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藤田徹 -再会-

 店に戻ると案の定、店長から大目玉を喰らった。「何処のアマゾンの奥地までお茶を届ける奴が居るんだよ!」と、想定していた台詞と少し異なっていたとはいえ、やっぱりアマゾンの奥地が登場したことに思わず吹き出すと、店長は持っていたタワシで僕の頭をしばいた。何が可笑しいんだと大声で怒鳴られて、すみませんと頭を下げる。理由は何であれ、確かに今のは僕が悪かったと反省する。しかしながら、可笑しな言い回しをする方も、笑わせるために言っているとしか思えない。もしかするとそう言って笑わせて、何をニヤついていると叱るのが店長の趣味なのかもしれない。僕はそのまましばらくガミガミと説教を受けていたが、昼が近付き客が増えだすと仕事をしない訳にはいかなくなり、ようやく解放された。レジに戻ると、僕よりバイト歴の長い先輩がニヤニヤと笑っていた。

「で、何処のアマゾンの奥地まで行ってたの?」

 奥の店長には聞こえないくらいの小さな声で、彼女は言う。笑うのを堪えながら、僕は答えた。

「やめてくださいよ、幸いにも南米行きの飛行機に乗る前に踏み留まりましたから」

「あはは、それは幸運だったわね、ショートくん、じゃなくてトールくん」

「そのネタ好きですね先輩。でも、別に面白く無いですよ」

 僕が言うと、彼女はプーと頬を膨らませて不満気な表情を見せた。四捨五入すればギリギリ三十路に突入してしまったはずの先輩だったが、いつもこういうくだらないやりとりをしているせいか、とても先輩とは思えなかった。すみません、と声を掛けられ振り向くとレジ待ちのお客さんがいて、先輩が慌ててお待たせ致しました、と営業スマイル。こういう時の変わり身の速さを見ていると、伊達に五年以上このバイトを続けているだけはあるなと感心する。また別のお客さんが並び、僕も隣のレジを開けて対応した。もしまた誰かがレジにお茶を忘れて行ったら、また追い駆けるのはしんどいなぁ。と、体力的な不安があり怯えていたが、幸いにも西村さんのようにドジなお客さんはその日、現れなかった。お昼時になって近隣で働くサラリーマンたちが、昼食を求めてゾロゾロとやってくる時間帯になって本日の忙しさのピークを迎えるが、さすがに僕も四年もこのバイトを続けていたこともあって難なく仕事をこなし、気が付けばシフトを上がる時間となった。店長に上がって良いよと許可を得て、僕はレジ横で洗い物をしていた先輩に声を掛ける。

「お疲れ様です、シフト上がります」

「あー、お疲れ。ミドルくんは、もうすぐ試験なんだっけ?」

 先輩のボケに僕は敢えて触れず、そうなんですよと答えながら、レジの退店ボタンを押す。

「じゃあ、年内はいつまでシフト入れるの?」

「来週、あと一回だけですね。年末に実技試験とかもあるので、なかなか厳しいです」

 レジ下の貴重品ボックスのダイヤルを回し、自分の財布とスマートフォンを取り出しながら答える。ちょうど洗い物を終えたのか、先輩はキュッと蛇口を捻り水を止めた。寂しくなるなぁ、と呟きながら、ペーパータオルで濡れた手を拭っている。

「試験が終わったら、また戻ってきますよ」

「終わったらって、いつくらい?」

「そうですね、二月の頭くらいですかね」

 そっか、と僕がちゃんと戻ってくることに少し安心したように先輩が言った。よくよく考えると、入れ替わりの激しいこのコンビニのアルバイトを三年以上続けているのは、この店で僕と先輩の二人だけだった。店長でさえ、僕がバイトを始めてから二度変わっている。まあ、社員というのは割と頻繁に変わるものらしいので、当たり前と言えば当たり前だ。そういう意味で、当然のことながら共に仕事をした期間が長い分だけ僕と先輩は仲が良かった。寂しくなるというのは、きっとそういう理由によるのだろう。

「お疲れ様でした」

 僕はもう一度だけ会釈して、奥の店員控室へと向かった。先輩はそれに笑顔で応じ、また仕事に戻って行った。更衣室で普段着に着替えながら、僕は今日一日のことを振り返る。なんだか、凄く疲れたな。普段運動なんてまるでしないくせに、全力疾走なんてするもんじゃない。パンパンに張った足が、明日は筋肉痛になることを予感させた。西村さんも相当な距離を走っていたが、筋肉痛は大丈夫なのだろうかと妙なことを心配しながら、僕は帰り支度を進めた。休憩室の机の上に置きっぱなしにしていた烏龍茶のペットボトルを見つけて、彼女からお金を借りていたことを思い出す。今度会ったら、忘れずに返さないといけないな。しかし、彼女はまたこの店に来てくれるだろうか。不運にも、僕がしばらくシフトに入れないという問題もある。このままお金を借りたままになってしまったら嫌だな。だからまた、彼女に会いたいと思った。そこにはお金を返すという以外の目的も、おそらく含まれていたかもしれない。帰り際の彼女の笑顔を思い出しながらそんなことを考えて、僕は店を出る。何処までも青い色をした空を見上げ自転車に跨ると、住んでいるアパートに向けて僕はゆっくりと自転車を漕いだ。

 年が明けるとあっという間に一月が逝き、二月も逃げるように過ぎ去っていった。試験も終わりバイトに復帰した僕だったが、彼女──西村さんは一度もコンビニに訪れなかった。今年卒業するのだから、大学も忙しいのだろう。ひょっとすると朝は相変わらずお茶やお菓子やパンを買いに店に足を運んでいたのかもしれない。ただ僕は春休みではあったものの、たまたま昼以降のシフトが多かったこともあり、そのせいで見かけることが無かったというだけのようにも思えた。お金、返せないな。それを言い訳にまた彼女が店に訪れてくれることを期待していたのだけれど、なかなか訪れてくれないことに僕は少し寂しい気持ちだった。一日、二日と時は過ぎ、三月も足早に去ろうとした下旬。久々に朝からシフトに入ったその日、西村さんはようやくコンビニに姿を見せた。

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