第6話 内政&外征
ここはいつもの新生魔王軍本部基地司令室。私はここで、大量の書類相手に奮闘していた。アオイ、ザウエル、そしてザウエルの配下である魔道軍団から派遣されてきた魔道士たちが、総がかりでそれを手伝ってくれている。そんな中、魔道士の一人――仮にAとする――が疲労困憊した口調で言葉を発する。
「が、ガーソム地方の収支決算報告を纏め終わりましたです、はい。……しかし先代魔王ゾーラム様の時代には、ここまで書類仕事が多くなかったと思うのですが……。我々が駆り出されることも無かったような気も……。」
「それは先代魔王がドンブリ勘定でデタラメな国家運営をしてたからですよ。今僕らがここまで忙しいのは、そのツケの清算もあるからです。」
吐き捨てる様に、ザウエルが言った。現在アーカル大陸に存在している占領地だけでなく、魔王の膝元であるはずのバルゾラ大陸も、先代魔王の滅茶苦茶な統治により無残なまでに疲弊している。いやこれを統治と言ったら、誰からも鼻で笑われるだろう。それほどまでに酷い状態だった。
ここでアオイが慰めるように言う。
「今、専門の官僚を育成してる。教育は上手く行ってるってこっちの報告書には書いてあるから、もうじき1期生が仕事場に入ってくる。
その1期生が入ってくれば1人あたりの仕事量も減るし、2期生が入ってくる頃には仕事も全部引き継いで完全に魔道軍団の方に戻れる。だから今はがんばって。」
「はあ……。わかってます。でも、その官僚を育成してるのも私の同僚ですけどね……。」
「旧魔王軍の生き残りの中では、魔道軍団は貴重なインテリだからねえ。現状、知的作業は君らに頼るしかないんだよ。賞与も出すから、頼むよ。」
「は、魔王様。了解いたしました!」
私の言葉に背筋を伸ばす魔道士A。だがそれでも疲労の色は隠せていない。私はアオイから書類を受け取り、目を通してサインする。その書類は先ほど彼女が言った通りに、政務や経済官僚、軍官僚、その他諸々の教育、育成についての物だった。
その書類によると官僚として有望なのは、エリート種族である魔族を除けば皮肉なことに、アーカル大陸やコンザウ大陸から人種差別による迫害のために逃げ出してきた人類……人間族、森妖精族、土妖精族などの内の少数民族だったりする。
彼ら少数民族の人類は、人類領域から脱出してバルゾラ大陸……人類の言うバルキーゾ魔大陸に逃げ込んだことで、人類の裏切者扱いされているらしい。自分たちで迫害して追い出しておいて、勝手なもんである。
「……うん、この者たちのために保護区を創設するか。この大陸に逃げ込んで来たけれど、魔物ではないから大陸の隅で細々と生きるしか無かった様だし。書類を読む限りでは、中々使える人材たちじゃないか。」
「土妖精族は技術技能者としても有望。人間族は突出したところは無いけど、欠点も無いから何でもやらせられる。」
「森妖精族は魔法に対する適正が魔族並に高いですからね。魔族は産まれる数が少ないのが悩みですから、忠誠を誓ってくれるならば魔道軍団の新たな人員としても見込めますね。……ただ、魔物たちからの人類への偏見や差別を乗り越えるだけの才覚は、示してもらう必要がありますが。」
アオイとザウエルも、反対意見は無い様である。私は次の書類を手に取った。
「豚鬼と大犬妖、人食い鬼に邪鬼、邪妖精か……。問題ばかり起こしてくれるなあ。今回は互いの種族同士で諍いかね。」
「今のところ居留地を分けて、間に緩衝地帯を設け、互いに衝突が起こらない様にしていますが……。後は我々新生魔王軍でも、一般の兵士として使ってはいますけれど、豚鬼や大犬妖、人食い鬼の3種は特にひどいです。知能も低くて扱いにも困りますね。
一応強い者の言う事は聞くので、魔族と同じエリート種族である巨鬼族を指揮官にあてがってます。けれど巨鬼族も数が多いとは言えないので……。」
