西村あずさ -逃走-
目の前の青い歩行者信号が明滅を始める。シメたと思い、私は横断歩道を渡った。このまままっすぐ駆け抜ければ、おそらくあのコンビニ店員はこの信号で足止めを食らうことになるだろう。少しでも時間が稼げるのだ。ハァハァと息を切らせながら、私は横断歩道を渡り切る。ちょうど信号が赤に変わり、車の信号も赤に変わった。振り返ると、彼が横断歩道の所で足を止めるのが見えた。よし。行ける。逃げ切れる。今のうちにと思い、私は道を左に折れて路地裏の住宅街の中に逃げ込んだ。電車には乗り遅れるかもしれないが、警察に突き出され万引き犯のレッテルを貼られるぐらいなら、大学に着くのが遅れ教授に小言を言われる方がまだマシだ。なんとか店員を撒いて、逃げおおせることを優先するべきだろう。住宅街の道は細い一本道で、しばらく進むとコカコーラの自販機がある十字路に出た。私は息を整えるために歩みを緩め、その十字路を右に折れた。可能なら出来るだけ駅に近づこうと思ったのだ。その道は緩やかにカーブしていて、すぐに十字路の自販機が見えなくなった。とりあえず姿を眩ませれば少しは安心だろう。私はそう思ってゆっくりと歩いていく。しばらく道なりにカーブを進むと、小学生時代によく遠足のお菓子を買いに足を運んだ駄菓子屋さんが姿を現した。よくここで風船ガムとタラタラしてんじゃねーよを買ったなあなんて懐かしさに浸りながら、私はその前を通りすぎて、次の曲がり角を直進した。