精神防壁』の魔術をかける。更に今度は魔像兵団を含めた全軍に、『レジスト・オール』『レジスト・マジック』『プロテクション』の魔法と『全耐性強化』『耐状態異常』『抗魔』『物理防御』の魔術を行使した。
ふと見ると、アオイは自らに『シャイニング・プロテクション』の、光系防御魔法を纏っていた。なるほど、死霊魔法や不死怪物相手には有効な手段だろう。私も自らに同じ魔法を使う。
ただこの魔法は、他人にかけようとすると難易度が跳ね上がる。魔力量の問題ではなく、技量の問題なのだ。そのため、いかに有効であろうとも他者にこの魔法をかけることはできなかった。
私は魔法や魔術の技量そのものについては、未だ平凡の域を出ていない。一見高度な魔法や魔術を駆使しているように見えても、それは莫大な魔力により強引に行使しているに過ぎないのだ。
と、アオイやオルトラムゥが変な顔をこちらに向けて来る。アオイはともかくとして、魔竜の爬虫類顔でも変な表情が出せる物なんだな。
「どうしたんだね?変な顔をして。」
「いえ、だって……。」
「だよなあ?魔王様は、魔王だろう?」
「ああ。それがどうかしたかね?」
アオイが喚いた。オルトラムゥもそれに追随する。
「なんで魔王なのに、光魔法が使えるの!」
「そうだ!先代魔王ゾーラムは使えなかったぞ!」
「そりゃ、私が異世界から召喚されたからだよ。種族として光魔法と相性が悪かった先代魔王とは、話が違うからさ。召喚された際に与えられた魔法知識に、光魔法もちゃんと存在してたからね。
先代魔王は自分は使えなくとも、光魔法に対する防御策を講じるために知識だけは持ってたみたいだね。だから魔王召喚の際に与えられた知識に、光魔法もちゃんと入ってたんだろう。」
アオイは『あっ。』という表情になる。一方でオルトラムゥは、やれやれと言った風情で巨大な首を左右に振った。
「それは……。反則だろう、いくらなんでも。光魔法が使える魔王?何の冗談だ……。」
「それはともかくとして、来たぞ。魔竜たちは上空待機、指示があり次第対地支援攻撃を。」
「了解だ……。」
オルトラムゥを含めた40体の魔竜たちは、一斉に飛び立って上空を旋回し、空中での待機に入る。私はこちらへと歩いてくる不死怪物の群れを見遣った。
「漫然と、こちらへ向けて歩いているだけの様に見えるな。あの中の何処に指揮官がいるのやら……。」
「魔力感知系の魔法なり魔術なりで調べてみたら?一番魔力が濃いところが本陣だと思うけれど。」
「いや、あの『ダーク・ヴェール』の魔法による薄闇の空間は、魔力感知を妨げるんだよ。さすがは奥義級だよね。あれがあの規模で使えるという事は、下手するとザウエルよりも魔力が多いのかな?