「本当は、巨鬼族はアオイの下につけて親衛隊を組織したかったんだがなあ……。はぁ……。」
私は溜息を吐く。今のところ親衛隊には、ゼロと同タイプである魔法式人工知能搭載型の生きた鎧が配属されている。だが戦闘力は巨鬼族の方がやはり強いのは間違いない。
「邪鬼と邪妖精は、魔法的能力も高いし知能も比較的高いが……。組織には向かない性格なんだよね。いたずら好き、と言うには酷いレベルだし。他の種族を引っ掛け、騙し、利益を貪るって程度ならともかく……。いたずらに殺して楽しむ、と言うのはヤバいだろう。」
「でも普通の妖精の類も、見た目は可愛らしいけどけっこう洒落にならないいたずらをするみたいよ。命にかかわるレベルの。本質は同じっぽい。」
「こいつらのうち従軍してる者たちはきっちり躾け、我々新生魔王軍関係者にはいたずらをしないよう『ギアス』の魔法で強制しています。そして大規模な集団行動にはまったく向かないので、単独あるいは小規模グループで諜報活動に従事させています。」
私は頷く。次の書類は、犬妖に関する物だった。
「うーむ、犬妖は魔物たちの中でも取るに足らない被差別種族だと聞いていたんだが……。けっこう重要じゃあないか。
このバルゾラ大陸で、農業や工業生産に関わってるのは、先ほど話に出た人類種族の難民の他は、ほとんどが犬妖だし。まあ一部の強力な武具などは魔族や巨鬼族なんかも作ってるようだが。と言うか犬妖がいないとバルゾラ大陸の経済、回らないよ。」
「経済活動と言うか……。他の種族から搾取される存在ですからね。あれらが農耕をやって、他の種族がそれを搾取する。それが従来の慣例でした。まあ繁殖力は桁外れですが、個々の力は極めて貧弱ですし。
ですが、我々魔族や巨鬼族などエリート種族からは、最近見直されて来ていますよ。まあ、あれらはあれなりに、結構やるじゃないか、って程度ですがね。豚鬼や大犬妖より、ずっと評価は上がってます。」
ザウエルの言葉に、私は閃く物があった。
「銃、かな?」
「ええ。魔王様が量産させているライフル銃です。僕ら魔族は魔法が強力ですから使おうとはあまり思いませんし、防御魔法で銃弾を防げます。巨鬼族は接近戦に誇りを持っている上に、やたら頑丈なので銃弾がほとんど通用しません。けれど、それ以外の種族にとっては銃は脅威です。」
「そう言う割には、君は拳銃を携行しているみたいだけどね?」
「いざと言うときには、便利ですから。僕は魔王様が創ったゼロを見たとき、魔法絶対主義に落とし穴があることを知ったんです。……それに『エンチャント』の魔法で銃や弾丸に魔力付与すれば、巨鬼族も殺せますし魔族の防御魔法も貫けます。
それはともかくとしまして……。」
ザウエルは話を元に戻す。
「先日も抵抗をやめない人食い鬼の集落を、犬妖の銃士隊に討伐させました。犬妖と人食い鬼では、今までの常識では100対1であっても勝ち目はないです。ですが人食い鬼の半分の数の犬妖銃士隊で、あっさりと集落を殲滅しましたよ。
つまり銃の様な高度な武器を使う頭の無い豚鬼や大犬妖、人食い鬼よりも、単なる犬妖の方が今後の戦争に適合できると言うことが誰の目にも明らかになったんです。」
「……なるほど。犬妖が搾取の対象にされない様に保護政策を取った方がいいかもな、重要な種族だし。犬妖の作った農産物とか工業製品は国家が買い上げて、他の種族にはそれを金銭で売却するか労働の対価として下げ渡すか。今まで抑圧されてた分、保護したら数が増えるだろうから、増えた分は軍隊で吸収するとしよう。
……だが、そうなるとますます豚鬼や大犬妖、人食い鬼の戦力価値が下がる、か。どう使ったものかな……。」
