藤田徹 -発見-
行く先に見えてきた通りを何台もの車が横切っていく。お茶をレジに置き忘れたドジな女の子の姿はまだ見えなかった。彼女が駅に向かっているのではないかという僕の予想は間違いだったのだろうか。少し自信を失いかけてきたところで、キキキッというブレーキの音が狭い路地に響き渡る。ふと気が付くと、数メートル先から白い錆付いたママチャリに跨るちょっと大阪風な派手な格好をしたおばちゃんが僕の方にフラフラと蛇行しながら近付いて来るのが見えた。なんだよ、危ない走り方だなぁ。あまり広くない道だったので、僕がそのママチャリを避けようと道の右端によると、同じことを考えたのかおばちゃんも同じ側に自転車を傾けた。ギギギッ、とおばちゃんがブレーキを掛ける。
「危ないわね!」
「すみません、ごめんなさい」
反射的に謝ったものの、別に僕だけが悪い訳では無いのにと思ってムッとした。しかしおばちゃんは、さっきの子といい最近の子は怖いわ、なんて言葉を吐き捨ててキーコキーコと走り去っていく。どうやら、誰かを轢きそうになったのは今が初めてでは無かったらしい。それは十分、自分の走り方は危険ですと言っているのと一緒なんじゃないだろうか。世の中はなんと理不尽なものなのだろう。不機嫌になりながら僕は再び足を速めた。師走というこの年の瀬に、お坊さんでも無いのにコンビニの制服を着て走り回る僕はなんと滑稽なことだろうか。気が付けば汗をかいていて、吹き抜けた風が無性に冷たく感じられた。本当に悲しくなってくる。僕はいったいなんでこんな目にあっているのだろうか。ブサイクな僕を見て逃げ出す女の子から始まって、道行くおばちゃんにも冷たくあしらわれる。そうだ、あの大通りまで出て女の子の姿が見えなければもう諦めよう。そう思って、可愛らしい服を着させられたマネキンの前を通り過ぎる。こんな所に、洋服屋があるんだな。もちろん、女物を売っている店だろうから僕が気付かないのも当然かもしれない。いや──そういえば知っていた。高校生の時、この通りを歩いていたら当時大好きだった女の子がこの店から出てきてばったり鉢合わせたことがあったのだ。その時彼女が下げていた買い物袋に綴られたアルファベットは、確かあの店の名前と同じだったような気がする。ブランドに疎い僕にはあの英文字の羅列をなんと発音するのか正直分からない。ただ、叶うはずもない片思いに苦しんでいた僕にはあの偶然の遭遇は二十三年間の人生の中でも一、二を争う幸福な出来事であって、あの瞬間ばかりは神様の存在を信じたくらいだった。それだけに、まるで写真のように彼女の姿が脳裏に焼き付いていたので、袋に書かれた文字まで鮮明に思い出されたのだった。しかしそんな幸せも束の間、「あ、藤田くん」と笑顔を浮かべ手を振ってくれた彼女だったが、結局のところそれ以上は何も述べず路地裏の住宅街へと去っていき、「偶然だね、僕も買い物に来てるんだけど、もし良かったら一緒に買い物に行かない?」なんて台詞を思いつく間すら与えられず、挙句の果てその数日後には彼女には彼氏が居ることを知り、やっぱり神様なんて居ないんだと絶望に打ちひしがれて三日三晩泣き続けた。もちろん、そんな恥ずかしい台詞なんてどれだけ時間を与えられたって言えるはずは無く、とどのつまりハッピーエンドなんて夢のまた夢だったに違いないのだけれど。そんな切ない思い出と足りない酸素で苦しむ胸を押さえながら、大通りに辿り着いた。さっきおばちゃんに轢かれそうになった反省から、飛び出さないように気を付けながらキョロキョロと左右を見渡す。数十メートル先に、駅に向かって走るあの女の子の姿を僕は見つけた。