ああ、いや違うか。基本魔法『パワー・コンバイン』か何か、魔力同調系の魔法で不死怪物どもの魔力を束ねて使ってる可能性の方が高いか。でも、死霊魔法に限るけどその技量自体は超絶クラスだね。」
これは強敵だ。不死怪物に対し相性が良い軍勢を用意してきたが、油断は禁物だ。私は上空を旋回しているオルトラムゥに先制攻撃を命じようとした。攻撃した際の相手の動きで、指揮官の位置を把握できればと考えたのである。
だがその直前、強烈な思念が私たちの周囲に響いた。『コンヴェイ・シンキング』の魔法かと一瞬思ったが、違う。単に強烈な念が、向こうから叩きつけられただけだ。
『我が行く手を遮るものは誰ぞ。』
上空の魔竜たちが、精神に打撃を受けて隊列を一時崩すが持ちこたえ、即座に編隊を組みなおす。『マインド・プロテクション』の魔法と『精神防壁』の魔術をかけておいて良かった。私は今の強制的かつ強圧的な念により発生した思念のリンクを通じ、こちらも強力な念を込めて返答してやる。
『私は新たな魔王、ブレイド=ジョーカーだがね。そう言う君は、何者かな?』
『魔王……。魔王たる存在なれば、そこを退くがよい。我は魔王への敵意はもはや持たぬ。我は『りゅうむ・なあど神聖国』を……その王族らや神官どもを、ただただ滅ぼさんと欲する者なれば。』
『……ほう?』
ここで『リューム・ナアド神聖国』の名前が出て来るとは思わなかった。相手の思念は、言葉を続ける。
『その目的を果たさんがため、『魔竜の墓場』に眠る魔竜どもの骸が、是が非でも必要なのだ。』
『何故かね?』
『……『りゅうむ・なあど神聖国』の王城や神殿には、我ら負の生命を阻む光の結界がある。なれど魔竜の骸より生み出した屍竜の吐炎であらば、結界の外より結界の基点を破壊することが叶う。
わかったならば、そこを退くが良い。我の望みは、『りゅうむ・なあど神聖国』の指導者たちの首印のみなのだ。』
負の生命とは、不死怪物の別名……古い言い方であるらしい。少なくとも、私が召喚された際に頭脳に刻み込まれた、この世界に関する知識によればそうなっている。なるほど、この思念の相手は魔竜の骸からドラゴンゾンビを創り、それで『リューム・ナアド神聖国』を攻めるつもりなのか。
魔竜将クラスの魔竜の骸から創られたドラゴンゾンビの吐炎ならば、射程距離はとんでもなく長いはずだ。たしかに相手の目的には適うはずだ。だが、それを叶えさせてやるわけにもいかない。
『悪いけどね。『魔竜の墓場』はウチの部下が大事にしてる場所なんだ。渡すわけにはいかないよ。』
『……是非も無し。ならば力にて雌雄を決せん。』
「あ。念話切った。まだ話の途中なのに。」
念話は向こうから強制的に切断された。更に不死怪物の群れが、速度を上げてこちらへと向かって来る。私は急ぎ、上空を旋回中の魔竜たちに指示を飛ばした。
『オルトラムゥ。上空より吐炎で先制攻撃をかけろ。今の念話の発信源を偽装していなければ、敵の指揮官の位置は敵軍のほぼ中央あたりだ。そこに集中的に攻撃を。』
『承知!』
「アオイ、ゼロ、吐炎の攻撃が終わったら全速で敵陣に突っ込む。ゼロは今の内に魔像兵団の陣形を突撃用に変更しておくんだ。
それと……そう、だな。全部隊を3つに分けるんだ。1つは私が、1つはアオイが、1つはゼロ、貴様が指揮を執る。」
「了解イタシマシタ。」
魔像兵団が機械的な正確さで、その陣形を変えていく。私がそれを見ていると、アオイがぽつりと呟いた。
「『リューム・ナアド神聖国』に、何されたんだろう……。」
「わからないね。でも、戦闘中は同情は禁物だよ。この敵に負けたら、即座に不死怪物だと思っていい。」
「うん、それは当然。……あ。」
「む、予想通りだね。」
魔竜が吐いた40条の炎が、不死怪物の群れを焼き払って行く。だがその中に数か所、吐炎による被害を退けた場所があったのだ。私は頷く。
「まず間違いなく『プロテクション・フロム・ファイヤ』だな。基本魔法だが、あの強力さからすれば術者の力量はかなりな物だろうね。」