「難しい課題ですね。ただ半豚鬼なら、豚鬼の体力に成長速度、人間族に近い知能や器用さを兼ね備えています。アーカル大陸の占領地では、半豚鬼が大量に生まれたとの報告があります。彼らならば、きちんとした教育を施せば使い物になるでしょうね。
おそらくはコンザウ大陸のもと占領地でも同じ現象が起きているでしょうが……。」
ザウエルの言葉を聞き、アオイが苦い顔をする。まあ、人間のメンタリティを持ったままである私も、あまり良い気はしない。アオイが嫌そうに言う。
「……それって、アレ?侵略戦争に付き物の……。」
「まあ、アレ……つまりはナニです。豚鬼は食欲と性欲だけの生き物ですからねえ……。」
「ザウエル、略奪や虐殺、そう言った行為は、現地の民力を減退させるだけだからね。私の名前で厳禁しているはずなんだが、その辺はどうなっているかな?」
「極めて減った、との報告は来ています。ですが根絶までは至らぬようで、未だに略奪や虐殺、それにナニをした豚鬼や大犬妖、人食い鬼がときどき処刑されていますね。ああ、ナニをするのはほとんど豚鬼か、ごく一部の異常な性癖を持つ者だけですが。」
私は左右に首を振る。規律正しい軍隊は、なかなか遠い目標の様だ。
「あー、アーカル大陸に兵士たちと同族の雌を数多く送り込む様に命じていたはずだが?」
「兵糧や軍資金と一緒に輸送船団に詰め込んで送りましたが、まだ向こうに着いていません。なお魔竜軍団の海竜が、船団の護衛に就いています。」
「あー……そうか。船が着いて、そう言った問題がなるべく解決してくれると良いんだが。
それはともかくだ。生まれた半豚鬼の子供らを、なるべく保護するよう命じてくれ。そう言った事情であれば、母親に殺されかねんだろう。救出してきちんと教育すれば、なかなかの人材になりそうだ。」
ザウエルは、私の言葉に困ったような表情を浮かべる。
「教育ですか。ですが……これ以上魔道軍団から教員を出すのは難しいです。それに半豚鬼の子供の適性は、魔道士ではなく兵士、戦士でしょうからね。魔道軍団から出した教員ではどっちにせよ教育方針と噛み合わないでしょう。」
「うーむ……。ならばアオイ、親衛隊にいる人工知能型生きた鎧を何体か出せないかな?既にある程度人工知能が成長した奴を。空いたところには、また新しく同タイプの生きた鎧を創って充当するから。
軍人としての教育を施すのであれば、奴らを教官としてもいいと思う。ある程度は人工知能が成長している必要性があるがね。送り出す前に、教官としてのマニュアルもインストールしてやろう。」
「そう言うことなら……。3分の1程度は送り出せると思う。ただそれ以上連れて行かれると、その分を頭が真っ白な新人で埋めたとしても日常の任務が上手く回らないと思う。」
ここで魔道士Aが泣きそうな声を上げる。
「ま、魔王様、大魔導師様、親衛隊長殿……。新しい案を出されるのは良いのですが、もう少し速度をゆっくりしていただけませんでしょうか。新たな書類や命令書を製作するのが、追い付かないのです!」
「あ、そうか。」
「悪いことをしたね。」
「ごめん。」
私はおもむろに言った。
「まずはここにある書類を全部片付けるのが先決だったな。気になる点はメモを取っておいて、また終わった後で話そう。」
「そうね。」
「そうですね。」
それから私たちは、黙々と書類を処理し続けた。とりあえずその日の分の書類仕事が終わった時には、官僚業務をやってくれていた魔道士たちは死屍累々と言った様子であった。
書類仕事やその後の小会議が終わった後、私は本部基地の一画に造った私の工房へとやって来た。親衛隊長であるアオイも付いてきている。と、ここでアオイは素っ頓狂な声を上げた。
「ええっ!?なんでここにトイレットペーパーがあるのっ!?」
「お、気付いたか。つい昨日かな、試作品が出来上がったんだよね。」
