『傲慢と強欲とスポーツの秋』
「スポーツの秋!!」
「うおっ!?なんだよいきなり。ビックリするだろが」
血の涙を拭いつつ、リューが立ち上がる。
「芸術はもういいからスポーツをやろう。さっきから食事、読書、お絵描きと続いてきたんだから、そろそろ体を動かさないと」
「ん~。まあ、いいか」
それに今絵を描いてたのスズメだけだしな。そのスズメもちょうどキリのいいところまで描けたようで、もう片付けを始めていた。
「で、スポーツって言うが、何をやるんだよ?」
「……野球?」
「五人でやるスポーツじゃないな。試合どころか味方の人数すら足りないじゃないかよ」
「じゃ、サッカーとか」
「もっと足りないだろうが」
「では、テニスはどうです?」
「悪くはないが、ダブルスやるとなると一人余るぞ」
「ダメですねそれは。それ確実に私がハブられるヤツですね。延々と審判をさせられる感じですね」
早口で自分の提案を却下するリン。それはもう必死の顔をしていた。
「ん~。そもそも五人でやれるスポーツなんかねえしな。それなら野球でもサッカーでも三対二でやりゃいいだけだしな」
「そうだねぇ~。でもせめてもう一人いたら三対三になるんだけど」
「三対三ね。そういえばタケシ。あんたの片割れはどうしたのよ?」
「あん?あぁ、ゲンさんな。今どこでなにをしてん──」
「呼んだかの?」
渋く低い声が、足下から聞こえてきた。
見るとそこには俺、玄武の片割れである黒い蛇、ゲンさんの姿があった。
「げ、ゲンさんっ!いつの間に帰ったんすか!?」
「ついさっき戻ったのじゃ。しかし、何ゆえ今日は儂らの神空におるのだお主ら」
ゲンさんはリン達を見上げながら問いかける。
「実はね。かくかくしかじかなんだよ」
「いや、通じないからそれ」
「ふむ。承知した」
「わかるんすか。半端ねえっすねゲンさん」
「……ぱねぇ」
ゲンさんの読心術に驚きつつ、一応今の企画を説明する。
「なら、バスケをやろうではないか。こう見えて儂はバスケは得意じゃぞ」
「確かに意外だわ……。見た目ただの大きめな蛇なのに」
「ふふふ。儂のテクニックを見て更に驚くがよいわ」
そういうとゲンさんは神空をバスケットコートへと作り変えた。
ここは玄武の神空であるので、ゲンさんも自由に作り変えることが出来るのである。
「じゃ、チーム分けするか」
「じゃんけんでもする?」
「リューよ。それは儂に対するいじめか?儂に手なんぞないのだぞ?」
「くじ作りますね」
リンは簡単なあみだくじを作り、チーム分けをした。
「ふむ。やはりお主とは一緒になるのだな」
「ま、俺らは一心同体っすからね」
「タケシは役に立たなさそうだけど、ゲンさんは頼りになりそうね。……蛇だけど」
「最強チーム完成っ!」
「……リューはともかく、リンは強そう」
「えっ?!私そんなイメージなんですか?」
チーム分けは
俺とゲンさんとスズメのチーム。
リューとトラとリンのチームになった。
「どうせやるなら勝者は敗者に何でも命令出来るようにしない?」
「お前、そういうのほんと好きな」
「別に構わんよ」
「ちょっ!ゲンさん。勝手に決めないでよ」
「安心せいスズメよ。儂がおれば負けんよ」
「……すごい自信」
「相手にとって不足無しだよ」
「リューさん。暴走はやめてくださいね」
俺たちはコートの中央に並ぶ。
「ルールは基本のバスケのルールに則るものとし、十点先取した方の勝ちじゃ。では、試合開始じゃ」
「先攻は譲ってやるよ」
「かかってきなさい」
「ふっ。ソッコーで倒しちゃうよ」
「……いざ」
「参りますっ」
試合開始。
ポジションは、リンが司令塔役であるポイントガード。トラはスモールフォワード。リューがセンターだ。
そして、俺はリンの、ゲンさんはトラの、スズメはリューのディフェンスについた。
「ヘイ!パスパスパ~ス!」
「えっ?」
「……パス」
「えぇっ!?」
リンは両手でボールを持ちながら視線を右へ左へと揺らす。
しかしそれはフェイントのためではなく、ただ慌てているだけだった。
俺は、隙だらけのリンの手からボールを奪う。
「あっ……」
何の抵抗もなく奪い取れたので、一瞬俺が悪いのかと錯覚してしまいそうになる。
しかしスズメの「速攻ッ!」という声で我に返り、ドリブルでリンを抜き去る。
「ええぇ~!?リンちゃん何やってんの!?」
「……下手くそ」
「ご、ごめんなさいぃぃ~!」
どうやらリンはバスケが得意ではなさそうだ。
しかし、運動神経だけは抜群に良いので、完全に抜き去ったはずなのに、一瞬でディフェンスに切り替わり俺の前に回り込んだ。
他の二人も既にディフェンスに戻っていてパスが出せない。ならここは俺が直接行く!
