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西村あずさ -起床-

 西村あずさ、二十二歳女性。趣味は、お菓子作り。来春に大学を卒業し、年度明けから東京で新生活をスタートさせることが決まっていた。小学校時代から通じて普通の成績だった私は、普通の大学に行き、普通の企業への就職が決定し、普通の生活を送っている。いや、この歳になって恋人の一人も出来たことがないのだから、それはひょっとすると普通では無いのかも知れない。それでもきっと、私を構成する九十パーセント以上の物事が平凡で退屈な普通で形作られていた。そうは言っても、平凡であることはなんら恥じることでもないだろうと思っている。いつの時代も蔑まれるのは普通でない異端者なのだ。地球は平らだと信じられていた時代に地球は丸いだとか、それでも地球は回っているだとか、そんな世間知らずなことさえ口にしなければ、私は誰の気にも留まることがない石ころのような存在になれる。だから、その日もけたたましく鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばしながら、後五分、なんてありきたりな台詞を言ってみたり、そして本当に眠ってみたりする。結局のところ、目覚ましをかけた時間の十五分後くらいになってからいつも通りにようやくベッドから起き上がり、母親の作ったトーストと目玉焼きを美味しく頂いた後、大学へ向けて家を出る。食卓に上っていた飲むヨーグルトは、電車に乗り遅れそうなので学校に着いてから頂くことにして、ピンク色の手提げ鞄の中に突っ込んだ。授業がある訳でも無いので厳密に何時までに行かなければならないという訳でも無いのだが、人一倍遅れをとっている卒業論文の出来栄えにしびれを切らした先生からのお小言が始まることだけは避けたかった。嗚呼、でも一日学校に居ると喉が渇くので、ペットボトルのお茶を買いにコンビニに寄っていこう。交差点で信号が青に変わるのを待ちながらそう思った。家から駅へ向かう通り沿いには、コンビニが一件だけ存在する。毎日必ず、というほどでも無いのだが、主に大学で口にするためのちょっとした食料や飲料を買いに寄り道することが多かった。赤から青に変わった信号機の指示に従い、横断歩道を渡る。向こう側からまだ真新しい黒い鞄を背負った小学生が、手を上げてこちら側へ横断して来るのが見えた。今時こんな純粋な子供も居るんだなと、自分自身が今時の女子大生の癖をして考えていた。我ながら生意気な考えだなと思うのだけれど、ああいう無垢な子供を見ていると心癒された気分になる。私にもあんな時代があったのだろうか。なんて思い返してみても、そんなピュアな自分の姿など微塵も想像できなかった。如何せん、「どうして象さんのお鼻は長いの?」なんて疑問を世間の子どもたちが抱いていた頃、私は「どうして算数なんてものがこの世にあるんだろう」といつまで経っても覚えられない九九の七の段の表を片手に文句を垂れていたぐらいで、この世の理だとか不思議だとかそんなものに一切の関心を抱いたことは無かったのだ。だからきっと、私がしていた些細な物事に無垢だとか可愛いだとか思われたことも無かったことだろうと思う。コンビニについて出入口の自動ドアをくぐると、ピンポンと来店者を告げるチャイムのような音が鳴る。入って左奥にある透明扉の冷蔵庫からよく冷えた緑茶を一本取り出して、レジに向かう。店員は、いつもよくここでよく見かける男性だった。メガネを掛けていて、太っても痩せてもいない何処にでも居そうな人で、歳は──二十五、六歳くらいだろうか。ふと胸元を見ると、藤田という名札を下げていた。手に持っていたお茶をレジに置くと、彼はにっこりと笑顔でいらっしゃいませと応じた。特段カッコいい訳でもないのだが、意外とステキなその笑顔に少し嬉しい気持ちになる。

「緑茶が一点でお会計、九十八円になります。袋はご利用ですか?」

「えっと、鞄に入れるので大丈夫です」

 私が財布から百円玉を取り出しているうちに藤田さんはバーコードの所にテープを貼ってくれた。彼の手に百円玉を乗せ、二枚の一円玉を受け取るとそれを財布にしまい、私は店を後にした。

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