藤田徹 -捜索-
女の子が横断歩道を渡り終えると、不運にも信号は赤に変わった。目の前で信号待ちしていた自動車の群れがブロロロロと僕の目の前を横切って行く。しまったと思い、僕はキョロキョロと周囲を見回す。進行方向左手の五十メートルほど離れた所に、歩道橋が見えた。ここの信号は待ち時間が長い。今ならあの歩道橋を渡れば彼女に追いつけるかもしれない。ふと逃げていく女の子を見ると、最初の角を左に折れていくのが見えた。僕は歩道橋を渡るべく、そちらに向かって走り始めた。トントンと階段を昇り、ゼーゼーと息を切らす。日頃の運動不足が祟り、全身が酸素を欲して重くなっていく。しかし、負ける訳には行かないのだ。そんな妙な使命に駆られ僕は足を緩めない。バイトばかりじゃなくてサークルでも良いから何か運動でもやっておけば良かったなと少しばかりの後悔が過るが、医学部の部活は意外と体育会系でサークル的な乗りで入ると痛い目をみることは、入学式のシーズンに現役合格して僕より一つ上の学年だった高校時代の友人から聞いて知っていたので、運動音痴であることを理由に部活に入るのは敬遠していた。実際、硬式テニス部やらサッカー部やらに入って日に日に真っ黒に焼けていく友達を見るにその噂は本当だったのだろう。とにかく、こんなコンビニから数百メートル走ったくらいでヘロヘロになっているようでは、しかも僕と同い年くらいの女の子に撒かれてしまうようでは情けなくて仕方がなくなってしまうということもあって、僕は必死に走った。歩道橋を降りて、すぐに路地裏の細い道へ入っていく。女の子は確か大通りを左に曲がって住宅街の中へ入っていったので、このまま僕もこの住宅街に紛れ込まなくてはいけなかった。と言っても、こんな住宅街に逃げられてしまっては見つけるのは至難の技のように思えた。道を進み、最初の十字路の場所で一度歩みを止める。右を見ると、角に赤いコカコーラの自販機があり、道の向こうにたくさんの車が走っているのが見えた。あれが大通りで、彼女はこの道を僕の今立っている十字路に向かって曲がってきたことになる。途中に曲がる道は無いのでおそらく彼女もこの十字路を通過しているはずだ。しかし今来た道以外の三方向に彼女の姿は既に見えない。もちろん、向こうの大通りからここまでの間にある家やマンションに逃げ込んでいたとすると、もうお手上げだ。彼女を見つけることは出来ない。しかし冷静に考えて、僕と同い年かおそらく年下であろう彼女が平日のこの時間に出歩いていたということは、おそらく大学か職場に向かう途中だったのだろうという考えに至る。そういえば彼女は私服を着ていた。ジーパンに灰色のシャツの上から黄土色のコートというカジュアルな格好をしていたことを考えると、年齢的にも服装的にも大学へ向かう途中だったのではないかという考えがまず浮かぶ。そしてコンビニを出てこちらの方角に走ってきたことを考えると──駅を目指していた可能性が高い。おそらく駅から電車に乗ろうと考えていたが追いかけてくる僕に気付き、とにかく僕という追跡者から逃れるために路地裏に一旦逃げ込んだ。しかしもしそうであったとすれば──おそらく、あまり遠回りはしたくないだろう。そう思い、僕はその十字路を直進、つまり駅へ近付く方角に歩みを進めることとした。数秒程度ではあったが、ここまで思考を巡らせる間に少し息も整ってきたので、僕はまた駆け足で道を進んでいく。道は緩やかなカーブを描き、大通りに近付いていく。より駅に近付いていく。この道の選択で間違いないように思えた。しばらくカーブを進み、昔良く学校帰りに寄り道した駄菓子屋さんが目に飛び込んでくる。懐かしいな、腰の曲がったあのおばあちゃんはまだ元気だろうか。まだ店を営業しているところを見るときっと元気なのだろうと思い、ちょっと寄り道してみたい気分にもなったが、彼女を追いかけなければならないことと、一応、勤務中であることを理由に僕は通り過ぎる。今度、うまい棒のコーンポタージュ味でも買いにおばあさんが元気かどうか見に来よう。そう思って僕は走り、次の曲がり角は駅を目指して直進した。