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暇神様は今日も京都で暇してる  作者: いけがみいるか
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『嫉妬と色欲と芸術の秋』

「飽きた」


そのリューの一言で読書の秋体験は終了した。誰も文句を言わなかったのは、やはり全員同じことを思っていたからだろう。


実のところ、提案者の俺自身飽きてきていたのでちょうど良かった。


「さってと。次は~。スズメたん!」

「そろそろ来るだろうとはおもってたけど。あと、いい加減スズメたんって呼ぶのやめなさい」


スズメは読んでいた本を閉じ、棚に戻す。一応補足しておくが、料理本は読ませていない。


「う~ん。そうねぇ……秋、秋……。芸術の秋、かしらね?」

「うわ、似合わねっ!」

「う、うるっさいわね!別に思い付いたのがこれだけだったのよ。メジャーな二つはあんたとトラが言っちゃったんだし」


それにしても芸術の秋、か。正直、芸術のことについてはあまり詳しくない。

確かに美術館に飾られるような絵を見たら綺麗だとか美しいだとか、そんな子供みたいな感想くらいなら抱けるが、それくらいだ。


「芸術と言っても色々あるよねぇ。絵画とか彫刻とか書道とか音楽とか演劇とか」

「それに漫画だって芸術の一つだしな」

「……それで、結局なにをするの?」


俺達は一斉にリンを見る。


「ふぇ?な、何でこっち見るんですか?」

「ここはスパッとリーダーに決めてもらおかなって思ってな」

「その設定、まだ生きてたんですね。それに私が決めるとろくなことにならないじゃないですか」

「うん。あの時のことはぼくもちゃんと覚えてるよ。確か『六芒星(ペンタグラム)』──」

「絵画なんていいんじゃないですかね!!」


リューの声を掻き消すような大声で絵画を提案したリンに俺達も便乗する。


「ま、いいんじゃない。あたし的に芸術の秋って言われると真っ先に思い付くのが絵画だもの」

「……特に異議はない」

「じゃ、紙と筆用意するわ」


俺達は誰も文句一つ言わずに準備を始める。

何だかリンが頭を抱えて踞っていたが、放置した。


~~~


俺は人数分の紙や筆やペンを用意していた。そんな折、四人は何やら言い争っていた。


「芸術って言えば風景画じゃない?」

「芸術とは神秘を追求するものだよ!つまり人物画だね」

「……食べ物、書くやつ」

「トラちゃんのそれは静物画ですね。私的にはどれも等しく芸術だと思うんですけど」


リンの言う通りだと思ったが、三人は何故か引かない。前にもこんなことあったような、無かったような。


「なら、もういっそ全部やれよ」


と、言うことでまずは静物画から描くことになった。描くものは果物が沢山入ったかごだ。

オーソドックスだが、初心者ならこれくらいだろう。と思って用意した。トラが絵を描く前に食べてしまいそうだったのを何とか抑え、全員で絵を描き始めた。


「できたっ!」

「早くね?!」


まだ開始して十分と経っていないのにリューが立ち上がりながらそう言った。どれだけ手抜きして描いたのかと思ったが、リューなら神速で腕を動かすことも可能だ。

もしかしたら、という期待を抱きながらリューの絵を見る。


そこにあったのは──小学生が描いたような絵だった。なんていうかもう、全体的にダメだった。


「変な期待はするな、って、リンの時にも後悔しただろ、俺……。くそっ」

「何ででしょう。何故か私までとばっちり受けてます……?」


俺はそのまま落ち込んでいるリンの後ろまで来て、手元の絵を覗き見る。


上手くもなく、しかし下手でもなかった。

一番ツッコミ辛い絵がそこにはあった。


「うん。リンはそのまま静かに描き続けてくれ」

「私の扱いが最近雑になってきてませんか?!」


リンが何やら抗議していたが、俺は気にせず次にスズメの絵を見ようとする。

しかし、スズメは俺に気付くと後退りする。


「近付くな。変態」

「近付くだけで変態扱いとか絶対おかしいからなお前」


自意識過剰なんじゃな~い、とリューみたく煽ってやろうかとも思ったが、また燃やされたのではたまらない。なのでここは素直に引き下がることにしよう。


「じゃ次はトラだな」

「な、何かしら。確かに見られるのはごめんだけど、こうあっさり引き下がられるとそれはそれでムカつくわ」

「どうしろってんだよ……?」

「そもそもあんたはちゃんと描けたの?」

「おう勿論。見るか?」


俺は渾身の作をスズメに見せてやった。


「ねえ?確か今は静物画だったわよね……?」

「そうだが?」

「静物画ってのは見たものをそのまま描くのよ?」

「基本そうらしいな」

「基本そうらしい、じゃなくて事実そうなのよ。で、これはなに?」

「絵」

「何でリンゴやバナナが女の子になってんのって聞いてんのよ!!」


何故かキレられた。


「は?擬人化だけど」

「何で「こいつ、何当然のこと聞いてきてんだ?」みたいな表情が出来るのよ?見たまま描けって言ってんのよ!何勝手にアレンジ加えちゃってんの?!てかアレンジどころじゃない。原型とどめてないもの!しかも微妙に上手いのが腹立つわ!」

「漫画とか見てよく模写とかしてたし」

「このオタクがっ!」

「オタクを蔑称みたいに呼ぶのやめろよ!」


こうなったらスズメの絵も見てやろうと思ってもう一度近付いたが、すごい形相で睨まれたのでやはりやめておくことにした。

予想だが、たぶん女の子っぽい絵になっているのだろう。中身は乙女らしいからな。


「さて。今度こそトラの絵を、っと………………ッ!?」

「……なに?」


俺は軽い気持ちでトラの絵を見た。しかしハッと息を飲み、思わず言葉を失う。

トラの絵は一瞬、本物かと見間違えそうになるほどの完成度を誇っていたからだった。


「す、すげえっ!意外な才能だなっ!めちゃくちゃ上手いじゃん」

「……別に、普通」

「いやいや。謙遜はいいって。普通、ってのはリンみたいなのを言うんだ。上手くはなく下手でもない感じ。トラのはあんなのとは比べるまでもないって」

「比較対象に私を選ばないでくださいぃ~」


静物画は文句無しでトラが一番だった。