「吐炎を防御した場所が3つ。強敵がそこにいると見ていいと思う。」
「向かって左から目標α、β、γとしよう。ゼロ、貴様は目標γを叩け。アオイは目標αを頼むよ。私は真ん中の目標βを。」
言っている間に、魔竜たちへ向けて地上から魔法攻撃が撃ち上がる。だが防御魔法を施された魔竜たちには被害はほぼ無い。
私、アオイ、ゼロは各々の隊の先頭に立ち、敵陣へ斬り込んでいった。
最も早く目標に到達したのは、私だった。目指す相手らしき者は、青白い肌の金髪の豊満な肉感的な美女である。その瞳は、血の様な紅い色をしていた。その周囲には、護衛と思しき同じく青白い肌で紅い眼の禿頭の男たちが従っている。
だが私の目は、その者たちの口から鋭い牙が生えているのを見逃さなかった。なおかつ、私には効果が無いが、その視線に魅了の力が宿っているのを感じて、相手の正体に大方の予想がついた。
「ほう、吸血鬼かね。」
「そういう貴方はいったい何の種族なのか、見た目からは判らないわね。似た種族がまったく無いもの。」
「それは秘密、ということにしておこうか。だが残念ながら、私はハズレを引いたようだな。」
「失礼しちゃうわね。こんな美女をつかまえてハズレだなんて。」
「くくく。」
私は笑った。相手も微笑を面に浮かべる。私は構えを取りながら
「それは失礼したね。だが、そういう意味ではないのは分かっているんだろう?先ほどの念話は、男性の物だったからね。できれば君ではなく、君たちの頭目に会いたかったんだよ。先ほどの念話は、話したいことを全部話す前に打ち切られてしまったものでね。
まあ、とりあえず自己紹介しよう。私が魔王ブレイド=ジョーカーだ。」
「わたくしは貴方の言う通り、吸血鬼よ。名はユージェニー=ダンヴァース。こう見えても、ロード種なのよ?以後よろしく。」
「ゆ、ユージェニー様……。よろしくも何も、これから戦うのでは……。」
配下の吸血鬼が、突っ込みをいれる。ユージェニーはその吸血鬼にデコピンを見舞った。その吸血鬼は、軽々と吹き飛ぶ。
「はぶうっ!?」
「バッカねぇ?相手がこっちを殺る気になったら、こっちは瞬殺よ?そのぐらいの力の差があることも理解できない雑魚は、黙ってなさい?」
「「「「「!!」」」」」
愕然とする、ユージェニー配下の吸血鬼たち。しかしだからと言って、ロード種の吸血鬼であるユージェニーは、己の誇りにかけて退こうともしない。そんな雰囲気が、彼女から伝わって来た。
ユージェニーは付け足すように言葉を紡ぐ。
「ま、そうは言ってもわたくしも……。実際に相対するまでは、これほどの馬鹿みたいな力の差があるとは思ってなかったけどねー。最初はわたくしが本気だせば充分勝ち目あると思い込んでたもん。」
「くくく、で?どうするのかね?」
「まずは、交渉を。」
急に真面目になって、ユージェニーは言う。
「魔王たるお方が、『リューム・ナアド神聖国』に尻尾を振るとは思えません。戦って勝てない以上、上手く交渉して停戦を……。できれば貴方を味方に付けたいと、わたくしの独断ですが考えておりますの。できることなら、我々の軍団が崩壊する前に。」
「君たちの頭目は、そう考えていない様だが?」
「あの方は、『怨霊』ですので……。生前の性格もありますが、怨霊と化したせいで頭が固いところがおありなのです。ですがわたくしの事はそれなりに信じてくださっておりますので、魔王様との合意がなされるならば、わたくしの存在そのものを賭してあの方を説得いたします。」
ユージェニーの真摯な態度に、私は頷いた。
「……いいだろう、誇り高き吸血姫ユージェニー=ダンヴァース。私が率いてきた部隊に停戦命令を出し、話し合いのテーブルに着こう。
だが他の2か所においては、君の指揮権も及ばないのだろう?そちらで戦っている部隊にまで停戦命令は出せない。停戦命令を出せば、その部隊が一方的に攻撃されることになるからね。
