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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第31集(2013年1月)/「蛇」&「珈琲」 
6/63

06 レーグル 著  蛇 『作戦名・開けまして』  

 世間は今まさに伝記ブーム。

 商業利用が許可されたタイムマシンで、過去の偉人に『実際に』密着して書かれた伝記が大ヒット中。作家志望だった私にもチャンスが巡って来た。

 私は世界を救った偉人、高畑願望のぞみの伝記を書くため、二十一世紀後半の日本に移動し、美木と名乗り、未来の技術を使って、彼の研究所に助手として潜入した。のだが、何かおかしい。

 一月三日。私は研究所で願望たちと一緒に昼ご飯を食べていた。伝記作成に正月休みは無い。そもそも年末年始だから休むという感覚が理解出来ない。休む気が無いことを願望に伝えた時には、またしても複雑な顔をしていたが、願望も特に予定が無かったようで、こうして年末から毎日研究所に通っている。

 今三人で見ているお昼のワイドショーの話題は、最近街に現れたヒーロー、ジャスティストラベラーのことだ。迷子の保護から犯罪者の逮捕、人命救助などの活躍を紹介した上で、助けられた人がインタビューされている。

「忌々しい」

 願望が誰もが歓迎するはずのヒーローの話題に悪態をつく。何度も計画を邪魔されているのだから仕方ないかもしれない。リビングの壁には彼が元旦に書き初めで書いた『世界征服』の四文字が縦に奇麗に並んでいる。

「今年こそ世界征服をするぞ」

「はい。頑張りましょう」

 ヤマモト君が呑気に願望を励ます。私はそれには同意しないが、彼は今年もっとすごいことをするはずだ。そのはずなんだけど。


 彼が世界を救うまであと五ヶ月。


「じゃあ、そろそろ再開しましょうか」

 一番最後に昼食を食べ終わった私が声を掛けて、ようやく二人が炬燵から立ち上がった。年末に始めた大掃除がまだ終わっていないのだ。大掃除は年末のうちに終わらなければいけないという感覚が理解出来ない私によって、強硬に強行されている。もともとリビングなどの共用スペースは私が暇な時に掃除しているので普段出来ないところをやるだけで、大した時間は掛からなかった。問題だったのは願望の発明品を収納していた部屋だ。

 大掃除と言うことで、私は初めてその部屋の中を見てみたのだが、収納と言うより大小様々な発明品がただ雑然と放り込まれているだけだった。これを放置するのは色んな意味で危険だと思い、私は発明品の把握も兼ねて部屋の掃除をし始めた。しかし、発明品は数が多く、少しずつ出しては掃除して戻しながら整頓して、と時間が掛かっていた。しかも、合間に年越しそば、除夜の鐘、初詣、書き初め、福笑いなどと願望が作業を中断するので余計に時間が掛かった。

 私は部屋に一歩踏み入って、掃除の進捗状況を確認する。

「あとちょっとですから頑張りましょう」

「ああ」

 私が励ますと願望がなんとなく元気の無い返事をした。見るからに体力の無さそうな願望が何日も続けてこうして力仕事をしているのだから、当然と言えば当然だ。しかし、その甲斐あってか掃除も終わりが見えてきている。この調子でいけば今日のうちに終わるだろう。物が溢れていたはずの部屋もかなりすっきりしてきた。

「じゃあ、それを運んでください」

「ああ」

 私が指差した物を願望が部屋から運び出す。さて、そろそろ確認しなければいけないことがある。部屋の奥に押し入れがあることに気がついたのは昨日のことだ。それまでは部屋の壁も見えないほどたくさんの物があった。おそらくあの中にも発明品が多く入っているのだろうが、その扉には何か不思議な図形の描かれた細長い紙が何枚も折り重なるように貼られていて、他の場所とは雰囲気が違う。そして、何枚かは扉が開かないように横の壁ごと貼り付けて扉に封をしていて、この紙を剥がすか破らないと扉が開けられない。紙はかなり古くとても剥がせそうにないので、私は無理矢理開けてしまうことにした。こんなに厳重に閉じて、一体何が入っているのだろう。扉に手を掛けた瞬間、願望が部屋に入って来た。

「あ!」

 そして、私が紙を破きながら扉を開けると、部屋から逃げるように出て行ってしまった。なんなんだ。しかし、開かれた押し入れの中を見ても、何も入っていない。ただ、扉に貼り付けられていたような不思議な模様の描かれた紙が押し入れの中の壁一面どころか天井や床にまで貼り付けられているだけだ。悪戯にしては徹底的で違和感がある。これを剥がすのは、時間が掛かりそうだ。

「美木くん」

 どうやって剥がそうか悩んでいると、リビングのソファの影から小さな声で願望が私を手招きする。なぜかヤマモト君も同じようにソファに隠れていた。

「なんですか」

 私がそちらに向かおうとすると、二人が慌てた様子で押し入れを指差す。

「そこは閉めて」

 私は無造作に押し入れの扉を閉めた。


 なぜか炬燵に戻った私たちはお茶を飲むことになった。ヤマモト君が三人分のお茶を用意してきた。

「あそこのシールはかなり古いんですけど、どうやって剥がしましょうか」

 私がそう言うと、願望がビクッと背筋を伸ばした。そして、言い難そうに口を開く。

「美木君。この部屋はな、いわゆる『曰く付き』の部屋なんだ」

「はあ」

 なんだろう。その『いわくつき』って言うのは。

「つまり、この部屋には幽霊が出るんだよ」

 幽霊。オーバーテクノロジーと呼べる発明品をいくつも作る科学者の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。