~~~


「……だから風景画もトラの独壇場だと思ったんだけどな」


俺はトラの絵を見て少しがっかりしてしまった。

トラの絵は、さっきとまるで違い、色を塗ったくっただけの雑な絵のようなものだった。


「トラ。まさかお前、描く絵が食べ物だったからあんなに上手かったのか?」

「……」


終始無言だった。それは何よりの肯定でもあった。

トラの食べ物への情熱がそこまでとは思わなかった。


「しっかし。トラでこれだと他の奴のなんか……」


スズメはさっと絵を隠し、リンは少し敬遠気味な視線を向けた。


まあ、どうせさっきと似たり寄ったりな絵だろう。スズメの絵は結局見てないが。ちなみに俺のは漫画の背景みたいな絵を描いた。


リューは、何だかすごい勢いで筆を振り回している。


「いよっし!完成!ふふん、これはなかなか」


リューは自分の描いた絵をまじまじと眺めながら自画自賛した。


あんなに勢いをつけて描いていたのに自画自賛するほどのモノが出来たのか?と疑問に感じた俺はリューの絵を見せてもらう。


「ん?これは……」


芸術にあまり詳しくない俺の貧困な感想ではあったが、リューの絵はトラの絵と同じように無茶苦茶に見えたが、何とも言えない味があるような感じがした。


綺麗か綺麗でないかを言えば、正直綺麗じゃない。でもなにか惹かれるモノがあった。


「ほう。うまく言えないが、良いんじゃないか」

「でしょ~。やっぱぼく天才かもね」

「いや、それはない」


きっぱりと言い放つが、結局風景画はリューが一番まともだった。


~~~


そして、とうとう最後の人物画、ならぬ神物画だが。


「で、誰を描くんだ?」


俺の疑問に答えたのは提案者のリューだった。


「モデルはリンちゃんだよ。オッケー?」

「へ?わ、私ですか?まあ、別に構いませんが」


俺はどういう経緯でリンに決めたのか、と聞こうとした時、リューの目が妖しく光り、続けて口を開いた。


「じゃ、早速脱いで?」

「はっ?…………えええええええぇぇええ?!!」


この瞬間、俺はリューの意図を完全に理解した。

恐らく、芸術、という言葉を聞いた時からこのことを考えていたんだろう。ついさっきまでのことは全てこれのための前座に過ぎなかったのだ。つまり無駄だったと言っていい。

流石リューだ。俺に出来ないことを平然とやってのける。と思いつつ、とばっちりはごめんなので状況を端から見守ることにした。


「なんで!脱がないと!いけないんですか!」

「無論、芸術のためだよ」

「嫌ですよそんなの!しかも脱ぐだけじゃなくて皆さんがそれを絵に描くんですよね!?絶対無理です!」

「でもさっき確かに「構いません」って言ったよね?」

「そ、そんなこと言ってませ──『まあ、別に構いませんが』──って何でテープレコーダーなんて持ってるんですかっ!?」

「乙女のたしなみだからかな?」

「どんな乙女ですかっ!!私は絶対嫌ですからね。恥ずかしいっ!」

「君は何を言っているんだ!!!」

