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 ジョーとラカムらの一行は、双方とも人員不足で難渋しているという事情から、行動を共にすることになった。

 ジョーたちがラカムの船に移り、乗っていた船は沈めた。

 海賊船の役職には、船長(キャプテン)砲手(ガナー)甲板長(ボースン)船大工(カーペンター)操舵手(クォーターマスター)などがあるが、話し合いにより、船長はジョン・ラカムとなり、ジョー・バンスは操舵手と決まった。

 メアリーが船首でボンヤリと海原を眺めていると、ジョン・ラカムとボン・スチュアートことアン・ボニーがやって来た。

 「よう、エドワード、だったな。るかい」

 ラカムは、ラムの入った革の袋を振ってみせた。

 「もらおう」

 メアリーは袋を受け取ると、飲み口に口を当ててあおった。

 首に巻いたスカーフから覗く喉の白さが、アンの眼に眩しかった。

 メアリーは、あまり酒が好きではなかった。彼女にとって酒とは、たのしむものではなく憂さを紛らわせるものなのだ。が、仲間といるときは、極力飲むようにした。海賊船では、酒を飲まないと、しばしば軽侮されたり要らぬ懐疑を招いたりするからだ。

 「いい船だな」

 メアリーが言った。

 船脚が軽く、水を裂くように進む。これだけ速い船というのは、メアリーは初めて見た。

 「そりゃそうだろう。なんたって、あのジョン・ヘイマンの船だからな」

 ラカムが得意気に言う。

 「なに!? サブリナ号か」

 「今は改名して、ゴールデン・グローリー号だがな」

 ジョン・ヘイマンといえば、この辺りではちょっとした有名人であった。

 プロヴィデンスの近くの小島に家族だけで住んでいる男で、理由は知らないがスペイン船を専門に襲撃するという。が、有名なのはそのためではなく、その船の快速のためであった。海賊パイレートというよりも、一昔前のバッカニアと呼ばれる男達の生き残りというのが、メアリーの印象だった。

 ラカムはその快速スループ船サブリナ号を、夜陰に乗じて奪取したというのだ。

 「こいつの下調べが精確だったおかげで、完璧な襲撃計画が立てられたんだ」

 と、ラカムは背後のアンを指さした。

 「ほう」

 「勇気と無謀をき違えてる奴が多いがな、大切なのはここさ」

 と、ラカムは人差し指でこめかみをトントンと叩いた。

 「なるほど」

 メアリーは興味なさそうに言った。

 この手のセリフを吐く奴は、小利口の鼠輩そはいと相場がまっている。

 海に視線を戻したメアリーの眼が、すっと細くなった。

 「船だ」

 ぼそりと言った。

 「何?」

 見ると、遠くに小さな船影が見える。ラカムはにやりと笑った。

 「おい、野郎共、集まれ! 勘定(、、)に出かけるぞ!」

 と、声を張り上げながら船室へ向かう。

 アン・ボニーは、エドワード(、、、、、)の顔を見て、ぎくりとした。

 たいがい仏頂面のこの男の口元に、凄惨な笑みがへばりついていた。

 眼が濡れたように光っている。

 およそ恐れというものを知らぬアンが、気圧けおされた。

 この男を敵に回したら、果たして自分は生きていられるだろうか――。

 海賊船には似つかわしくない、理知的な男という印象を抱いていたが、やはり()()()だったということなのだろう。

 人として大事な何かが、間違いなく壊れていた。


 メアリー達の船は獲物の後方に回ると、ゆっくりと近付いていった。

 海賊の襲撃は、ネコ科の肉食獣の狩りに似ている。そろそろと獲物の背後に忍び寄り、ある距離まで近付くと、一気に襲いかかる。

 追跡は夕に始まり、夜のうちに距離を詰め、未明、行動が開始された。

 獲物はオランダのブリガンティン船だった。

 直前まで気付かれることなく接近することには成功したが、大砲の一斉射撃から接舷し乗りこむと、相手は猛烈な反撃に出た。どうやら密輸船だったらしく、荒事にも慣れているようだ。

