一
「ちっ、しけた船だぜ」
一七一八年、八月――。
バハマ近海を航行中のオランダ船を捕らえた海賊ポール・ウィリアムズは、甲板上に集めた乗客たちの姿を一瞥して、吐き捨てるように言った。
そろいもそろって、みすぼらしい。
どうやら、祖国での生活が苦しくなり、新大陸に活路を求めてやって来た貧乏人どものようだ。
金目のものなど、望むべくもない。すでに抵抗する者とてなかったが、腹立ちまぎれに数人の海賊が、乗客に暴行を加えていた。
「おい、誰か英語が話せる奴はいねえのか?」
ピストルを振りかざしながらポールが言うと、訛りのない英語が返ってきた。
「無抵抗の者には危害を加えないというのが、海賊の慣だと聞いたが?」
涼しげな声で言ったのは、すらりとした体躯の美丈夫であった。
その言は正しい。
相手が無抵抗の場合、乗員乗客、とくに女性は丁重に扱うというのが、海賊たちの慣わしであった。そのかわり、抵抗した場合は、苛烈な報復が待っている。
「海賊もいろいろってことさ」
言いながら、ポールは臆する色も見せずに立っている若者を値踏みするように上から下まで眺めた。
金はかかってないが、他の乗客たちと違い、清潔感のある服装をしている。
太陽に燃えるような黄金の髪を、風がなぶっている。
とりわけ印象的なのはその青い瞳で、炎と氷が同居しているような不思議な光彩を鮮烈に放っていた。
「おめえ、名は」
「エドワード・ジョーンズ」
「よし、おめえ、俺たちの仲間になりな」
ポールは、胆力、知力、カリスマといった、およそ海賊船の船長に必要とされるような資質は持ち合わせていなかったが、唯一、特殊な嗅覚を備えていた。
それは、金のにおいを嗅ぎ分ける能力である。
当時、世界で最も民主的だった場所は、おそらく海賊船の中であった。
船長は乗組員の投票によって選ばれ、その人物が船長に相応しくないと思われた場合、同様にして罷免された。
ポールのような小器が船長になれたのは、他に適当な人材がいなかったこともあったが、まさにその嗅覚が買われてのことであった。
その嗅覚が、言っていた。
〝こういう男とつるんでれば、食いっぱぐれることはねえ〟
格が違うとは、こういうことをいうのだろうか。
ポールは、自分より頭ひとつ小さい若者を、仰ぎ見るような錯覚にとらわれていた。
以前、大海賊のエドワード・イングランドという男と会ったことがあるが、その時の感覚と少し似ている。
珍しく勘が外れたと思ったが、嗅ぎつけた金のにおいのもとは、この男だったのだろう。
「海賊に?」
若者は、形の良い眉をひそめた。
海賊が襲った船の人間を仲間に引き入れることは、珍しいことではない。強制する場合もあるし、すすんで仲間に加わりたがる者もいる。
「いやとは言わせねえぜ」
ポールは、本能的に抱いた劣等感を悟らせぬよう、ことさら大袈裟にピストルをちらつかせてみせたが、若者の眼には入っていないようだった。
少し首を傾げ、眠そうな表情で考えた後、
「まあ、それもいいさ」
と、他人事のように言った。どこか投げやりな響きがあった。
エドワード・ジョーンズ――後の女海賊メアリー・リードの、男装時の偽名であった。