「えっ!?何で全力で怒られたんですか、私ッ!?」


ほんと、何でキレてるんだ。と俺も思った。でも、心の中では『リュー、負けるな!』とか思ってた。


「芸術が、恥ずかしいだって?君は一体何をふざけたことを言っているのかね!」

「え、ええっ!?だ、だって、そんな、裸になるなんて無理ですよ……」


地味に口調まで変わっているリューに気圧されてか、リンの語調が弱まっていく。

リューは更に続けて語りかけて騙りかける。


「芸術のためなら脱ぐ。それが世界の真理なんだよ?それを君は何?恥ずかしい?むしろそう考える君の愚かさこそが恥ずかしいね!」

「えぇ~?!そ、そんな……」

「ちょっ、リン?!騙されないで!そいつの手がなんか気持ち悪い動きしてるわよ!」

「ぺったんこは黙ってて」

「あんた今どこ見てその台詞吐いたッ?!てか、リンをモデルに選んだ理由確実にそれでしょ!!」


まあ、無いよりある方が描きたくなるよな。うん。




何も口には出さなかったのに、髪を燃やされた。



「う、うぅ……。芸術のためには、脱ぐ……ぐぬぬ」


俺が消火活動にてんやわんやになっている時、リンの頭の中では色んな葛藤が行われていた。


「リュー!あんた、いい加減にしなさいよ!あと、あたしはぺったんこじゃない!」

「何を!ただの平野じゃん!もはや壁じゃん!」

「スズメさん……。別に大きい方がいいってわけじゃな──」

「やめて!その言葉はあたし惨めにするだけからっ!」

「……わたしはなんでモデルに選ばれない?」

「トラちゃんの場合、スズメたんよりは大きいけど、違う意味で問題が、というより事案が発生するからダメ」

「……むぅ」

「トラに負けるあたしって、なに……?」


うん。トラの裸はアウトだ。見た目幼女という点で完全アウト。スリーアウトチェンジだ。

そして、そのトラにすら負けているという事実にうちひしがれるスズメ。

リューはその隙を突いてリンを説得しようと話を続ける。


「それに生物皆、裸で産まれてくるんだよ?ぼくたち神さえ、そうだった。それを恥ずかしいものとするなんて、これがぼくたちをまとめるリーダーだと思うと、ほんと恥ずかしいよ!」


そのリューの言葉にハッとなったリンは、顔をあげて言った。


「わ、わかりました……」

「えぇっ!?嘘でしょ!?考え直し──」

「「いよっしゃあああああっ!!」」


思わず俺も声を出してしまったが、問題はないだろう。なんせリンが自分の意思で決めたのだ。俺はなにも悪くない。それに俺は芸術のために筆を取るだけなんだからなにもやましくない!完璧だ!完璧すぎる!


俺はリューと固い握手を交わした。


「じゃ、じゃあ、ちょっと後ろ向いててください……」


リンがそう言ったので、俺達は言われた通りにする。どうせあとで見るのに、まあ。全裸というわけでなく、シーツを巻くことにはなるが。


後ろから布の擦れる音がする。な、なんか緊張してきたな。


「いいですよ」


その言葉を聞いて俺達はゆっくりと振り向いた。