リンの脇を潜り抜け、俺はそのままレイアップを決め──
「甘過ぎだよタケシ!」
「しまっ──!」
──ようとした瞬間にリューにボールを叩き落とされた。
ボールはコートを転がりそれをトラが奪取する。
「……一人で、決めてくる」
既にリンに役立たず判定を押したのか、トラは一人で速攻をかける。
「ふん。トラよ。お主もまだまだ甘いな」
しかし、ゲンさんが一瞬でトラからボールを奪い去った。
その動きは、トラにも、俺にも、そしてリンにさえも見えなかった。
「ほれ。まずは二点じゃ」
ゲンさんは長い体を器用に使い、尻尾で美しいアーチを描くようにシュートした。
そしてボールは吸い込まれるかのようにゴールに入った。
「うわ、ゲンさんすごすぎ。そしてリンちゃんゴミ過ぎ」
「ゴ、ゴミは酷すぎですっ!」
これで、俺達が一歩リードした。
「次からはぼくがガードやるからリンちゃんはセンターね。全く、せっかくリーダーポジあげたのにそれを活かせないなんて、ほんとリンちゃんはリンちゃんだよね」
「うぅ……。今回ばかりは何一つ言い返せません」
「……まあ、ドンマイ」
「トラちゃん……。優しいですね、うぅ」
次はリューがガードか。俺がディフェンスする相手がリューに代わった。
「さっきの礼をしなくちゃな」
「そんなの気にしないでいいよ。ぼくたちの仲じゃん。」
にらみ合う俺とリュー。その隙にトラが動いた。リューは的確にトラにパスすると、すぐにゴールに向かって走り出した。
俺はそれに対応しようとリューを追いかける。が、リンに阻まれた。い、いつの間に!?
「こ、これでいいんですか?!」
「上出来だよ!ヘイ!トラちゃんパス!」
「……ん!」
さっきとは打って変わっての連携プレイ。
リンは意味もよく理解してないままに俺にスクリーンをして、トラがリューにパスを出す。
スズメ対リューの一騎討ちだ。
「食らえぇぇっ!必殺ダンク!!」
「させないわ──って!あんた!」
リューは思いきり地を蹴り、飛んだ。
そう。跳んだ、ではなく、文字通り空を飛んだ。
あくまで跳んだだけのスズメにリューを止められるはずもなく、リューは宙から勢い良くボールをゴールへと叩き入れた。
「待て待て待て待て!何飛んでんの!?飛ぶのとかルール違反だろが!」
「は?何言ってんのさ?バスケのルールブックに『飛んではいけない』なんて書いてあるの?書いてないでしょう?」
「屁理屈言うな!普通無しだろ!なぁリン、お前も何とか──」
リンはふい、とそっぽを向いた。このやろう……ッ!
「よいよい。これくらいが良いハンデじゃ」
「「えっ?!」」
俺とスズメは同時に驚き、ゲンさんを見る。
「そう心配そうな顔をするな。別に超次元バスケをやっとるわけでもないんじゃからの。しかし、これだけは言うておくぞ。『神器』や『神気』の使用は禁止とする。よいな?」
「さっすがゲンさんわかってるぅ~」
リューは見事にダンクを決められて機嫌がすこぶる良いようだった。なんか腹立つな。
「あとなリュー。これも一応言っておくぞ」
「ん?なに?」
リューは笑いながら尋ねる。
「お主は儂を本気にさせた」
ゲンさんのマジなトーンにリューの笑顔が消えた。
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「はあ、はあ、はあ、はあ……」
「つ、強すぎですよ、あの蛇……」
「……ちーと、性能、乙」
現在、点数は俺達八点。リュー達二点。
つまり、圧倒的にこっちが勝っていた。
リューの反則気味ダンクから、ゲンさんの猛攻撃が始まった。
まず、俺は基本ゲンさんにパスを回し、スズメはサポートに徹した。
ゲンさんは長い体を精一杯伸ばしてダンクを決めたり、変幻自在な体を活かしてかなりトリッキーなミドルシュートを決めたり、素早い動きで相手からボールを奪い去った。
ぶっちゃけゲンさんの独壇場で、俺もスズメもただただ呆然と見守るのみだった。
「さあ、次でラストじゃ。行くぞ」
「「サー。イエッサー」」
もはや完全にゲンさんと愉快な仲間達状態である。
一方リュー達は、仲間割れしていた。
「もうっ!だからぼくに任せてればよかったのに!」
「……違う。リューのフライングダンクは、スズメに止められる。わたしが、やる」
「二人とも喧嘩はやめてくださいよ~」
あぁ~。これは……決まったな。
そしてラストはゲンさんの華麗なスリーポイントシュートで終了した。
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「負け……た?そんな、バカな……」
「……悔しい」
「申し訳ない気持ちで押し潰されそうです」
三人ともが膝を折って項垂れている。勝った俺やスズメから見ても、流石に不憫に感じた。なんせ、宣言通りゲンさんの実力が桁違いだった。
