『暴食と憤怒と食欲の秋』
「秋といえばっ!?」
「えっ?突然なによ?」
いつもの通り、リューはちゃんとした説明もなく、いきなり話を始めた。スズメは未だになれないのかキョトンとした顔でリューに説明を求めた。
「秋といえば色々あるじゃん。それくらいすぐにわかってもらわないと困るなぁ~」
「なんでいきなりバカにされないといけないのよ。それに別に困ることでもないでしょうが」
「まあまあ、落ち着けよ。リューの言いたいことって読書の秋、とか、そういうのだろ」
「その通り!流石タケシだね」
イライラとしだしたスズメを見かねて、俺が横から説明を入れる。
「ああなるほどね。それであたし達自身はどんな秋を過ごすのか、ってことを聞きたいわけね」
「やっと鳥頭のスズメたんでも理解出来たわけだね。よかったよかった」
「何でお前は常に煽っていくスタイルなんだよ」
ほら見ろ。スズメが青筋立ててるじゃねえか。平和にいこうよ。
「……秋、といえばわたし」
ふと、先程までの話を静かに聞いていたトラが珍しく自分から主張しだした。そういえば秋はトラ、つまり白虎が司ってるんだったな。
「では、秋を司るトラちゃんはどんな秋を過ごすんですか?」
同じく先程まで話を聞き流していただけのリンがトラに質問を投げ掛けた。
トラが関わると俄然やる気になるな。
リンからの質問に、トラはスズメよりはわずかにある胸を張ってこう言った。
「……食欲の秋っ」
「だろうとは思ったけどねっ」
俺の言葉に全員が大きく頷く。
「じゃあ早速食欲の秋を体験してみよっか」
「「はっ?」」
リューのいきなりな提案に俺とスズメの声が重なる。
「今回はそんな感じの企画です」
「聞いてないんだけど」
「今初めて言ったからね」
突然に、唐突に、突発的に、つまりはいつも通り、どうでもいい企画が始まった。
「というわけで、タケシ。料理作って。山のように」
「って、ほんと急だな!で、何作ればいいんだよ?」
「順応するの早すぎないっ?」
順応性が高い俺に驚くスズメだったが、お前も大概順応性高いと思うぞ。なんだよそのマイ箸。いつ出したよ。
「……秋の味覚」
トラが小声でリクエストする。秋の味覚ねぇ……。
「オッケ。なら、サンマ料理でも作るか。秋の刀の魚って書くくらいだしな。じゃリュー、言い出しっぺなんだし、お前がサンマを用意しろ」
「アイアイサー!」
「何でかしらね。なんだかすごく嫌な予感がする……」
謎の悪寒に襲われているスズメは無視し、リューは神速でサンマを大量に持って帰ってきた。
~
「さて、出来たぞ。これがサンマの塩焼き。これがサンマの炭火焼き。これがサンマの蒲焼きだ」
「全部焼いただけじゃない!これのどこが料理よ!これくらいならあたしでも出来るわ!」
「おい。嘘つくなよ。お前なら炭火焼きじゃ済まないだろ。炭どころか灰も残らないくらい焼き尽くすだろ」
ぐっ、と言葉を詰まらせるスズメ。料理出来ない癖に文句だけ言う奴ってほんと最低だよな。
「……いただきます」
「いっただっきま~す!」
「いただきます」
「あんた達、これでいいの?!」
「嫌ならスズメは食べなくてよろしいっ」
「わ、悪かったわよ!食べます。いただきますっ!」
まだブツブツと文句を言ってはいたが、サンマの良い匂いに屈したのか、素直に非を認めてサンマを食べ始めた。
しかし、彼女達に異変が起き始めた。
最初は皆、旨そうにサンマを食べていたが、だんだんトラ以外の三人の食べるスピードが遅くなっていき、終いには箸すら持たずに虚空を見つめ出したのだ。
「思い、出したわ……。鰻の時にも似たようなことあったわ」
「あぁ……あったね。これは、流石にきつくなってきたよ……」
「そもそも、リューさんが持ってきたんじゃないですか……。責任取ってくださいよ」
「じゃ、結婚しよっか」
「サンマと結婚したらどうですか?」
「リンちゃん冷たい……」