~~~


「リン。あんま動かないで。これ、結構難しいんだから」

「は、はい……」


スズメがモデルであるリンに向き合って絵を描いている。隣ではトラがさっきの果物を食べながらその様子を眺めている。どうやら絵を描くのに飽きたらしい。


そして、俺とリューは──血涙の海に沈んでいた。


「それにしても考えたわね、リン。まさか、本当の姿に戻るだなんて。確かにこれもれっきとした裸よね」

「でもこれ、私は結構恥ずかしいんですけどね……。シーツ纏ってるとはいえ」


そんなやりとりがどこか遠くに聞こえる。


少し時間を遡り、俺たちが振り向いた時に見たのは、リンの麒麟としての姿だった。


ピシッ、と俺とリューの動きが固まり、スズメは「その手があったわね」なんて言い、トラは「……久しぶりに、その姿見た」と呑気に感想を述べていた。


「はい。リューさんの「神さえ産まれた時は裸だった」という言葉で思い付きまして」

「「な、な、納得いかねええええぇぇぇ!!」」



俺とリューの叫びは虚しく響くだけだった。


そうだ。確かに俺たち神も産まれた時は裸だった。

より正確にいうなら、この人に化けた姿ではなく、霊獣の姿で産まれた。

その時、当然服など着てはいなかった。

青龍も、朱雀も、白虎も、玄武も、麒麟も、全員そうだった。


リューは己の失敗に気付かされ、音もなく崩れ去った。

それに続いて俺も前のめりに倒れ、血の涙を流した。


~~~


「ほらリュー。あんたの待ち望んだ瞬間なんでしょ?さっさと絵、描きなさいよ」


そんな声は今のリューには届いていない。

俺も微かに感じ取れる程度だった。


そんな時にリンの声が聞こえた。


「スズメさん。絵、すごく上手じゃないですか。それに静物画も風景画もすっごく素敵です。何で恥ずかしがってるんですか?」

「い、いや。だって、あたしに似合わないじゃない、こんなの」

「そんなことないですよ。ねぇトラちゃん」

「……ん。スズメ、すごい」

「そ、そう?あ、ありがと」


スズメは照れたように頬をかいた。

そうか。俺の最初の台詞のせいで気にしてしまったんだな。俺は少し反省しつつ、ようやく血の海から脱した。

リューにも呼び掛けたが返事はなかった。が、屍ではないだろう。

俺はゆっくりスズメに近付く。スズメから鋭い視線を向けられたが、俺が頭を下げたので、少し驚いた顔をした。


「スズメ。悪かった」

「な、なによ急に……」

「いや。一応言っとかないとな、って思って」

「ふ~ん。あっそ」


返事は素っ気なかったが、スズメの持っている筆の動きが少し早くなったので、機嫌が治ったのだろうと勝手ながら判断した。


スズメが描き出した麒麟の絵は、確かに一級の芸術作品と呼べるものであった。


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