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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第36集(2013年6月)/「雨」&「スイーツ」
57/63

02 紅之蘭 著  雨 『アラビアのロレンス 』

 砂漠に雨は降らないかというと、そうでもない。少なくとも、シリア砂漠は、冬になると雨季を迎える。紅海の付け根の入り江にあるアカバ港を占領したアラブ軍は、シリアの古都ダマスカスを占領すべく、行軍していた。地中海側を英国軍が、シナイ半島から、死海を抜けて行軍するのが、アラブ反乱軍だ。

 アラブ諸族の戦争を、英国将校たちは、「ピクニック」といった。

 ダマスカスから南のメジナに至るヒジャーズ鉄道沿線を死守トルコ軍拠点の町を潰したり、引いたりしながら、僕らは戦ってきたものだ。山砲や機関銃の弾丸が飛び交う中、アラブ兵は、ダイナマイトを仕掛けて、機関車輸送車両を止めた。そこまではいいとしよう。すると連中は、戦闘をそっちのけにして、袋詰めにされた物資を担ぎ上げて、キャンプに戻り、珈琲の宴を始めてしまう。

     *  *  *

 トルコ帝国軍は、ダマスカスの防衛拠点に、タフィーラというオアシスの町を選び、兵力を集結させていた。そのあたりで戦闘をしていたときのことだ。反乱軍は、雨季で身動きが取れない。放棄された集落があったので、僕の部隊は廃墟に身を寄せることになった。

 アカバからは英国従軍取材班が加わっている。記者・カメラマン、ついでに画家までいる。若手の画家ケニトンは、美術学校出の、陽気な、ごく普通の青年だ。砂漠やオアシスといった風景はもっぱらカメラマンの仕事で、画家は僕の周りにいる人物たちをスケッチしていた。稀にアラブの王侯貴族、高官たちも描いたが、大半は、僕の麾下のアラブ兵を描いたものだった。

 冬の雨は底冷えする。

 焚火で暖をとりながら、ケニトンがスケッチしているのは、マフマスという青年だ。浅黒い肌、痩せている。女性的な容貌なのだが、目ばかりはギラギラしている。ターバンを被り、アラブ服をまとい、胸のところに拳銃、腹に半月刀を帯びている。

 画家は、モデルの青年に、「半月刀を引き抜いて構えていてくれないか」といったらしい。彼はしばらくはそのポーズでいた。

 そこに、偵察隊に加わって出ていた僕が部屋に戻った。

 ――なんだ。この殺気ばった空気は。

 マフマスがずぶ濡れになった僕をみやった。

「ずぶ濡れ。いらいらするぜ、雨。莫迦絵描きも血の雨を流しやがれ!」

 刹那、チーターみたいに躍りかかって、仰向けになった画家にまたがって、半月刀を振りかざし、喉を掻き斬ろうとした。

 僕は慌てて、僕は奴の腕をつかんで止めた。危ないところだった。

 画家がヒクヒク泣いている。

     *  *  *

 アラブ人は、「ピクニック」がなくなると、凶暴になり、喧嘩ばかりするようになる。僕たちの唯一の慰めといったら、ラクダ好きの青年で、家畜小屋とした廃墟のに、一頭一頭名前を呼んではブラッシングしてやったものだ。みると、その彼はびっこをひいているではないか。犯人は判っている。マフマスだ。

 一口に、アラブ人といってもいろいろいる。クールな部隊幹部の族長がいった。

「あいつは、キレやすい。一種の殺人狂だ。有能な駱駝騎兵が二人もあいつに喧嘩をふっかけられて殺された。ロレンス、あんただって、いつやられるか判ったもんじゃない。そうなったら、ファイサル王子に申し訳がたたない」

 マフマスがうちの部隊から追放されたのはいうまでもない。

 それにしても、反乱軍アラブ兵による予想不可能な無軌道ぶりには、いつも悩まされる。特に雨季は。

     END

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