08 まゆ 著 映画 『八ミリの向こう側』
雨戸を閉めた暗い部屋で、八ミリ映写機の軽いモーター音が響く。
スクリーンに暗い場面が写し出され、黒い画面にフィルムの傷が稲妻のように走り、やがて数字のカウントダウンが始まった。
■■■④■③■②■①■……
銀幕と言ってもリビングに立ててある持ち運びできるスクリーンには、わたしと同じ年くらいの女性の真正面を向いた笑顔が映し出されていた。二重の目を細めて、白い歯を見せ笑いかけ、こちらを指差している。
「これが、詩織のお母さんだよ。きれいだろ」
と、父が言った。
母はわたしが生まれるとすぐに亡くなったので、わたしは母の顔を見たことがなかったのだ。
父はお世辞にもカッコいいと言えない体型なのだけど、こんなきれいな母がなぜ父といっしょになったのだろう。若いころは少しはマシだったのかもしれないけど。
父と母は大学の映画研究会だったと言う。父がカメラマンで母が女優役だったのだろう。
「女優志望だったと言うのはウソではなかったのね。でも、どうしてあきらめたの?」
「あがり性でね。どうしても笑顔が作れなかったんだ」
「こんなに、良い笑顔なのに?」
「これは、父さんが撮っていたからね」
「つまり、これは好きな人にだけ向けられる飛び切り上等の笑顔ってわけね」
「いや、父さんのズボンのチャックが開いていたんだ」
スクリーンの反射光にほんのり照らされる父の横顔は、かすかに赤みがかかっているように感じられた。
「あの、笑えばいいのかな? お母さんの笑顔が見られるのはうれしいけど、なんでこんなの見せるのよぉ」
「こんど、DVDにダビングしようと思ってな。八ミリも今回が最後だ。それで、あまったフィルムがあるのだが、お前を撮りたいと思ってね」
「わたしは、ダビングのついでで、あまったフィルムで撮られるってこと?」
「いいや、最後の八ミリ女優としてフィルムに収まってほしい」
なんだかと思えばそんなことか。
母の笑顔にかなうとは思わないけど、それくらいならいいか。
わたしがうなずくと、父は大喜びで映写機を片付け始めた。
雨戸をあけると、初夏の眩しい青空が広がっていた。
わたしと父と、河原までドライブ。
石原に降りると、父が八ミリカメラを担ぎ片手で指示を送った。
「フィルムは、残り少ない。ほんの一分間くらいしかないから」
一分で終わるのね。
わたしは、カメラに向かって必死に笑顔を作る。
「どうした、詩織、腹でも痛いか?」
わたしは、首を横に振り髪を直す。
いざ、撮られるとなると緊張するものだ。顔が引きつっているのがわたしにもわかる。
フィルムが残り少ないとか言うから……。
「あと、三十秒しかないぞ」
焦るとなおさら笑顔を作るのが難しいよ。
そのとき、わたしは父を指差して笑ってしまった。
「そうだ、その笑顔だ!」
二十年前と同じ手を使う父と、分かっていながら、それに引っかかってしまったわたし。
母は、このとき、父を好きになったのだとお腹を抱えながら思った。
《おわり》