ちなみにこれまでは、トイレではちり紙を使用していた。いや、それさえもこの世界においてはオーバーテクノロジーなのだが。新生魔王軍で、羊皮紙に代わって書類などに使われている洋紙も、実のところちり紙と共に最近量産を始めたばかりだ。なおトイレは水洗式ではなく、汲み取り式である。だがしかし、それについても改善は進んでいるのだ。
「あー、ちなみにここの工房だけだが、初期型の和式の水洗トイレが完成しているよ。近いうちに本部基地の全館に水洗トイレを工事して、し尿処理場を建設する予定。
私たちからすれば、『健康的で文化的な最低限度の生活』の最低ラインは実は相当高レベルだったと、この世界に来て思い知ったよ。でも、だからと言ってこの世界の水準に合わせて我慢するなんてのは厳しくてしょうがないし。」
「そう言えば、この新生魔王軍本部基地は上下水道も完備してたわね。温水のシャワーや浴槽が使えたのはうれしかった。……でも良く考えると、どうやったの?」
「ああ、あれは石炭炊きの無圧ボイラー、それもかなり初期型のやつ。構造が簡単な。
本当は電気式にしたかったんだけどね。錬金術系の魔法や魔術で太陽電池と大規模バッテリーを創ってみたんだけど、まともに動作するものが中々できなくてねー。結晶シリコンとかの組成とか、電極との接合面とかのミクロン単位以下の構造を工作するのがもー大変で。
だもんで、試作品はこの工房の建物には使ってるけど、大量生産は無理。もう少し私の魔法や魔術の制御力が上がらないと、満足にはできない。この工房を電化するのが、今の精一杯だね。」
おお、あまりのオーバーテクノロジーっぷりに、アオイが点目になっている。
「まあ電化と言っても、今のところは私の自己満足なんだけどね。もっと研究を重ねて、これを一般にも広げられる様にしないと。金持ちや権力者は、電灯よりも『ライト』の魔法使った方が簡単なんだもんなあ。やっぱり太陽電池より簡単な、初期型の発電機を作るかね。」
「一般に広げられそうな技術は、何かあるの?」
「製紙技術とか肥料と農薬とか、冶金技術とか色々あるけど、大物と言えば動力機関の導入かなあ。ガソリンエンジンとディーゼルエンジンを今試作中なんだけどね。これも錬金術系の魔法や魔術で、部品を1個1個手作りしてるんだよ。だけどこれは図面を渡せば土妖精族あたりでも部品を作ることは可能だろう。
あー、でも作らせるには工業規格を規定して守らせないと、事故になるかなあ。」
「エンジン?自動車でも造るの?」
アオイには動力機関の効果がぴんと来なかったらしいな。あまり難しく説明しても何だし、簡単に解説するとしようか。
「自動車だけじゃないよ。今の世の中は手工業……機械を使わずに手と簡単な道具だけで物づくりをやっている。でも動力機関があれば、旋盤やボール盤……って言ってもわからないかな。大型のドリルやら何やらの機械を使って物づくりができる。ベルトコンベアに部品を乗せての流れ作業もできる。
簡単に言えば、今よりも簡単に品物を大量生産できるようになるってことだよ。」
「あ、あれ?今、ライフルとか拳銃とか大量生産してなかった?」
「ああ、あれはエンジンの代わりに大型のゴーレムに歯車を回させて、色々な作業機械やベルトコンベアを動かさせてるのさ。でもゴーレムは私みたいな規格外の存在がいればこそ、こういう使い方をできてる。動力機関があれば、私がいないところでも、あちらこちらに工場を建てられるんだ。
くくく、一気に時代を進めてやるぞ。」
アオイは額に汗を流し、ぽつりと呟く。
「ま、マッドサイエンティストみたい……。」
「どちらかと言えば、マッドエンジニア、かな。」
まあ、自分にその性質が無いとは言わない。
