十
メアリーの恋は、相変わらず一途で、命懸けであった。
ある時、ウォルターが、仲間の一人と口論になった。
ウォルターとメアリーの仲が良すぎることについて、からかったのである。メアリーが男だと思っているのだから、無理もない。自分の悪口を言われているぶんにはウォルターも構わなかったのだが、メアリーに対する侮辱の言葉については、誤解とわかっていてもなお、聞き捨てならなかった。理屈ではない。
船上での揉め事は御法度である。喧嘩が起きた時は、近くの島におりて、剣とピストルで決着をつけるのが彼らの慣わしであった。二人は、決闘することになった。
この話を聞いた時、メアリーは「バカか」と吐き捨てた。相手のムーディーという男は、数々の死線をくぐり抜けてきた強者である。ウォルターが十人いたって、勝てる相手ではない。
すぐさまメアリーはムーディーのもとへ向かうと、いきなり急所を蹴り上げ、倒れたムーディーの顔へ唾を吐きかけた。
「何しやがる」
床に這いつくばり、脂汗を浮かべながら、ムーディーはメアリーを睨め上げ、呪詛のような声を絞り出した。
「これでもわからないバカか、おまえは。喧嘩を売ってるんだ」
理不尽もいいところだが、メアリーにとっては、ウォルター以外のことはどうでもいい。
当然、決闘ということになった。
メアリーは、その開始時刻を、ウォルターのそれより二時間前に指定した。
二人は形式に従って小島へおりると、背中を向け合う形で十メートルほど離れて立った。
立会人は、操舵手のリチャード・コーナーである。
彼の銃声を合図に、メアリーとムーディーは振り返り、ピストルを撃ち合った。
双方外れた。
先込め式の単発銃だ。次弾を装填している時間的余裕はない。すかさず両者銃を投げ捨て、カトラスを抜いた。
勝負は一瞬でついた。
踏みこんで突こうとしたムーディーに対し、メアリーは剣先で足元の砂をはね上げた。
「うぐ……っ!?」
視界を奪われムーディーがひるんだ隙に、メアリーは、ひゅん、と剣を横に払った。
軽く素振りをするような、何気ない動きだった。
メアリーが一歩離れると同時に、ムーディーの頸から扇状に血が噴き出し、ムーディーは倒れた。
船に戻ると、ウォルターがメアリーのもとに駆け寄った。
「よう、ウォルター。悪いが、ムーディーの野郎は俺が先にいただいたぜ」
メアリーは、仲間達の手前、抱きつきたい気持ちをぐっと堪え、笑みを浮かべてみせた。
ウォルターの顔は、複雑だった。
メアリーの無事を嬉しく思う反面、自分の軽率な行動が彼女を危険に巻きこんでしまったという苦い気持ちと、何もできぬ己に対する不甲斐なさ、無力感。
平和を愛し、力を否定してきたが、今、彼は、力が欲しいと痛切に思っていた。
誰も護れなくてもいい。ただ一人、メアリーを護るためだけの力を。
一方、メアリーは、思いつめるウォルターをよそに、満足していた。
ウォルターさえ無事なら、それでいいのだ。
身を賭して愛する人を護ることは、彼女にとっては当然のことであり、その為に死しても些かの悔いも無い。それは彼女にとって、覚悟をするほどの必要さえ無い、呼吸をするようにごく自然なことなのであった。




