『五行の理 ~相生編~』
「では、次に相生の話をしましょうか」
気を取り直して、といった様子で教鞭を握るリン。意外とノリノリだった。さっきリューを精神的に、しかも悪気なく、叩きのめした神と同一神物とは到底思えなかった。
「そっちは仲良い方ってことよね」
「そうなりますね。わかりやすくすると、木→火→土→金→水→木の並びですね」
「木が火と仲良しとはこれいかに?」
やっと機嫌を治したリューがリンに質問する。まだうっすらと涙のあとが残っていたが、誰もそこには触れなかった。
「木は火が燃えるための補助をするから。とされています」
なんという自己犠牲精神なんだ………。本人一切そういうとこないのに………。いや、普段は抑えてるとか?
「あぁなるほど。確かにぼく、スズメちゃんのことよく焚き付けるよね」
「他の表現無かったの?」
なんか妙に納得してしまった。そういう意味なのか。たしかにそれはあるな。俺は心の中で大いに頷いた。
「あと、火が土と、っていうのもよくわからないんだけど」
「燃えたものはいずれ灰に、つまり土となるからですよ」
「てことは、あたしとリンの相性はいいわけね」
「はい。これからもよろしくお願いしますね」
………巨乳とひんにゅ──
「タケシ………?あんた今なんか失礼なこと想像しなかった?」
「い、いえっ!?そそそそそんな滅相もないでございますよっ!?」
「挙動が不振過ぎるよタケシぃ~。そんなんだと二人の胸を見比べてたのがバレバレになっちゃうよ?」
「タ~ケ~シィィ~!!!」
「言ってないじゃん!思ってたけど口にはしてないじゃん!!」
「たった今!口にしたでしょうがああああっっ!!!」
俺氏、終了のお知らせ。
「ぎゃあああああっちぃぃぃぃ!!!」
「み、水が火に負けている………だとぅ!?」
「………驚愕の事実……」
「すごい勢いで蒸発してますね~。あと補足しておきますと、相克はあくまで苦手というだけで、天敵というわけではないですよ?熱に強い金属もありますし、伐りにくい木もありますからね」
誰も助けてくれる様子はなかった。くそ!死んだらリューを呪ってやる!まあ、この程度じゃ死なないんだけどなあああっちい!
「………それで、金と土の関係性は……?」
「それはですね、金は土から生まれるからなんですよ」
燃えカスとなった俺を放置して話を続けるリン先生はマジ教師の鏡ッス………。
「………ということは、リンは、ママ?」
「ままっ!そ、それも悪くない気分です……。はぁ………ママ。いいですね。こんな可愛い子が娘だなんて。はっ!では私のお相手は一体誰なんでしょう?!ま、まままさかっそんなっ!でもでも、絶対にあり得ないということはないのではないでしょうか!?」
なんだか、一人で勝手に盛り上がってしまっている。というか妄想の世界に旅立ってしまっている。なんとも幸せそうな表情を浮かべていた。何故かちらちらとこちらを見ているような気もする。
「おぉ~い。帰って来~い。まだ金と水の仲良い理由の説明をしてもらってないんだけど~?」
でも、リン先生が戻ってこないと前に進まないので、すぐに帰ってきてもらうことにした。
「はっ!し、失礼しました………。ええと、はい。それはですね。金属の表面に水滴がつく、といった理由からです」
「しょっぼ!俺水滴かよ!」
俺っていったい………。俺は膝から崩れ落ちた。
「………タケシ、どんまい」
トラは俺の頭を撫でた。
「優しいなトラは。見てみろあの青いのと赤いのを。声を殺して笑ってやがるぜ」
リューは腹を抱えて笑っていた。スズメは口元を手で押さえているので表情まではわからないが、耳が真っ赤になっている。こいつら………。
「ひぃ~ひぃ~。あぁ~笑った………。涙出てきた。で、なんだっけ?あ、そうそう。最後残ってるのは水と木だったね。でもこれは流石のぼくでもわかるよ」
リューは一切悪びれる様子はなかった。まあ、いいけどよ。今のお前の方がよっぽどおかしいんだからな。あんだけ転がってたのに奇跡的に落ちてないんだから逆にすげえよ。
「そうだな。おそらく水は木を育てる、ってところだろうな」
「タケシに育てられたおぼえはなぁ~い!」
