藤田徹 -釈明-
「なんで、追いかけて来たんですか?」
「なんで、僕を見て逃げたんですか?」
二人の声が重なって、僕はドキリとする。あれ、どうしてこんなに話が噛み合っていないような、妙な感覚に陥るのだろうか。おかしい。何かがおかしいぞ。
「え?」
彼女も同じなのだろう、クエスチョンマークをたくさん浮かべながら僕の顔を覗きこんでいる。いや、「え?」って言いたいのはこっちだってそうだ。僕だって意味が分からない。だから僕も言ってみる。
「……え?」
尋ね返すと、彼女はきょとんとした表情を浮かべ、息を飲んだ。OK。状況がよく飲み込めていないのは僕も一緒だ。とりあえず落ち着いて、息を整えよう。話はそれからだ。困惑する頭を、僕は必死で働かせようと試みる。酸素が足りないのか、なかなか考えが上手く纏まらない。
「どういう、ことでしょうか」
彼女に先手を打たれ、僕はたじろぐ。彼女の両腕を掴んで離さないおばちゃんは、さっきまでスーパーで破格の商品を発見した時のような、そんな無邪気な表情で僕達を見ていたというのに、今ではもしかして詐欺に騙されたんじゃないだろうかと不安に陥った時のような戸惑いを見せていた。いや、正直なところ詐欺にあった経験なんて無いので、実際に詐欺に会えばこんな表情では居られないのかもしれない。そんなことを考えている場合じゃなかったなと、冷静さを取り戻し僕は自分の左手が掴んでいるペットボトルの存在を思い出す。とりあえず、そうだな。何故追いかけていたのか尋ねられたのだから、このお茶の説明をしなければならない。そういえば、僕って、このお客さんにお茶忘れてますよ、って声掛けをしたんだっけ。していないんだっけ。今更になって、そんな当たり前なことに気付く。コンビニの制服を着ている僕。追いかけられる女の子。誰か捕まえてと叫んだ僕の台詞。周囲に群がる野次馬たち。──なんだか、彼女がどういう勘違いをしていたのか薄々分かってきたような気がしてきた。
「僕は、ただこのお茶を届けようと思って……」
そう言って僕は左手のお茶を差し出した。全員の視線が、僕の左手に集まるのを感じる。女の子の表情がみるみる真っ赤になっていくのが分かった。嗚呼、そういうことか。彼女は何で追いかけられているのかまるで分かっていなかったのか。あれだけ走って喉も乾いたろうに、途中でお茶がないことに気付いてくれても良かったのになぁ。え、そんなこと。ざわついた観衆たちの何処からか、そんな囁き声が聞こえるのが分かった。どうしよう、これは僕も恥ずかしい。