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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第35集(2013年5月)/「5月病」&「映画」
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06 レーグル 著  5月病 『作戦名 セイブジアース』

 世間は今、伝記ブーム。商業利用が許可されたタイムマシンを使って過去の偉人に『実際に』密着して書かれた伝記が大ヒット中。作家志望の私は世界を救った偉人、高畑願望のぞみの伝記を書くため、二十一世紀後半の日本に移動し、美木と名乗り、彼の研究所に助手として潜入した。しかし、なんと彼は世界征服を目指す自称『悪の科学者』だったのだ。私は、そんな彼が公的機関のお世話にならないため、未来の技術を大久保光太郎という高校生に貸与し、正義のヒーロー、ジャスティストラベラーとして願望の悪事を大事にならないうちに止めてもらっていた。のだが、なにかおかしい。


 いつもの午後。いつもの研究所。いつものワイドショー。私とテレビ大好きアンドロイドのヤマモト君は二人で並んでテレビを見ていた。最近は毎日同じような話題ばかりだが、誰も飽きないのだろうか。そうは言っても、私自身、他に見る番組も無いし、つい見てしまっている。つまり、そういうことなんだろう。

 先月施行された『ヒーロー登録条例』のおかげで、街にはヒーローが溢れた。日本各地で誕生したヒーローたちの話題は一日二日では当然終わらず、連日どこでどんなヒーローが生まれ、どんな活躍をしているのかと報道している。警視庁のジャスティスポリスマン、『光』という漢字をモチーフにしたマスクが眩しい観光庁のシャイニングトラベラー、五つの企業が合同出資して作ったジャスティスレインボー、「負けるな日本のご飯」が合言葉のシルバーライスマン等など。たくさんのヒーローが生まれたのだが、皆、どこかで見た衣装だと思ってよく考えると、全身タイツにマスク、肩当て、ベルトとブーツという格好はジャスティストラベラーによく似ている。これが現代のスーパーヒーロー像なのだろう。

 一方、そのジャスティストラベラーは最近姿を見せなくなった。私も光太郎と連絡を取ろうとしているのだが、返事は来ない。それも無理も無い話で、条例施行時から風向きが悪かったジャスティストラベラーは、他のヒーローが増えるにしたがって「不要論」や「排斥運動」によって、徹底的に糾弾されたのだ。未来人の私なら気にしないが、中身は正義感の強いただの高校生であるジャスティストラベラーには辛かったのだろう。ほとぼりが冷めるまで、しばらくそっとしておくつもりだ。

 問題は願望だ。今月の初めごろに何度か対ジャスティストラベラー用の怪人を連れて街に出掛けたのだが、ジャスティストラベラーは一度も現れず、邪魔しに来た他のヒーローを蹴散らして帰って来ることが続いた。それから願望は明らかにやる気が無くなっていき、最近はこんな時間までずっと寝ている。光太郎も不調だし、大人しくしているのは良いのだが、不健康な生活はやめさせたい。そんなことは出来れば書きたくない。テレビがコマーシャルになったのを見計らって、私は彼の部屋のドアを叩いた。