くだらないやり取りはいつも通りだが、彼女らの瞳には生気が感じられなかった。正直マジで怖い。漫画とかでいえばハイライトが無い瞳で虚空を見つめながら、相手を見ずに行われているこの会話は軽くトラウマになりそうなくらいショッキングな映像だった。
まあ、無理もない。なんせ──
「さあ。残り52匹だ。残さず食えよ」
リューが持ってきたサンマの数はちょうど100匹。その全てを食べなければならないのだから。一人ノルマ20匹食べなければならない計算だ。
「そもそも100匹も持ってくる普通っ!?」
ごもっともなスズメの怒りの声はリューに向けられる。(目は死んでいる)
「食欲の秋だからいけると思っちゃったんだよね。あっはっはっは~」
スズメの叱責を受けてもリューは平然と受け流し高笑いをあげた。(しかし目は死んでいる)
「そもそも100匹も焼くタケシさんもタケシさんです……。すみませんがちょっとこっち来てもらっていいですか?」
「行かねえよ!?そっち行ったらそのまま逝っちまいそうじゃねえかよ!!なにその手に持ってる凶器っ!さっきサンマ捌いた時に使った包丁じゃん!ほんと怖いからやめてくんないっ!?」
俺にも責任の一旦を命で償わせようとして手招きをするリンの笑顔は、三人の中でもダントツで一番怖かった。そして目は死んでいた。その姿はまるでどこかのヤンデレヒロインのようだった。
だが、今回は俺には免罪符がある。しかも効果は抜群のな。それは──
「……たけし。おかわり」
「おう、早いな。これでもう20匹目だぞ」
リンが溺愛するトラが大層ご満悦な表情をしているからだ。そもそもサンマを全部焼いてとリクエストしたのは他でもないこのトラなのだ。
リンはトラには激甘だ。だからそのトラの頼みを聞いた俺が罰せられる謂れはないのだっ!
「あの勝ち誇った顔が腹立たしいわ……。うっ、やばい……。味変えないと食べてらんない。あはは。タバスコでもかけりゃあ嫌でも味変わるわよね!」
「うぷっ。ダメだ。マヨネーズかけたら食べれるかな」
「いっそのこと生クリームでもぶっかけましょうかね。へへっ……」
どんどん表現してはいけない表情になりながらそれぞれサンマに魔改造、ならぬ魔トッピングを開始した三人を少し離れて見ていた俺はちょうど10匹目を食べ終えた。俺もトラほどではないが、結構大食いなのだった。
なので、今の状況を表すと
俺が10匹。スズメとリューが7匹ずつ。リンは6匹。そしてトラが20匹食べ終えた。
つまり、トラは早々にノルマを達成した。
「……たけし、おかわり」
「えっ?まだ食うのか?って言っても一人ノルマ20匹──」
「あたしのを食べていいわよ!!!」
「ぼくのを進呈するよ!!!」
「私のをあげますっ!!!」
目の死んでいた三人が、わずかな希望の光にすがりつくかのように一斉にトラに己のサンマを差し出した。しかし、ほとんど感情を動かすことのないトラが本気の怒りを爆発させた。
「……そんなの、食べられるわけないっ!責任取ってちゃんと全部自分で食べるっ!!」
「トラの言う通りだバカ神共。食べ物で遊ぶとか、それでも神様かよ。同じ神として恥ずかしいわ」
言われてようやく気付く三人。自分達が持っている皿の上に乗っているサンマは、すでに最悪のトッピングがされていた。食を愛するトラにとって許しがたい冒涜だった。その料理を作った俺にたいしても失礼だ。
そしてなにより、サンマに失礼だった。
「トラ。代わりに俺のやるよ。残り全部食っちまっていいぞ」
「……ん。ありがと」
トラの空腹はこれで満たされることだろう。あとは──
「さて。お前ら。お残しは許しまへんで?」
「「「は、はいぃ……」」」
ハイライトのない涙目になった三人は四時間かけて、一匹残さず食べましたとさ。
そのすぐあと、三人の姿がこの六畳の部屋から飛び出していったのは、また別のお話し。