藤田徹 -出勤-
藤田徹、二十三歳男性。彼女いない歴、二十三年。その記録は日々更新され続けている。男は性格だ何だと言っても所詮は顔で、ブサイクな顔に生まれてしまったことを認識している僕はそれをコンプレックスに思っていた。ただ幸いにも割と勉強は得意な方で、一年浪人はしたものの近くの大学の医学部に通っていた。医学部は六年制なのでまだまだ卒業まではほど遠いが、試験勉強に追われながら生活費を稼ぐためにコンビニでアルバイトにも励んでいた。同級生はたいてい塾講師や家庭教師のアルバイトをしているのだが、なんとなく他人と同じことをするのが嫌で、また今しか出来ないことを経験してみたいという思いからこのアルバイトを選んでいた。一年生の頃から続けているので、かれこれ四年近く。我ながらよく続けていると思う。友人からは顔に似合わずポジティブでアクティブだよねと言われるが、一言余計だといつも思っている。これでもし太っていたらポジティブでアクティブなデブと言われていただろうことを思うと、太っていなくて良かったと胸を撫で下ろす。顔に似合わず、の部分さえ切り取ってしまえば意外に褒め言葉なのだと思うのだが、それでも彼女が出来ない所からすると、やはり顔は大事なのだなと考えさせられる。こればっかりはどうしようもなく、美容整形をするか某子供向けアニメキャラクターのようにコック帽を被ったおじさんが作ったアンパンが如く顔をすげ替えるかしない限り、この顔は治らない。ある意味で不治の病であり、現代医学をもってしても手術以外の手立ては無いのだ。もちろん、親から授かったこの体を弄るような真似はしたくないと考えていたので、結局は一生この顔を付き合っていくことになる──朝起きて顔を洗った後の鏡を見ながらそんなことを考えていたが、ハッと我に帰りアルバイトへ出かける準備を始めた。医学部は他の学部と比べカリキュラムが変則的で、妙な時期に試験があったり妙な時期に休みがあったりする。今はその妙な時期の休みの方で、まだ師走の始めであるにも関わらず冬休みに突入していた。休みが終わると鬼のような数の試験が待っているのだが、一人暮らしをさせて貰っている以上、お金は稼がないと生活出来ないのでアルバイトは続けているのだ。こういう時、意地をはらずに時給の良い家庭教師をしていれば良かったなと思うのだが、後悔はいつだって先には立たない。身支度を済ませ家をでると、あまりの寒さに身震いした。人から薄着だとはよく言われるが、単純に持っている服が少ないだけである。お金もなく仕方がないことなので、小走りに家から自転車で五分と離れていないバイト先のコンビニへ移動する。おはようございますと挨拶してレジの横から店の奥へと入り更衣室で着替える。更衣室と言っても洋服屋の試着室のようなカーテンで仕切ってあるだけのこじんまりとした空間で、そこに入って制服に着替えた。時計を見るとバイト開始時間ギリギリで慌ててレジに行き入店ボタンを押す。所謂タイムカードの代わりをこのレジが全て担っていた。
「藤田くん、しばらくレジ周りお願いね」
「分かりました」
いつの間にか背後に立っていた店長にそう言われ、僕は指示に従いレジを中心に仕事をすることになった。先月くらいから販売を始めた肉まんの補充をしつつ、時々レジに並ぶお客さんの対応をする。普段と変わらない作業を黙々とこなしていると、一本の緑茶を持った同い年くらいの女の子が会計をして欲しそうに立っているのに気付く。いらっしゃいませ、と営業スマイルで応じよくよく見てみると、通学か通勤かは分からないけれど、いつもこの時間くらいにお茶を買いに来る常連さんであることに気付く。時にお菓子や朝食用と思われる菓子パンを買っていくこともあったかもしれない。四年もこのアルバイトを続けていると、よく来るお客さんが何を買って帰るのかさすがに覚えてしまう。ジャージにサンダルで二十三時頃に現れるヤクザみたいなおっさんはキャビンマイルドをカートン買いしていくし、メガネに年中ボーターのポロシャツで冬でも汗をかいている小太りのお兄さんはポテトチップスのうすしお味とコーラを買っていく。そこまで極端に買うものが偏っている客もなかなか少なくはあるが、何度も足を運んでくれるお客さんが何を購入するのか、必ず傾向があった。彼女もその一人だった。
「緑茶が一点でお会計、九十八円になります。袋はご利用ですか?」
商品のバーコードを読み取ってレジ袋を取り出す素振りを見せながら尋ねた。
「えっと、鞄に入れるので大丈夫です」
彼女はそう答えると、財布から小銭を探り始める。その隙を見て、僕はバーコードの所にテープを貼った。しばらくして百円玉を取り出した彼女の顔立ちは割と整っていて、きっとカッコいい彼氏がいるんだろうなと根拠の無い妄想をする。きっと背が高くて細身で、スーツ姿がよく似合う爽やかな好青年なんだろうな、なんて誰も得しない想像を巡らせながら、渡された百円玉を受け取り二円のお釣りを返す。ニコリと彼女は微笑んで、二枚の一円玉を財布の小銭入れに仕舞うと、そそくさと店を出て行った。ふと、レジ上にさっき買っていったはずの緑茶が取り残されていることに気付く。九十八円だけを支払って買った商品を置いていくなんて、なかなかのドジっ子らしい。
「あ、お客様!」
声を掛けたものの聞こえなかったのか、その女の子はコンビニを後にしていった。あらら、これは追いかけてあげないとなあ。少し面倒に思いながら緑茶を手にとって彼女の後を追い、店を出た。