「あの奥の押し入れに幽霊が封印されているんです。美木さんが開けちゃいましたけど」

 ついでにオーバーテクノロジーそのものである人型アンドロイドの口から出てくるとも思わなかった。私は気を取り直して、未来の偉人である優秀な科学者の助手という立場から素朴な疑問を口にした。

「馬鹿なんですか?」

 これから数世紀後の未来、人類は物質的な肉体を持たない知的生命体と接触することになる。『彼』は高濃度思念体と名付けられ、物理的なエネルギーや質量などの影響を受けず、知的生命体にしか存在を認識出来ないなど、既知の生命体とはかけ離れた特徴を持っていることがすぐに分かった。彼に対する研究はすぐに始まったが、彼には時間や空間の感覚が無く、いつどこでどのようにして生まれたのかは遂に分からなかった。

 当初、彼に関する研究を進めることによって幽霊や魂と言った概念について解明されると思われていたが、逆に、彼の存在こそが幽霊や魂の存在の否定することになった。つまり、幽霊や魂が存在するのなら、彼のように知的生命体に広く知覚されていなければおかしい、ということだ。未来では幽霊や魂は科学的に否定されている。

「幽霊なんて存在するわけ無いじゃないですか」

 私が自信満々に言い放つと、願望が驚いたように目を見開く。

「おお、勇者美木よ。我々は長い間、君を待っていた。そんな君にこのアイテムを授けよう」

 願望はおもむろに立ち上がり、あの部屋から運び出した発明品の一つを手に取ると、私に差し出した。

「なんですか」

 私はそれを渋々受け取る。それはこの時代の画像撮影用機材、カメラのように見える。

「それは僕の発明品の一つ、スネークアイだ。蛇にはピット器官という温度を感知する器官があることは知っているな。人間は五感でしか世界を把握出来ないが、蛇のように五感以外の他の感覚を持っている動物は多い。それは未知の感覚世界の存在を認識出来るように出来る機械なのだ」

 そんなものどうやって作ったんだろう。ピット器官って言っても実際は精度の高い触覚みたいなものなのに。

「さあ、勇者よ。押し入れの中にスネークアイのレンズを向けてそこのスイッチを押すんだ」

 こんなの作ったのなら、自分でやれば良いのに。本人でなくてもヤマモト君なら平気だろう。納得は出来ないが、大掃除のため、さっさと終わらせることにしよう。炬燵から出て、部屋に入る。押し入れを開けようと扉に手を掛けると、破けた紙の端が焦げたように黒くなっているのに気が付いた。さっきまでは白い紙だったはずなのに。不可思議だが、気にせずに扉を開ける。そして、押し入れの中がディスプレイにしっかり収まるようにカメラを向けてシャッターを切る。私が見ていたディスプレイには何も変化は起きない。

「ここは」

 すると、何も無いはずの押し入れの中から声がした。驚いて私がディスプレイから目を上げると、押し入れの中に男が一人胡坐をかいて座っていた。突然のことに言葉を失う。

「あの、すみませんが、ここはどこでしょう」

 男が立ち上がって押し入れから出て来ようとして、私は思わず後ずさりする。押し入れから一歩出た男は床に足が着かないようで、ゆっくりと下の部屋に沈んでいったが、膝まで沈んだところでコツを掴んだのか沈下が止まり、今度は浮かび始め、最終的に床から数センチ浮かんだところで静止した。私が願望たちに助けを求めようとリビングを見ると、願望は口を開けて固まっていて、ヤマモト君は何が起きたのか分からないという顔をしている。本当に頼りにならない。

「こ、ここはガンボー秘密研究所です」

 私がなんとか男の質問に答える

「ガンボー?」

「ええ。あそこにいるのが所長の高畑です」

 上手くバトンを渡し、心の中で安堵する。

「博士。あなたとお話したいみたいですよ」

 私が声を掛けて、願望がやっと動き出す。

「お、おお」

 男は浮いたまま足を動かさずに願望の方へと移動した。

「えっと、私は国友玲孝くにともあきたかと言います。気が付いたらここにいて」

 どこかで聞いたことのある名前に頭が痛くなりだした。

「僕は高畑願望だ。その女性は美木君。こっちのはヤマモト君だ」

 国友さんが部屋の中を見渡して、頭を下げながら言う。

「何か忙しい時に来てしまったみたいですね。すみません」

「いや、こちらこそ。ヤマモト君、彼に飲み物でも出しなさい」

 願望がまだ何か良く分かっていない様子のヤマモト君の肩を叩く。

「ノゾミさんたちは一体誰と話しているんですか?」


 私たち四人は互いの状況を確認するのに時間が掛かったが、国友さんに敵意が無いと分かった願望が普段のように振る舞いだし、すっかり打ち解けてしまった。国友さんはまさに幽霊のようで、何かに触ったりは出来ず、ヤマモト君にも感知出来なかった。願望は彼のことを探ろうと色々質問してみたが、彼には時間や空間の感覚が無く、気が付いたらここにいたということしか分からなかった。自分の名前や言葉は不思議と覚えていたそうだ。私は自分のしたことに複雑な気持ちになっていた。いや、私がしなくてもいつか願望たちがやったんじゃないだろうか。願望たちが何かとんでもないことをやるのは仕方ない部分があるが、私がその引き金を引くのは問題がある気がする。これは私の胸の中にしまっておこう。

 その後、国友さんと願望は気が合ったようで、「この部屋にしばらくいるといい」なんて願望が言い出し、かなり焦ったが、これを国友さんが断り、彼は夕方に部屋を出て行った。

 今日のことは決して書かないでおこう。

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