03 柳橋美湖 著 雨 『戦国サーガ 』
前回まで/戦国時代末期。越後の上杉家食客・前田慶次郎は、猫と人の世界を行き来する存在・猫又の未唯を、異種族が住む島・真淵湊から救出。その後、主命により近隣諸国を内偵していた。常陸国佐竹氏の領国で、大掾氏氏が、異界の種族と手を組み、現世に侵攻しようとしている状況を知った慶次郎たちは、そこの城に飛び込んだ。すると、時空を超え、白猫の支配する都市国家・白猫城に転移し、さらに黒猫と化した未唯にいざなわれて、黒猫城へ飛ぶ。そこで、終神の存在をしることに……。
黒猫城の市場には南蛮の大砲から天竺の香料まで何でもあった。商いにくる種族もさまざまである。中には鳥が進化したタイプの鳥人、両生類が進化したタイプの蛙人までいる。
鳥人は羽の先に指が生えていて、それを器用に操って道具をつくる。細工ものはあらゆる種族のなかで、彼らがもっとも卓越していた。
蛙人はずんぐりむっくりしている。寡黙で藪にらみ。ものをつくるというよりは、どこか得体のしれない空域から、希少な物資を運んでくる。そこが重宝される。慶次郎が背負っている大業物・拍竿刀の原材料である半透明な金属鉱石も彼らが運んできたものだ。
三雲佐助たち徒士衆は、スペイン人やオランダ人の露店をみつけて、金平糖や天婦羅を買って頬張っていた。
前田慶次郎を案内していた黒猫将軍・主水が、たち込めてきた暗雲に危惧していた。
「黒雲ではなく赤い雲。それに意味があるのか?」
「さよう」
熊のような巨体の黒猫が腕組みをして、しばらく遠方を睨みつけると、急に警鐘を鳴らすかのような遠吠えをした。
轟……。
城門が閉ざされた。市井を行き交う者たちは、一斉に建物に逃げ込んでゆく。代わって宮殿や官衙からは衛兵が飛び出してきた。城壁に置かれた大砲が赤い雲にむけられる。大砲の周りを固める鉄砲隊の銃口も同じところをむけられている。
赤い雲がなおも城に近づいて、あと少しで地上にたどり着くというころだ。黒猫将軍が、三日月刀を引き抜いた。一斉射撃だ。
――撃てえっ!
ずどどど。
夢か幻か、空から人のような獣のようなものが、ばさばさ落ちてくる。なおも雲が寄ってきて、黒猫城の真上までやってきた。そこで、おびただしい白い猫が、大の字に四肢を伸ばして滑空してくるや、地面すれすれで、身体をまるめて着地した。それらは毬のように弾んだかと思うと、宙で再び四肢を伸ばし、また着地。今度は背中の刀を引き抜いて、天にむかって大砲を撃った黒猫兵に、逆襲に討ってでたではないか。
そういうおびただしい数の「白い毬」が、地面をポンポン跳ね、やがて四肢を伸ばし、町中を駆けまわりだした。
白猫衆のなかに、すらりと背が高い者がいた。白猫将軍だ。
「エルリック!」黒猫将軍がつぶやいた。
エルリックと呼ばれた白猫将軍が爪をすらりと伸ばすと、三振りの剣を束ねたような恰好になる。猫族たちはそれを剣爪と呼ぶ。それを振りかざして、火花を散らす。白猫将軍の動きは速い。
破壊力が強い黒猫将軍・主水の爪が、彼の鎧をかすることはあるのだが、致命傷を与えられな
い。
対して白猫将軍は、黒猫将軍に致命傷を与えるというわけでもないのだが、わずかな速度差が生み出す時間的余裕。その合間に、浅い傷を何回も食らわせてゆく。ダメージが重なると重傷だ。黒猫将軍が膝を土に着けることになった。
「楽しませてくれたな。主水。じゃあな。とどめだ」
最後の一撃を食らわせる直前だった。
佐助たち五人の徒士たちと、群がる白猫衆数人とまとめて戦っていた慶次郎が、それを適当にあしらって、黒猫将軍・主水援護に回ってきた。
「すまぬ」
「気にするな」
拍竿の一撃は重たい。白猫将軍エルリックが受けた衝撃は、三本の爪のうちの一本を折るには十分の破壊力があった。エルリックは、爪の折れたあたりを、ぺろり、と一舐めすると引っ込めた。そして代わりに、背中の大剣を引き抜く。
銀色の長い毛がひらめく。
ズン。
大砲を撃ったかのような地響きがした。辺りで戦っていた白・黒二種の猫族の双方が、波動で吹き飛ばされる。慶次郎麾下の徒士五人衆も、地面を転がった。
轟音が鳴るとき、稲妻みたいな閃光まであった。
(真淵湊が異界への入口だとして、そこに住まう白猫将軍が、拍竿刀と同じものを持っていたとしても、何ら不思議はない)
痛い眩しさに、思わず双眼を閉じた慶次郎に、鋭い一撃が入る。脇腹をかすった。深手というほどではないのだが、彼の動きをいくぶんか遅くするには十分であった。慶次郎の後ろには新妻の未唯がいる。
その未唯にむかって、エルリックがいった。
「未唯姫、大人しくこちらにくればよいのだ。そうすれば誰も傷つかぬ。この男も死なずにすむ」
未唯は震えながらいい返した。
「旦那様が貴男なんかに敗けるものですか!」
慶次郎が屈した膝を地面につけようとした刹那だ。銃声が鳴った。
「なんだと。卑怯な――」
「おいおい、これは戦争。仕掛けてきたのはおまえだ。卑怯もへったくれもあるかね?」
鎧の帯に、慶次郎は、銃身を短くした火縄銃を突っ込んでいる。そいつを左手で引き抜き至近距離から白猫将軍を撃ったのだ。
エルリックの口から血がでている。
「くそっ!」
悔しげにつぶやいた、彼は後方に引き下がり、手を挙げた。
白猫族二人が、肩を貸してやり、城壁を飛び越え、また天空に飛翔する。黒猫城で戦っていた麾下の白猫たちも、後に続いて宙に跳ぶ。すると城壁すれすれに、エイに似た有翼巨大生命体が、飛んできて、彼ら白猫たちを回収して行く。
白猫族の奇襲はどうにかかわすことができた。敵が空の彼方に消え去ると、赤い雲はなくなって、代わりに、灰色の雲となり代わりに雨が降り出してきた。
未唯が跳びあがって慶次郎の背中に抱きつく。半分猫化して、耳と尻尾が生えてきている。笑みが猫目になって、猫の髭まで這えているではないか。
「未唯、女の子は髭を生やさないほうがいいぞ」
「だって嬉しいんだもん♪」
慶次郎の首筋に髭が、こちょこちょ、くすぐっている。巨体の男は堪らず笑いだした。
つられて、黒猫将軍・主水、続いて三雲佐助を筆頭とした徒士五人衆が笑い転げる。
城中の者たちは皆、ずぶ濡れになっている。
Followed




