十一
一七二〇年十一月二日――カリブの空は、ひどく澄んでいた。
「船影を発見。スループ船です」
報告を受けたジョナサン・バーネットは、唇の端を吊り上げた。
「見つけたな」
動物的な勘を有つこの男は、それが探していた相手であることを直感していた。
バーネットは、私掠船の船長として有名な男であったが、今は、海賊の探索にあたっていた。
少し前、オチョ・リオス湾の海岸でカヌーが海賊に襲われるという事件があり、報告を受けた総督ニコラス・ローズが、経験豊富なバーネットに海賊捕縛の任を委託したのである。海軍が弱腰で、全く役に立たないからだ。
こうしてバーネットは武装スループ船グレイハウンド号を駆り、まさに猟犬となって獲物を探していたところであった。
バーネットは、船首に立った。
四十代半ばだろうか、獅子に似た体躯をしており、獰猛な精気を身に纏った男だった。
「どこだ」
「一時の方向です」
バーネットは、望遠鏡を覗きこむと、猛禽類を思わせる眼を細めた。
島に重なって、小さな船影が見える。
「ネグリル岬だな」
ぼそりと言うと、バーネットは踵を返し、簡潔に指示を出した。
狩りを開始する、と。
その頃、ジャマイカ西岸のネグリル岬では、ラカムら一行が酒宴を開いていた。
船には、たまたま近くを通りがかったプティオガ船の乗組員九人の姿もあった。
彼らにとっては甚だ迷惑な話であったが、ラカムが気紛れに船上に招いたのである。
「ウォルターのお母さんって、どんな人?」
酒宴の輪から離れた舷側で、ウォルターとメアリーが話していた。
「普通だよ。優しくて、明るくて、時々少し口うるさい、普通の母親」
「ふうん」
「メアリーのお母さんは?」
「どうだろう……よく覚えてないんだけど、あんまりいいイメージは無いね」
というよりも、狭い部屋に閉じ込められていたことと、男の服を着せられていたという記憶くらいしか残っていなかった。なにしろ、子供を生活費を稼ぐための道具としか思っていないような母親だったのだ。親の愛情を知らずに育った。
「まあ、ガキの頃別れてそれっきりだから、生きてんだか死んでんだかもわかんないけど」
「……そう、か」
「だからね」
「ん?」
「少し怖いんだ……母親ってものをよく知らないから、自分がいい母親になれるのかどうか……自信無い」
「大丈夫だよ。メアリーなら、きっといい母親になれるさ」
「なれるかな」
「うん、きっとなる」
その自信はどこから来るんだ、とメアリーは内心苦笑しつつ、
「そうだね、なりたいな」
「うん」
「……きっとなる」
ウォルターは、おや? と思った。
なんともいえない柔らかい空気が、周囲を包んでいた。
何だ、この空気は?
予感めいたものがあった。
「……もしかして?」
ウォルターがメアリーの腹を指さすと、メアリーはこくりと頷いた。
頬が、桜色に染まっていた。
ウォルターは、しばらく惚けたように口を開けたまま突っ立っていたが、やがて体が震え出し、
「すごいぞ、メアリー!」
叫ぶやいなや、メアリーに抱きついた。
いや、抱きつこうとしたが、出来なかった。
この行動を予想していたメアリーが、ウォルターの両腕を掴んで制止していたのだ。
「飲み過ぎだぜ、ウォルター。俺はエドワードだ」
抱き締められたい気持ちはやまやまだが、人目がある。船をおりるまでは、正体が発覚するようなまねは避けねばならないのだ。
長年離れていた主人に再会した犬のように、歓喜を爆発させ、なおも抱きつこうとするウォルターを、メアリーは苦笑しながらなだめた。
と、そのとき、メアリーの眼が、こちらへ向かってやって来る一隻のスループ船の姿を捉えた。
ぞくり、と背を駆け抜けるものがあった。
「ジョン!」
「んあ?」
甲板上で飲んでいたラカムが、濁った眼で振り向いた。
「宴会は終わりだ! 犬が来たぞ!」
「犬ぅ?」
抜けた返事をするラカムの横で、真っ先に立ち上がったのはアンであった。
「どこだ!?」
早足でメアリーの横に来たアンは、もうベルトに差していた銃を抜いていた。
「あそこだ」
アンは眼を細めた。
まだ遠く、見た限りでは軍艦かどうかは判らない。
「間違いないのか?」
「勘だ」
「そうか」
アンは、メアリーの勘を全面的に信じている。踵を返すと、ラカムの所へ戻っていった。
「ウォルター、お前は船倉に隠れてるんだ」
「でも、メアリー」
「エドワードだ。大丈夫だ。いいから早く」
渋るウォルターを無理矢理船倉に押しこみ、メアリーは首に巻いていたスカーフを頭に巻き直した。
「こんなところで、捕まってたまるか」