ただし停戦命令は出せないが、できるかぎり防戦だけにとどめさせよう。」
「ありがとうございます。余計な犠牲を出さぬためにも、交渉を急ぎましょう。こちらの望みとしては……。」
そして手っ取り早く互いの望むところを語り合い、数分後には私はユージェニーと吸血鬼たちに連れられて、目標αへと向かったのである。
私が到着したとき、目標αの地点では激しい戦いが繰り広げられていた。防戦に切り替えるよう命令は下したのだが、相手がいることだし困難であるようだった。押し寄せる不死怪物たちを、ゴーレムや生きた鎧が押しとどめている。そんな中、アオイと半透明の霊体と見ゆる鎧武者が、壮絶な一騎打ちを繰り広げていた。
我が親衛隊長たる勇者アオイが、自らの剣に光魔法を纏わせて鎧武者に斬りかかる。鎧武者は、それを左手の小太刀で受け流し、右手の太刀でアオイを斬りつける。アオイはそれを軽く後ろに跳んで躱した。
アオイは『シャイニング・ジャベリン』の魔法を使う。4本の光の槍がアオイの背後の空間に浮かび上がり、次々に発射された。鎧武者は体を躱すのでは避けきれないと見たか、自らの身体を構成している霊気を一部切り離して射出する。切り離された霊気は、まるでデコイの様な役割を果たし、4本の光の槍はそれにぶつかって爆発した。
見たところ、アオイはかなり消耗している様で、肩で息をしている。だが半透明の鎧武者も、生前の記憶に引っ張られたか、肩で息をしていた。どうやらこちらも相当に消耗した様だ。このままでは相討ちになりかねない。私は叫ぶ。
「その勝負、預かった!」
そして私は、両者の間にその身を割り込ませた。アオイは慌てて剣を引き、半透明の鎧武者はそのまま太刀を振り下ろす。私は右肘から生えている刃で、その太刀を止めた。そして私は半透明の鎧武者に語り掛ける。
「……元勇者、テツノジョウ=イズミ。いや、伊豆見鉄之丞。刀を引け。貴殿の遺恨、私が晴らさせてやろう。」
『!?』
「テツノジョウさま!魔王様は、『リューム・ナアド神聖国』を倒す御助力を下さることを御約束してくださいましたわ!兵を退かせてくださいませ!もはや戦って、兵を損なう必要はございませんわ!」
『な、んだ、と?』
ユージェニーの言葉に戸惑う鎧武者、いや鉄之丞に向かい、私は説得の言葉を紡ぐ。
「魔竜の骸は渡すわけには行かないが、代わりに我が新生魔王軍の精兵が、『リューム・ナアド神聖国』の結界の基点に対する破壊工作を請け負おう。そうすれば結界が消え、貴殿がいかようにも恨みを晴らすことが叶うだろう。」
『む……。むむむ……。』
「我々とて、『リューム・ナアド神聖国』の所業については腹に据えかねているのだよ。今貴殿が戦っていた当代の勇者アオイだが、彼女も『リューム・ナアド神聖国』に裏切られた身だ。私は彼女と力を合わせ、戦っている。我々は、同志だ。その我々が相争い、相打っては得をするのは怨敵『リューム・ナアド神聖国』ではないか!」
今なお戸惑う鉄之丞に、ユージェニーが更に言い募る。
「魔王様の仰る通りです、テツノジョウさま!どうか、この場は軍をお退きくださいませ!」
『ゆうじぇにい……。だが、しかし……。もしやそなたが騙されているのやも知れぬぞ……?』
鉄之丞はなかなか信じようとはしない。まあそれは仕方ないだろう。既に戦端は開かれてしまっているのだ。
私は再度説得の言葉を重ねようとした。だがそこへユージェニーが割り込む。彼女は鉄之丞の右手の太刀を手に取り、その切っ先を自分の胸へと導いた。
「テツノジョウさま、もしわたくしが騙されているとお思いでしたら、この刃でわたくしの心の臓を一突きにしてくださいませ。テツノジョウさまが魔王様をお疑いになるという事は、魔王様を見定めたわたくしの眼をお疑いになられると言うもの。テツノジョウさまに信じていただけないのならば、生きている甲斐がありませぬ。
わたくしは不死身のロード種吸血鬼ですが、テツノジョウさまのこの刃に込められた魔力の強さであれば、死ぬことも能うでしょう。」