あくる日の事である。私たちは司令室で緊急の会議を開いていた。参加人員は、私、アオイ、ザウエルのいつものメンバーの他、オルトラムゥ、ガウルグルク、そして勉強のためにゼロもいる。更に議事録を取らせるために書記として、魔道士Aも同席させた。だが幹部連中がずらりと揃っている中で、一介の魔道士でしかない彼には少し酷だったかも知れない。
ちなみに体長40m強の魔竜である魔竜将オルトラムゥは建物の中に入れない。そのため、『パペット』の魔法を使って体長1mほどの魔竜の像に意識を宿らせて、会議に参加している。
ザウエルが、魔道軍団や邪鬼、邪妖精が集めてきた情報の報告を始めた。
「旧魔王軍勢力は、現在その2割が人類勢力との戦いや内輪もめで喪失、5割が既に我々新生魔王軍の麾下に属しています。ちなみに魔王様が創造なさったゴーレム、生きた鎧などの魔像兵団がありますので、総兵力は旧魔王軍の7割に達していますね。
で、残り3割の旧魔王軍勢力ですが、2割は粘菌類や獣類に代表される知性を持たない魔物です。これらは元々バルゾラ大陸の固有種でしたが、先代魔王の命によりアーカル大陸とコンザウ大陸にも放されて、そこで大繁殖しました。旧魔王軍の2割という数は、その大繁殖した数から人類勢力により駆除された数を差し引いて、それだけ残っているだろうという予測値です。」
「あ。私も赤粘菌やら黒粘菌やら、化け烏やら黄金虎とかと戦ったことある。コンザウ大陸で。」
アオイの言葉に、ガウルグルクが溜息を吐く。
「ふう……。赤粘菌はともかく、黒粘菌はしぶとい上にしつこい……。黄金虎も下手をすると並の魔獣だと遅れを取りかねん強敵ですな。」
「うわぁ、向こうからすれば外来種問題だなあ。侵略する先の生態系を破壊して、どうするつもりだったんだろね?」
「まあ、生態系とかの概念すら持っていなかったんですよ、先代は。先代魔王も先代大魔導師も。はっきり言えば脳が足りてなかったんです。」
私の疑念に、辛辣な言葉で答えるザウエル。彼は頭を振りつつ続けた。
「まあ、この問題は後回しにしましょう。今我々にとって最大の問題なのは、残りの1割です。緊急会議を提案したのも、これが問題だったからです。」
『何がそこまで問題なのだ?ほんの1割なのだろう?いざとなれば、数で圧し潰してしまえばよかろう?』
「魔竜将殿、そうもいかないのです。相手は死にぞこないなのです。いえ、言い直しましょう。相手は不死怪物なのですよ。」
「「「「『!!』」」」」
全員が目を見開く。あ、いや、人工知能を持ってはいても生きた鎧でしかないゼロは反応しなかったが。ザウエルは言葉を続ける。
「かつて先代魔王は不死怪物の軍団を組織していました。ですが他の軍団の様に軍団長を置いてはいません。単に本能的に動く不死怪物の群れを飼っていただけです。そして先代魔王が斃れた後は、その不死怪物の群れは統制を失い、散り散りばらばらになって四方八方へ拡散しました。
ですが最近、その不死怪物が再度群れを作ったのですよ。何者かに操られているかのごとく。そして、未だわれら新生魔王軍に対し反発していた、あるいは加わることを決めかねていた小規模な独立勢力を次々に襲い、潰してしまいました。その様子を偵察していた邪鬼の報告によれば、潰された勢力の死んだ兵員を何らかの手段で不死怪物化して吸収してしまった様です。
そして不死怪物の群れは、今なお生きとし生ける者を殺しては不死怪物化させ、その規模を拡大しつつあります。この行動には、明らかに知性の働きが伺えます。この不死怪物の群れを操っている何者かは確実に、死体を材料にして不死怪物を創る術を心得ていると思われます。……まあ趣味じゃないだけで、僕にもできますが。」
「なるほど。今その群れは、どこら辺にいるんだね?」