「俺もこんな自由奔放な娘に育てた覚えはないな」
「いや。あたしたちそもそも親とかいないし」
半目でツッコむスズメ。いや。知ってるってば。
「でも面白いことなら大歓迎だからじゃんじゃんやれ」
「わぁ~い頑張る~」
「頑張らなくていいわよ!どうせまたあたしがとばっちり受けるんだから!」
目を向いてツッコむスズメ。大変だなお前も。
「まあまあ。ぼく達相性良いんだから仲良くいこうよ。ね?」
「調子いいわねあんた………」
と言いつつも怒らない辺り、やっぱり仲は良いんだな。
「と、このあたりで五行の説明は終わらせていただきます。ですが、わたしが言ったのは一つの説であり、他にも色々と諸説ありますので、ご注意ください。では、ご静聴ありがとうございました」
なんか、レポート発表の終わり方みたいな感じでリンの授業は終わった。
「ま、静聴はしてなかったけどな」
「特に成長もしなかったよね。主にスズメちゃんの胸とか」
「今それ関係なくない!?」
「そんな大声でツッコんでばっかりだと声調が悪くなるよ」
「うるっさいわ!なんでわざわざ『せいちょう』で掛けてきてんのよ!狙いすぎててあざといわ!」
他にも政庁とか正調とか成鳥とかあったけど、ツッコまれたからやめておいた。
「そういやスズメちゃん。聞いてたら途中で思い出す~とか言ってたくせに全然そんなことなかったんじゃな~い?」
「うなっ!な、なに言ってんのよ!思い出してたわよ!でもリンが最後まで説明しちゃったから、あたしが出るまでもなかったってだけよ!」
「うっわズルッ!後からならなんとでも言えるじゃねえかよ!」
「だからうるさいのよ!さっきみたいに燃やすわよ!」
「それはただの八つ当たり、ってぎゃあああああっ!!」
あっっつい!!焼けるぅぅ!!焼き亀になるぅぅう!!
「っていうかリューこそ!その角に引っ掛かってるソレはなんなのよ!気になって仕方ないじゃいのよ!」
あっ、お前もやっぱ気になってたんだ。てかあちゃちゃちゃっ!!
「へ?」
リューは自分の角に恐る恐る手を伸ばす。
そして引っ掛かっていた布を手に取り広げる。
「んにゃっ!?」
「それってまさかパン──」
「見るなっ!!」
「目がぁあああ!!目を焼くのはやめろよおぉおお!!」
「……おお、目からふぁいやー」
正確には目にファイヤーだって、があああああっ!!脳が焼けるように痛いぃいぃいいい!
「な、ななな、なんで……?そ、そういえばなんだかスースーすると思ってたけど」
「いや。そこで気付きなさいよ……。リンのお仕置きから帰って来たときにはそうなってたけど、一体何があったのよ?」
「…………あれ?記憶が、ない……っ!?」
「…………。あたし、リンが恐くて仕方ない時があるわ……。なんであんな平然としていられるのかしらね」
はぁはぁはぁ……ふぅ。やっと消火できた。ん?なんかスズメがリューの肩に手を置いて慰めてる……?それに二人ともすごい表情をしている。でもまあ、それは置いといて。
「で?なにがどうなってたんだ?あれは結局誰のパ──」
「タケシのえっちがぁぁぁ!」
「げぶぁああっ!?」
リューの回し蹴りが側頭部を砕き、俺は倒れ伏した。
「……りゅー。スカートで回し蹴りすると、中身見える」
「ふぎゃあああああっ!?」
倒れてた俺の頭を容赦なく踏みつけ続けるリュー。この威力はどこの業界でもご褒美にはならなさそうだ。神じゃないとまず間違いなく死ぬ。
「……りゅー。まず足で攻撃するの、やめる。下にいるたけしに、見られる」
「そんなことよりさっさと穿きなさいよ!問題はそこでしょうが!」
スズメはそう言ってどうにかリューをなだめる。リューも落ち着いたようだ。だが納得いかないことがある。
「一番問題なのは俺の顔面だよ!ズタズタになっちまってんじゃねえか!」
「えっ?元からじゃない?」
「ふんだっ!むしろイケメンになったんじゃないの?」
「……フッ。ナイスガイ(笑)」
「誰の顔が元からズタズタだよ!っつーか今の方がイケメンってどういうことだよ!あと(笑)とか付けんな!」
ぎゃいぎゃいと、やかましく騒ぎ立てる俺達を眺めながら、リンは一人静かに茶をすする。
「やれやれ………今日も今日とて平和ですね」