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藤田徹 -笑顔-

 女の子が自販機に小銭を入れてくれたことで、僕は烏龍茶を購入することが出来た。ガタンッと音がして、さっきまで売り物だったそれは僕のものになった。ふと、左手に握りしめたままの緑茶の存在を思い出して、はいと彼女に差し出す。すみませんと謝りながら、彼女はそのお茶を受け取った。

「そういえば……どうして、僕の名前を?」

 彼女に藤田さんと呼ばれたなということに今更になって気付いて、僕は尋ねてみた。取り出し口に右手を突っ込んで手に持ったペットボトルはひんやりと冷たい。

「名札に、藤田って書いてありましたから」

 彼女が指差すので、僕は納得する。そういえば、名札なんて付けていたっけ。

「あ、私は西村って言います。西村あずさです」

 ご丁寧にペコリと頭を下げながら、彼女──西村さんは言った。なんだか僕も頭を下げないといけない気がして、どうもどうもと言いながらお辞儀をする。それがおかしかったのか、彼女はクスリと微笑んだ。可愛いな。普段女性と縁が無い僕は、思わずそう思ってしまう。通りを人が歩いてきたので邪魔にならないように避けながら、僕と西村さんは公園に入っていった。平日の午前中だからなのか、最近の子供達が外で遊ばないからなのか、公園は閑散としていた。

「でも、どうして逃げたんですか? 万引きしてないならしてないって言い張れば良かったのに」

 僕が尋ねると、彼女はバツの悪そうな表情でピンクの手提げ鞄から何かを取り出した。飲むヨーグルトと書いてある。算用数字の七やらアルファベットのアイやらのロゴが入っていて、コンビニブランドの飲むヨーグルトだなということが分かる。

「信じて貰えるか分からないですけど、たまたま朝食で出たこれを家で飲まなくて、鞄に入れてたんです。大学で飲もうかなと思って……そしたら、あんなことになって。これが見つかったら、万引きしてませんって、言い訳が通じないかもって」

 そう言って彼女に手渡されたので、左手で受け取った。

「あの、私、本当に万引きなんてしてないんです。信じて下さい」

「信じますよ」

 ラベルを見ながら、僕は言う。本当ですか、と彼女は驚いたように目を見開いた。そりゃぁ、そうだろう。この飲むヨーグルトは七が付くコンビニの商品であって、僕がアルバイトをしているコンビニは青い食パンとミルクの看板が目印のコンビニだった。この商品が置いてあるはずはないのだ。何より、賞味期限が切れていた。そんなもの店頭には並べていないし、仮に売っていたとしたら大問題だ。それに、いざという時はレジを通せばその商品がこの店の物でまだ購入されていないものなのか、既に購入された物なのか分かるのだが、その説明は面倒だと思い黙っておくことにした。

「うちと、違うコンビニの商品ですからね、これ」

 ロゴを指さしながら僕が苦笑いすると、彼女はまた耳まで真っ赤にして俯いた。

「ほんと……すみませんでした……」

 賞味期限のことも言おうかと思ったのだが、少し可哀想になり逡巡する。あくまで賞味期限だし、それに数日しか過ぎていないのだから、彼女のお腹が強いことを祈ろう。先ほど買ったばかりの烏龍茶をグビグビと飲みながら、そう思った。

「そう言えば藤田さんは、バイトは大丈夫なんですか?」

 西村さんがそう尋ねるので、僕は首を傾げる。

「大丈夫って、何が?」

 聞くと、ぽかんと口を開けて、気の抜けたような表情をみせた。僕は何かおかしなことを言ったのだろうか。

「今、一応バイト中、ですよね……」

 彼女のその言葉に、僕はハッとする。しまったああああ! バッと左手を捲って時計を確認しようとしたが、バイト中で外していたため時間は確認できない。何を僕はのんびりしていたんだ。もし僕がアメリカ人だったら、オーマイガーと頭を抱えていてもおかしくない場面だ。

「い、今、何時ですかっ?」

 僕が尋ねると、彼女は慌てて手提げ鞄からスマートフォンを取り出して答えてくれた。

「九時八分です!」

 僕のシフトは八時からで、程なくして彼女は店に姿を現した。ということは、おそらく彼女の追走に一時間くらいの時間を費やしていたことになる。これはマズい。お茶を届けてきますと店を出る時に店長には伝えていたが、これだけ時間が掛かってしまったのではいったい何処のアマゾンの奥地までお茶を届けていたんだ、とお小言を喰らうらうことは間違いなかった。何故か、うちの店長はアマゾンの奥地が大好きなのだ。

「全然大丈夫じゃない! ごめん、西村さん、戻ります!」

 そう言って僕が会釈すると、彼女はあっと何か思い出したような表情を浮かべた。しかし、正直余裕が無かったこともあり気にも留めず大慌てて公園を飛び出そうとする。入り口の所にあるU字型の車両止めの間をすり抜けようとした時、西村さんが僕を呼び止めた。

「あ、あの!」

 思わず車両止めを掴みブレーキを掛けた僕は、グルリと彼女の方を振り返る。西村さんは少し恥ずかしそうにしながら微笑んだ。

「お茶、ありがとうございました!」

 深々と頭を下げそして顔を上げた時、満面の笑みを浮かべていて彼女に僕は思わずドキリとする。さっきまで焦っていた気持ちが、少しだけ落ち着いた。何故だか嬉しくなって、僕も笑顔で応じる。

「またのご来店を!」

 そう言って手を振ると、西村さんも手を振り返してくれた。良いことをした気がして、しんどい思いもしたけれど彼女を追いかけて良かったと思えた。途中で諦めていたら、あるいは初めから追い掛けようとすらしていなければ、彼女の微笑みを見ることは出来なかっただろう。世の中、悪いことばかりじゃないな。公園からコンビニに向かって駆け出しながら、僕はそう思った。

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