もう後半はほとんど一人で決めていた。俺達はおまけでしかなかった。
本来なら自分勝手と言われるくらいのワンマンプレーだったが、本気になったゲンさんは俺には止められないのだ。
俺は合掌していると、ゲンさんが目を光らせながら三人に言った。
「では、儂の命令を聞いてもらおうかの」
「うぇっ!?そ、それは……」
「なんじゃリューよ。お主は自分で言い出しておいて、いざ自分が命令される側に立ったら全てなかったことに、とか抜かすつもりか?」
「うっ!」
ゲンさん、マジな目してる。よっぽどあのフライングダンクが気に入らなかったんだな。
「ではまず、トラ」
「……な、なに?」
トラはごくりと喉を鳴らす。何故か俺まで緊張してきた。
「お主は──台詞の語尾に『にゃん』を付けること」
「…………え?」
「にゃんを付けろ、にゃんを」
「……にゃん」
「よし」
え、えっと……。そんな感じでいいのか?と思ったが、罰ゲームなんて大概そんなものだろうと思い直した。
「次にリン。お主は、メイド服にでも着替えろ」
「ええっ!?で、でもメイド服なんて持ってな──」
「タケシ。創れ」
「合点承知!!」
俺はすぐさまメイド服を創り出した。
「仕事が早いなタケシ」
「ゲンさんのご命令とあらば」
「リンのメイド服姿が見たかっただけでしょうが。この変態」
「あぁ?!それはゲンさんに対する侮辱か?!」
「安心なさい。あんたに対してだけよ」
「安心は出来ねえ!!」
ともあれ、完成したメイド服に着替えるリン。
「……リン。似合ってるにゃん」
「は、恥ずかしい……」
トラの言う通り、確かに似合っていた。創った俺も鼻が高いぜ。
「それでゲンさん。リューの罰ゲームはどうするのよ?」
「ふむ。そう言えばスズメは絵が得意なのだそうだな」
「え?まあ、それなりに、だけどね」
「なら決まりだ。リュー。お主は──脱げ」
リューは一瞬、自分が何を言われたのか理解出来なかったのか、完全にフリーズしていた。
「そしてスズメにその姿を絵に描いてもらえ。所謂ヌードモデルというやつじゃ。
あぁ一応釘を刺しておくが、その姿のままでだぞ?」
「こんのドスケベ蛇がッ!!」
リューの神速の攻撃をなんなく躱すゲンさん。リューはその勢いのまま、この場を立ち去ろうとしたが、ゲンさんの長い尻尾に足をからめとられ、顔から地面にダイブした。
「逃げられると思うてか?」
「ゲンさん鬼畜!いやぁ~!助けてぇ~!」
「やれやれ。お主、自分は純情で恥ずかしがり屋の生娘のくせに、他の者には平然と恥ずかしいことをさせとるらしいの。これで少しは反省するがいい。あと、今逃げようとしたからペナルティ追加じゃ」
「うえぇぇっ!?」
リューは恥ずかしさと顔面打ったせいで顔が真っ赤だった。ゲンさんはその上何を追加するんだ。
「絵のモデルをしている間、スズメの隣にはタケシを置いておく」
「ゲンさん!いや、ゲン様!!それだけは!それだけはご勘弁願えませんでしょうかっ!!」
「却下じゃ。慈悲はない」
「いぃぃぃやぁぁああああああ!!」
……まぁ、確かにヌードモデルしてる時に男に見られるのは嫌だろうな。てか、地味にスズメだけでなく、俺まで巻き込まれたな。
その後、スズメがわざとなのかは知らないが、かなりの時間をかけて絵を描いた。
出来上がった絵のリューは顔どころか全身赤くなっており、青龍なのに見た目は紅龍みたいになっていた。
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「うっ。うっ。もうお嫁に行けない……」
「いや。あたしたち元から結婚とかそういうのないから」
「……お腹空いた、にゃん」
「このメイド服、いつ脱いでいいんでしょうか」
タケシの神空からの帰り道。私達はそれぞれの神空に帰るべく、山道を歩いていた。
「それにしても、ゲンさんは相変わらずだったわね」
「……次は、音ゲーで、リベンジ」
「ぼくも絶対リベンジしてやる……ッ!」
「あはは……」
リューさんとトラちゃんはリベンジに燃えていましたが、私はふと、何故今ゲンさんが京都に戻ってきたのかを考えていた。
そして、ひとつ心当たりを思い出す。
「そう言えば、もうすぐアレの時期ですね」
「アレ?……あぁ、そうね。だからあの放浪癖の激しいゲンさんがふらっと帰ってきたのね」
「……今年は、どうするにゃん?」
「別にいいんじゃない?面倒だし」
「ん~。どうしましょうねぇ~」
私は腕を組んで悩みつつ、夜空の星を見上げる。
そこには秋の星座が姿を表し始めていた。
「あれ?そう言えば結局私のターンやってなくないですか?私の○○の秋はいつやるんですか?」
その私の言葉に誰も何も返事をしてくれませんでした。