『神無月の襲撃者 2』
「かっかっか。ほれほれどうした白虎よ。もうお疲れか?」
「……弾幕、うざい」
トラは九尾の放つ大量の火球を紙一重で避けつつ、神器『白虎砲』で反撃していたが、攻撃の当たる直前で、別の火球が九尾を守るように射線上に立ち塞がり、九尾にまで攻撃が届かない。
金属性のトラにとって火を使う九尾はただでさえ苦手な相手だというのに、明らかに手数でも負けている。トラはそう感じつつも上手くこの場を好転させることが出来ずにいた。
「ちっ!トラちゃんちょっとやばめっ!?くっそ!君、邪魔なんだけど!?」
「ほざけ。拙者らにとっては貴殿らの方が邪魔なのだ。いい加減滅んでもらえんかね」
「冗談っ!」
空中で烏天狗とやりあっていたリューはトラの危機に気付き、『青龍槍』に風を纏わせ、横薙ぎに振るう。神気を帯びた風は舞う木の葉を吹き飛ばし、烏天狗の翼に絡み付く。
「ぬうっ!?」
「そこで大人しく滅んでて」
そう言い残し、リューは上空から九尾に向かって急降下した。
「食らえええ!」
「食らわぬよ」
しかし、その攻撃は読まれていたのか、九尾はリューの方を見ることもなく、かかっ、と笑う。
リューは死角から火球の攻撃をもろに受け、落下の勢いそのままに地面に激突した。
「……やぁっ!」
「おっとと、危ないの」
トラの接近にとっさに体を反らす。リューの攻撃に合わせて『白虎砲』を爪の形をしたブレードに切り換え、近接攻撃を繰り出したが、その攻撃までも九尾に読まれており、至近距離で火球を食らわせられたトラは後方へ吹き飛んだ。
「かかっ。直撃じゃ。もう立てぬ──ッ!?」
九尾はトラを吹き飛ばしたことで、少しばかり油断した。そこに突如地面から突風が吹き荒れ、九尾を空高く舞い上げた。
「しまった。青龍め。地面を掘り進んでおったか」
「正解っ!空中なら自由は利かないでしょ。今度こそとどめ!」
「ふむ。烏天狗」
「御意に」
「げえっ!?もう動けるの!?」
九尾は不意を突かれてもあくまで冷静に対処し、烏天狗をリューへとぶつけた。
自身は炎を噴射し、推進力で落下の速度を軽減し、難なく着地する。
「……充填、完了。発射」
彼方から、金色に輝く二つの砲弾が九尾に飛来する。九尾はそれに気付き、火球をぶつける。が、一つだけ打ち落とすことが出来ずにそのまま九尾の腹部に直撃した。
「がふっ!」
短く悲鳴を上げ、砲弾が飛んできた方向を睨む。そこには両手を前に突きだした状態のトラが立っていた。
「……油断大敵」
「か、かかかっ。これは一本取られたの……」
トラは先程九尾に言われたことをそのまま繰り返す。
九尾はさも楽しそうに九本の尾を広げた。
~~~
「はぁ、はぁ。しつっこいわね、あんたらは」
「それはこっちの台詞ですわ……」
「この、タフネスチキンが……ッ!」
「誰がタフネスチキンよっ!!」
スズメは雪女と酒呑の二人を相手にして善戦していたが、やはり疲労が溜まってきた。
タフネスチキンなどと罵られたが、実際のところ一杯一杯だった。
向こうではリューと烏天狗の空中戦。
トラと九尾の遠距離攻撃の嵐。
とても助太刀を期待出来そうに無い状況に、何故か笑い出しそうになる。
「雪女。下がれ」
と、酒呑が再び雪女に命令する。しかし、さっきと様子が違った。
纏う邪気の大きさが変わったのだ。
それを感じ取った雪女は無言のまま言う通りに動く。
酒呑の鬼の真骨頂が発揮される前兆が起き始めていた。
酒呑の右腕が今までの三倍以上に膨れ上がり、それに同調するように金棒の大きさも増していく。
「ちっ、何時の間に酒呑んだのよ……?」
無類の酒好きで知られる酒呑の鬼は、酒を飲めば飲むほど強くなる。故にスズメは注意していたのだが、雪女の吹雪の攻撃が激しかった瞬間に飲まれていたようだ。
「ふぅぅ~。待たせたな、朱雀。続きを楽しもうじゃねえか。ええ、おい?!」