「我々の勢力圏のぎりぎり外を移動するように動き、今はカルトゥン山脈の南に向かっています。」
『なんだと!?』
オルトラムゥが叫び声を上げた。全員の視線が、彼の意思が宿った魔竜の像に向く。彼はそれを気にせずに声を上げる。その声音からは、彼の余裕の無さが伺えた。
『まずい!!カルトゥン山脈の南には、『魔竜の墓場』がある!!その不死怪物の群れを操っている者がいるとすれば……。その狙いはそこにある魔竜の骸だ!!あそこにある魔竜の骸は、100や200どころではない!少なく見積もっても1,000体分は軽い!しかもほとんどが老竜以上の超大型の死骸ばかりだ!』
「1,000体を超える魔竜の不死怪物が加われば、おそるべき戦力になるな。魔王様なら勝てるであろうが、魔王様は御一人しかおられぬ。二手に分かれて半数が新生魔王軍本隊とぶつかるなりすれば、その損害は計り知れん。いや、損害を出せばそれが不死怪物化して、相手に加わるやも……。」
「予想以上にまずい事態でしたね……。あらかじめ『魔竜の墓場』がそこにあると知っていれば……。緊急会議を提案して正解でしたか。」
ガウルグルク、ザウエルが、オルトラムゥの言葉に苦い表情を浮かべる。と、ここで突然ゼロが右手を挙げた。
「発言ヲ、ヨロシイデショウカ。」
「許可しよう。」
「モシモ迎撃作戦ヲ行ウノデアレバ、我ラ魔像兵団ヲ充テテイタダキタク、存ジマス。」
「……理由は何だ?ゼロ。」
私はゼロに発言を促す。
「ハッ。我ラ魔像兵団ハ、ごーれむ及ビ生キタ鎧ノ集団デアリマス。魂ヲ持タナイ存在デス。デアルカラニハ、斃サレテモ不死怪物化スル恐レハアリマセン。マタ我ラ魔像兵団ハ、大量生産品デハアルモノノ魔法ノ武器ヲ与エラレテオリ、不死怪物ト互角以上ニ戦エルモノト思ワレマス。」
「……よくそこまで考えられるほど成長したな、ゼロ。素晴らしい。」
「オ褒メニアズカリ、光栄デス。」
全員の顔を見遣りつつ、私ははっきりとした声で告げた。
「これより我が新生魔王軍は、問題になっている不死怪物の群れを攻撃する!やつらに魔竜の骸を渡してはならん!主力はゼロ率いる魔像兵団!その支援に、魔竜軍団および魔道軍団を充てる!
魔竜将オルトラムゥ!」
『はっ!』
「半刻後までに訓練成績が上位の精鋭40体を選び出し、出陣の準備をさせよ!今回は上空よりの航空支援に専念させる!敵には強力な死霊術師がいると思われる!敵の魔法には厳重に注意させよ!
魔像兵団指揮官ゼロ!」
「ハッ。」
「半刻後までに全魔像兵団に出陣の準備をさせよ!今回の主役は貴様たちだ!
大魔導師ザウエル!」
「はっ!」
「魔道軍団は転移の魔法が使える魔道士を動員せよ!半刻後に私と魔竜軍団精鋭部隊および魔像兵団をカルトゥン山脈の結界南端まで転移させる!では総員、行動開始だ!」
私は椅子から立ち上がった。と、アオイがこちらを見つめているのに、私は気が付く。
「どうかしたかね?」
「魔王様、私も連れていって。私は光魔法が得意。不死怪物相手に足手まといにはならない。」
「……わかった。一緒に来なさい。」
本音を言えば、アオイにはガウルグルクと共に本部基地を守ってほしかったんだが。だけどまあ、親衛隊長だしなあ。魔王親征には付いてくるのが普通か。それに、なんか置いて行ったら恨まれそうな予感がする。たぶん連れて行くのが吉、だ。
私は長衣を翻し、アオイを引き連れて基地本部棟の外へと向かった。
魔王様、色々オーバーワーク気味です。まあ改造人間で更に召喚時に強化されてるんで、まだ余裕ですけど。
あと、色々と元の世界である地球の技術を再現しようと頑張ってます。ただ、錬金術系の魔法や魔術でも、ミクロン単位の誤差が許されない箇所とか分子構造を直接いじるのとかは困難で、もっと技量が向上しないと上手く行かないという設定です。