『な!そ、それはいかん!ゆうじぇにい、我をこの残酷な世界に遺して逝くことなど、断じていかん!』
「それにテツノジョウさま。もしわたくしが騙されていたりしたときは、敵わぬまでも一矢報い、その意地を知らしめてみせますわ。魔王様は強大無比、とても勝てる相手ではありませぬが……。たとえ不死であるはずのこの身が完全に崩壊、消滅しようとも……。」
『ゆうじぇにい……。そこまでの覚悟があったのか……。』
アオイがぽつりと呟く。
「なんかわたし、砂糖吐きそう……。」
「ああ……。そうだね……。雰囲気、甘い……。背中が痒くなってきたよ……。」
私も背中の重力制御翼をぎくしゃくと動かす。と、アオイが別の事……ただし、とても重要なことを聞いてきた。
「ところであの鉄之丞?元勇者だって言ってたよね?いったい『リューム・ナアド神聖国』に何されたの?」
「ああ、簡単に言えばだね……。」
私がユージェニーから聞いた話では、伊豆見鉄之丞は3代前の魔王ガラウクスの時代に、勇者としてこの世界に呼び出された、江戸時代の侍……剣客であったそうだ。彼は『リューム・ナアド神聖国』に召喚されたとき、魔王の手によって苦しむ民人たちのため、自ら進んで剣を取ったそうである。
だがその時代の『リューム・ナアド神聖国』王族及び神官などの国家指導者たちも、当代のそれら同様に非道に手を染めていた。何をやったかと言うと、魔王を倒すために、勇者の大量召喚を行ったのである。数がいれば確実に魔王を倒せると思ったのであろう。事実、当時の魔王は打倒された。
しかし勇者召喚の魔法陣は、その魔法陣内の記憶領域に、召喚した勇者の帰還先の世界座標を記憶している。その状態で次の勇者を呼べば、どうなるか。答えは簡単である。先に召喚した勇者の帰還先情報は失われ、新たに召喚された勇者の帰還先情報が上書きされるのだ。
つまり、元の世界に帰還できるのは、最後に召喚された勇者ただ1人なのである。その最後の勇者は、ちゃんと元の世界に帰されたらしい。だが他の勇者たちは、魔王討伐を祝う宴席でひそかに毒を盛られ、殺された。
鉄之丞は、唯一偶然から毒を飲まずに助かった。彼は逃亡し、かつて魔王ガラウクスの配下であったユージェニーに何故か匿われた。しかし彼は、他の殺された勇者たちの仇討ち、及び帰還の術を奪われた自身の恨みを晴らさんがため、単身『リューム・ナアド神聖国』に舞い戻る。そして紆余曲折の末、悲惨な最期を迎えたのである。
だがその怨みと未練とが彼の魂をこの世界に留め、彼は怨霊として復活した。そして長い年月をかけて力を蓄え、魔王ゾーラムが斃れたのとほぼ時を同じくして復讐を開始したのである。
その話を聞いて、アオイは呟く。
「今も昔も、碌な事しない。あの国は。」
「……。」
私はアオイの頭に手を置き、そっと撫でる。向こうでは、鉄之丞とユージェニーの話し合いがついた様である。不死怪物たちの攻撃が止まっていた。私も念話で、魔竜たちと全魔像兵団に停戦命令を送る。
鉄之丞はこちらに向かい歩いてくると、地面に座り込んで兜を脱ぎ、私に頭を下げて来た。
『伊豆見鉄之丞にござる……。魔王殿、いや魔王陛下。此度のご無礼の段、平にご容赦下さい。このそっ首、落とされても文句は言えませぬが、『りゅうむ・なあど神聖国』を落とすまで、どうかどうか、ご寛恕下さいませ。事が済みましたら、我、いや、それがしは腹を切る覚悟にございますれば……。』
「いや、互いに不幸な行き違いだった。幸いこちらにはさほど大きな損害は無い。だから気にするな。腹を切るなど、求めるつもりは無いとも。」
損害が少ないのは実は本当である。被害が出たのは魔像兵団だけであり、しかもゼロを始めとした魔法式人工知能搭載型の個体には、1体も喪われた者は無い。酷くて小破から中破程度であり、私の魔力を供給してやれば時間はかかるが自己修復してしまう。
鉄之丞は感涙にむせぶ。
『嗚呼、何と寛大な!』
