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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第31集(2013年1月)/「蛇」&「珈琲」 
7/63

07 紫草 著  蛇 『初詣で』

注意・この物語はフィクションです。登場する人物・事柄は全て架空のものです。1月自作/蛇 『初詣で』

 寒い冬の日は、時折、無性に旨いものを食べたくなる。 本郷俊輔は気の置けない友を誘い、最寄り駅ではあっても、いつもとは違う路線で待ち合わせた。 暫し待つと時間に正確な彼奴は、ほぼ約束した時間に現れた。その唇に最初に上ったのは、遅れたことに対する謝罪だったが時間を過ぎたわけではない。「俺が早く来すぎただけ」 そう言って、電車のホームを指す。「この電車に乗るの?」「そ。行ったことのない店、探しに行こ」 まだ七時を過ぎたばかりだ。少しなら冒険も許されるだろう。

 彼女、新城琴ゑは自分が納得できないことはいろいろと聞いてくるが、説明のできないようなことだと判断すると何も聞いてはこない。 今夜も、いきなり呼び出したのに、ただ飯食いに行こうぜってだけで何も言わずについてくる。 本当は、何故この電車なのか。もっと繁華街に向かう電車の方が店は多いんじゃないのか。聞いてもいいようなことはある。 でも聞かないんだな。きっと俊輔が突然思い立ったことを、詳しく説明するはずがないと思っているのだろう。

 ローカル電車に十分ほど乗った頃だろうか。「降りよう」 そう言って彼女の手をとった。 選んだ駅は思ったよりも明るく新しいようだ。どうやらリニューアルでもされたばかりのようで、小さな繁華街って感じの通りが見えた。駅を出てまっすぐに歩くと、多くの塾の明かりで通りは比較的に賑やかに見えた。「最近の子供たちは大変ね」 琴ゑはそんなことを呟きながら、俊輔よりも先を歩く。遅くまでやっているスーパーにはまだ人が大勢買い物をしている姿が、ガラス越しに見えた。一階にある塾では小学生くらいの子供もいる。小さな路地を何本も過ぎていくと、やがて街が変わった。

 ほんの数分歩くだけで街灯がぐっと減り、通りが大人の街に変わっていた。「ここ、和食屋さんみたいよ」 琴ゑが真っ白な暖簾を指す。「でも、その暖簾、何にも書いてないじゃん。本当に店なの?」  少し眉間に皺を寄せ、曰くありは嫌だなって顔を見せた。すると彼女は、ちょっと聞いてくると奥へ消えた。

「俊。和食だけじゃないみたいよ。入ろうよ」

 暫くして戻った琴ゑの顔が、話した相手の人柄を知らせてくれる。どうやら、いい人のやってる店らしい。

 何があるの、と言いながら、真白な暖簾をくぐる。

「いらっしゃいませ」

 奥からは板前らしい大将の声と、もう一人、店内を歩きまわる、おかみさんの声が響いた――。

 二時間くらい、いただろうか。

 店を後にする時には、また来るよと声をかけていた。


「あ。弘法様だって」

 琴ゑもご機嫌のまま少し歩くと、路地への入り口にこれまた小さな縦看板。

「母がね。弘法様は、すごく小さなものもあるから、見つけたらお参りするように言われて育ったの。ちょっと待っててね」

 言い終わる頃には、その姿は路地に消えかけていた。


 その弘法は、ちゃんとお寺さんというものだった。

 この時間なので閉まっているところもあったが、琴ゑのいう巡拝には困らないようになっていた。

「ね~ こっちにも何かあるみたいなの。ちょっと待っててね」

 今度は追うこともできず、はいはい、と返事だけして辺りを見ていた。


 真正面にある賽銭箱を前に、合掌する。

 あれ、もしかして…

「俊」

「お前、どっから来たの」

 琴ゑは入っていった右の方ではなく、左側の通路から現れた。

「後ろでつながってたの。昼間に来ると、もっといろいろ見られるみたい」

 そう言いながら、立ち止ったところにある小さな開き戸に手をかけた。

「おい。いいのかよ」


 すると、見ろと言わんばかりにその前から体をずらす。

 何があるのか。そんなことをされると興味が湧く。その場まで進み、小さな扉の中を見た…


「白蛇だ」

 お祀りしてあるんだね、と琴ゑは言って掌を合わせる。

「私、これが初詣でだ」

 思わず、俺もと答えてた。

 今年は忙しかったんだ。いつも行く神社には行けなかった。琴ゑとも予定が合わなくて、よく考えたら今年初めて逢ったんだ。


「白蛇様のお蔭だな」

 そう言って、琴ゑの肩を抱く。

「帰ろう」

 今度はもう頷くだけで、満足したように歩き出した。

 駅についたら駅名を確認しようなと、どちらからともなく呟いた。小さく笑う彼奴の肩は、くすくす笑うたびに揺れていた――。


【了】 

著 作:紫 草 

Copyright © murasakisou,All rights reserved.

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