 激しい銃撃戦が展開された。

 メアリーが驚いたのは、アン・ボニーの働きであった。

 そこらの男どもより、はるかに使える。腕もなかなかだが、なにより度胸がいい。

 自分には弾が当たらないという信仰でもあるらしく、弾雨に全身をさらして平然としていた。そして不思議と、弾丸のほうでもアンをよけていくようであった。

 アンの働きはめざましいものがあったが、いかんせん火力が違った。

 メアリーたちは、徐々に劣勢に追い込まれていった。

 メアリーがマストの陰で銃に弾をこめていると、もたれかかってくる者があった。

 「おい……?」

 男は、そのまま力無くくずおれた。

 顔の半分を吹き飛ばされた、ジョー・バンスであった。

 ハリー・ヘイズは、それを見た瞬間、頭にかっと血がのぼった。

 「ちくしょう!」

 あっ、と止める間もなく飛び出した。

 次の瞬間、全身に銃弾を浴び、ヘイズがメアリーの足元に倒れこんだ。

 不幸なことに、ヘイズはまだ息があった。

 「エド……ワード……ら、楽に……して、くれ……」

 メアリーは、無表情に銃を構えた。

 「言い残すことはあるか」

 ヘイズは微かに唇の端を歪めた。笑ったらしい。言葉はなかった。

 メアリーは、ヘイズの頭を撃ち抜いた。

 「どうせ俺達は、遅かれ早かれみな地獄行きだ。先に行って待ってろ」

 言う間にも、ヘイズの後を追う者が続出した。

 相手は武装した者が五十名以上、対するこちらは二十名にも満たない。長引けば不利なことはわかりきっていた。

 「エドワード」

 ラカムとアン・ボニーが、背をかがめてメアリーの所にやってきた。

 「どうにもうまくねえな。そろそろ退くか」

 駄目だなこいつは、とメアリーは思った。

 船長の口から出るべきは決断だけだ。部下に相談してどうするのか。

 「まだ早い。ボン」

 「ん?」

 「俺が出る。掩護えんご頼む」

 「わかった」

 アンはにやりとしぶとい笑みを浮かべた。

 メアリーがマストの陰から飛び出した。

 同時に、アンの銃口が火を噴く。

 メアリーは、舷側に向かって走ると、その側面を蹴って駆けた。

 思いがけぬ動きに、敵の銃口が泳ぐ。

 一発の銃弾がメアリーの脇腹を浅く抉ったが、彼女は構わずに駆け抜け、一気に敵の背後に回りこんだ。すぐさま剣を抜き、敵集団に飛びこむ。

 近接戦闘では、銃よりも剣の方が威力を発揮する。メアリーの剣風の前に、たちまち四人の敵が倒れた。

 ヒュウ、とアンが口笛を吹いた。 

 敵は銃で応戦したが、同士討ちを誘い、大混乱に陥った。

 「今だ、野郎共、突っこめ!」

 腹を食い破られた敵は、海賊達が一斉に襲いかかると、総崩れになった。

 後は、一方的な殺戮だった。

 二十分後、甲板上は血の海になっていた。

 「よし、後はお宝を頂くだけだぜ!」

 興奮したアンが船室に続く扉を開けた瞬間、剣が飛び出してきた。

 中にまだ、敵の生き残りが隠れていたのだ。

 アンの胸が刺し貫かれたと見えたその時、敵の剣尖がはね上げられ、天井に突き刺さった。

 何者かののカトラスが、横から弾いたのだ。

 その人物は、アンの体を突き飛ばして敵の前に出ると、無造作に敵の胸を刺した。

 剣を抜くと、血が噴出し、敵は声もなく倒れた。

 アンは、床に座りこんだまま、自分を助けた者の背中を茫然と見上げていた。

 「大丈夫か」

 振り向いたその顔は、湯に浸かったように返り血にまみれ、紅く染まった髪はよじれ、その先から血が玉となってしたたっていた。

 エドワード――メアリーであった。

 「……あ、ああ」

 「迂闊うかつだぞ」

 言いながら、メアリーは手を差し伸べた。

 アンは、その手を握って立ち上がった。

 アンの顔は、紅潮していた。

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