「あー、それよりも今後の事を未来志向で話し合いたい。この娘、我が親衛隊長たる勇者アオイも、『リューム・ナアド神聖国』の被害者なのだ。共に手を携え、怨敵を討ち果たそうじゃないか。」
『……!!ははっ!!仰せの通りに!!』
伊豆見鉄之丞、死霊にしては、なんとも暑苦しい奴だった。
結局のところ、鉄之丞率いる不死怪物の群れは、新生魔王軍の軍団の1つ、死霊軍団として編入されることとなった。鉄之丞は新たに創設された怨霊将の地位に就き、その軍団を指揮統率する。
またこのついでとも言えるのだが、ゼロ率いる魔像兵団は、新たに魔像軍団として正式な軍団扱いとなった。ゼロも人工知能の成長を認められ、魔像将の地位に昇進したのである。
ちなみにゼロの魔像将への昇進に伴い、私の手で奴に強化改造を施した。他の軍団の長から見ればまだまだ及ぶものでは無いが、それでもゼロは以前に比すれば圧倒的な戦闘力を保有することになった。
「第1中隊ハ前進、第2中隊ハ現在ノ位置デ留マレ。砲兵ノ支援射撃ニ巻キ込マレルナ。」
「骸骨弓兵部隊はその位置で全員撃破されるまで矢を放ち続けるのじゃ!骸骨騎兵部隊は相手の前衛に向け、突撃を敢行せよ!動死体部隊は相手からの壁になり、全滅するまで防ぎ続けるのじゃあ!」
……ゼロと、先の戦闘で目標γにいた死導師のキャメロン=オルグレンが、演習場にて部隊を率いて戦闘訓練をしている。何かあの戦いで、互いを部隊指揮戦闘における好敵手と見定めたっぽい。個人的にも交友関係を築いているらしいので、いいことではある。
ちなみに今日の模擬戦は、どうやらぎりぎりのところでゼロの判定敗北であるようだ。遠目に見ただけだが、悔しそうにしている。人工知能が随分発達したものだ。
ただ勝利者側のキャメロンも、勝ちはしたものの大損害を出して憮然としている。下級の不死怪物は使い捨てが定石だから、構わないと言えばそうなのだが、ちょっと想定より損害が多かったらしい。
私は演習場から目を放し、大きく溜息を吐く。
「ふう……。バルゾラ大陸は完全に平定できた、か。後は僻地にまで開発の手を広げていって、食糧の生産高をもっと上げないと。アーカル大陸の占領地に兵糧を送ってるから、食糧不足気味だ。
労働力になる犬妖、もっと早く増えないかなあ。大犬妖や豚鬼、人食い鬼は逆にこれ以上増えられてもなあ。農耕に向いた種族、犬妖以外にいないのかね。……そう言えば、この大陸では蜥蜴人見ないな。この世界には存在してるはずなんだけどな。」
本部棟の司令室へと向かいつつ、私は少し考え込んだ。
「……『リューム・ナアド神聖国』が新しい勇者を召喚しようとしないだろうか。今の内に私自ら出向いて、あの国を……。」
私はまだまだ魔王としては……魔法や魔術の使い手としては、未熟もいいところだ。だが魔王としての魔力を使わなくとも、はるか上空まで飛んでいき、そこから生体粒子ビーム砲でも敵の王城や神殿目がけて叩き込めば……。あるいは未だ怖くて試せていない、背中の重力制御用翼を用いた最強兵器、マイクロブラックホール弾を撃ち込めば……。
と、ここまで考えて私は思い直す。アオイや鉄之丞に約束したんだった。彼らとともにあの国を攻め、復讐に力を貸す、と。そのためには、安易に私が片を付けるわけにもいかないだろう。やはりじっくり進軍して、敵国首都を包囲するのが正しいやり方だ。
「ふううぅぅ~っ。」
再度私は溜息を吐いた。やっぱり魔王は難しい仕事だ。だがそれでもやり遂げなければならないし、同時にやり甲斐がある仕事だとも思う。
とりあえずは、魔王領の基礎固めを完了させなければならない。そうしたら、アーカル大陸で更なる攻勢に出るのだ。そして最終的にはコンザウ大陸へ再侵攻をかける。道のりは、長かった。
ようやく旧魔王軍勢力を全てその手に収めました。今後はしばらく力を蓄えて、攻勢に出る予定です。少なくとも主人公当人は、そのつもりです。ですが、そう上手く行くかどうかは……。