「こっちは全くもって楽しくなんかないわよ、この酔っぱらい野郎。それに女を待たせる男なんか、ロクなもんじゃないわ」
威勢良く吐き捨てたスズメだが、これ以上強くなられると、いくらスズメでといえぉ危険だ。
今のうちに倒す。とスズメは『朱雀刀』を振り、十字の斬撃を飛ばす。
「ぬるいわっ!!」
「きゃあっ!?」
しかし酒呑は金棒を一振りし、斬撃を弾くと、続いてスズメに巨大金棒を投げつける。
スズメは瞬時に判断し、横に跳ぶ。
あれだけの質量のある物質を瞬時に溶かすことは、いくらスズメの力を持ってしても不可能だった。
地面に倒れているスズメに、酒呑の鬼の巨大化した右腕の影が差す。
「終わりだ」
~~~
「スズメちゃん!」
「よそ見とは、愚かな。それが己の敗北に繋がると、何故気付かん」
リューはスズメの方に注意が削がれてしまい、烏天狗の取り出した札に気付くのに一瞬遅れた。
その札は木行符だった。札からは木の蔓のようなものが飛び出し、リューの体を縛り付ける。
「しまっ──」
「落ちろ、青龍!」
身動きが取れなくなったリューを烏天狗はリューの体を縛っている蔓を強引に振り回し、地面へと叩き付けた。
「かはっ──!?」
「永き戦いの最期だ。せめて、一瞬で散れ」
烏天狗は扇子を力の限り扇ぎ、風を起こす。その風は渦を巻き、暴力的な力を撒き散らしながらリューへと落ちてくる。
「ふんっ!これくらいの蔓なんかでぼくを縛れると──」
「──なら、これでどう?」
リューは目を見開く。リューのすぐそばには、邪気を纏った雪女が見下ろすように立っていた。
雪女はリューに巻き付いた蔓とリューの体そのものを地面と共に氷付けにした。
「これで貴方もおしまいね」
雪女がそう呟きながらその場を離れた直後、リューのいた場所に竜巻が落ちた。
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「……みんなっ!」
スズメとリューの危機に、自分の置かれていた状況を鑑みることなく、二人の元に駆け出そうとしたトラに、九尾はガッカリしたように呟いた。
「白虎。貴様はもう少し利口じゃと思っとったわ」
トラの周りに無数の火球が突然現れた。
咄嗟に逃げ場を探ったが、全く隙が無かった。
「つまらん幕引きだったの」
火球は一斉に中心にいたトラに襲い掛かり、轟音と爆風が巻き起こった。
「…………?」
思わず目を閉じたトラだったが、予想していた痛みが襲って来ないことに気付き、ゆっくりと目を開く。
そこには、水で出来たドーム状のゼリーみたいなものがあった。
「あれ??ラッキー。生きてる」
トラの耳に、リューの間の抜けた声が聞こえてきた。
それに続いて、またもこの場に似合わない、緊張感の欠けた声が聞こえてきた。
「いやぁ~わりぃわりぃ。道が混んでて遅れちまった。まだパーチーはやってるか?つーかお前ら俺がいなくて寂しかったんじゃね?って、よく見たらお前らボロボロじゃん。もしかして俺、超絶妙なタイミングで間に合ったんじゃね?」
タケシはそう早口で言った。言い切った直後に息苦しそうに呼吸を乱し、膝に手を置き、顔には玉の汗が浮かんでいた。
「お主、格好つけるなら最初から最後まできっちり格好つけんか。その姿だと全然格好よく見られんぞ?」
「えっ嘘ッ!?もしかして俺やっちまった!?ま、マジかよ……」
タケシの腰から生えているゲンが冷たい目でタケシを見つめ、タケシの膝が地面に落ち、激しく落ち込んだ。
そんなタケシを、九尾、烏天狗、雪女、そして酒呑が険しい目で睨む。
そんな中一人、頬を緩ませながらタケシを見る者がいた。
「ったく、ほんと。女を待たせる男にロクなのがいないわ……」
スズメはタケシと、自分の周りを覆っているタケシの結界を見て、大きくため息を吐いた。