「博士。もう三時過ぎですよ。そろそろ起きてください」

 ドアの向こうでしばらく物音がして、ゆっくりと願望がドアを開けた。

「おはよう」

 言い終わらないうちに願望が欠伸をする。

「だから、もう三時です。早く顔洗って来てください」

「うむ。二度寝、三度寝までは気持ち良いんだが、四度寝、五度寝となるとただ横になるのも結構大変だな」

 寝巻のままの願望が洗面所に向かう。

「無理して何度も寝る必要はありませんから」


 しばらくして、顔を洗って戻ってきた願望だが、まだどこか気だるそうにしている。

「実は、僕は病に冒されているのだ」

 病気。その考えは無かった。大事な時期だから、大事にしなくては。

「その病の名前は『五月病』。うつるといけないから、僕は部屋に戻るよ」

 そう言って、願望がドアに手を掛ける。

「ヤマモト君。『五月病』ってどんな病気なの?」

 私はソファに座っているヤマモト君に聞いた。

「四月に入学入社した新入生や新入社員が新しい環境に適応しきれずに、五月頃にうつに似た症状になることですね」

 願望の動きが止まる。

「じゃあ、博士のは」

「はい。全く関係ありません」

 心因性のものなら、物理的にうつることも無い。部屋に逃げ込もうとする願望の手を掴む。

「世界征服をやめて大人しくしているのは別に構いません。でも、不健康な生活は博士のためにならないのでやめてください。病気だなんて、嘘まで吐いて」

「はい」

 こっちを見ないまま、願望が頷く。

「心配したんですからね」

 一瞬だったけど。そう思った瞬間、願望がくるりとこちらを向いた。

「今のを、もう一回言ってくれないか」

「はあ?」


 その後、なぜか上機嫌で部屋に入っていった願望は、数分後に着替えて出てきた。なぜかスーツ姿で。

「どうしてスーツに」

 私が呆れながら疑問を口にした。

「これはただのスーツではない。その名も『迷惑王メイワーキング』。一日一悪をモットーに、どんなにやる気が無い日でも、内蔵された自動労働機能により体を自動で動かして世界征服活動をしてしまう驚きのスーツなのだ。パワーアシスト機能で実質的な瞬発力は数十倍、スタミナは数百倍になるのに、肉体への負担はほとんど無い。しかも、装着者の思考を読み取って、やらないといけない行為を高確率で察知するから、精神的な抵抗も無いのだ。他にも様々な便利な機能が付いているんだぞ」

 流石にさっき部屋に入ってから作ったわけじゃないだろう。願望も自分の現状をどうにかしないといけないと思って、こつこつ作っていたに違いない。それはいい。

「な、なんで着たんですか」

「なんでって、迷惑王は男物のスーツだから美木君は着られないし、ヤマモト君はアンドロイドだから」

 わざわざ着る必要は無かったと思うのだが、願望はなにがいけないんだ、という顔で見つめ返してくる。

「まさか、機能をオンにはしてませんよね?」

「迷惑王の自動労働機能は、着た瞬間に起動するのだ。一分の隙も無いだろう。今は僕がやるべき行為をサーチ中だ」

 たしかに部屋でダラダラしているよりは何かするべきだとは思うが、このスーツのモットーとやらが危険だ。ジャスティストラベラーが動けない今、願望を街中に出したくない。まずは、そのスーツを脱ぐように説得してみることにしよう。

「大変なことが起こりました!」

 しかし、そんな私の考えを吹き飛ばすように、テレビから女性の叫び声に似た言葉が届き、私と願望はテレビに目を向ける。

「逃げまどえ、一般市民よ。私の名前はギルティダーク。無用に増えた『正義』を名乗る者どもを裁く者だ」

 画面中央に、なんか頭が痛くなるような台詞を言っている者がいた。色は黒というよりは『闇』に近く、昼間の街中に立っているのに、まるでシルエットのように見える。しかし、その影を良く観察すると全身タイツに肩当てなど、他のヒーローと同じような格好をしていることが分かる。そして、どこかで見たことがあると思ったら、あの装備はジャスティストラベラーの服に良く似ている。そう気付くと同時に、私は不思議な色合いが意味することに気が付いた。

   ☆

 視覚的な色というものは物質がどんな波長の光を反射するかによって決まり、反射する光が少なければ黒に近くなる。反射されない光はその物質に吸収されたということだが、現代の科学ではあそこまで光を吸収する素材は作れない。おそらく、未来の技術である次元間エネルギー活用装置の機能で光を全て吸収することによって、黒を通り越して『闇』色になっているのだろう。つまり、あれは光太郎だ。

「ギルティダークだと」

 願望はテレビを見ながらそう呟くと、急に体の向きを変え、自分の部屋へと飛び込んでいった。

「どうしたんですか」

 私が後をついて行って部屋の中を覗くと、願望はいつもの白衣、マスク、マフラーを身に付けているところだった。

「今、迷惑王の自動労働装置が働いているのだ。体が勝手に動くと言うのは、少し変な感じがするな」

 願望はそう言いながら、部屋から飛び出てリビングを突っ切り、玄関へと向かう。

「ノゾミさん、どこか行くんですか?」

 ヤマモト君が呑気に声を掛ける。願望は振り向きもせず、玄関へと消えていった。

「ヤマモト君、今はドクターガンボーと呼びたまえ」

 玄関からそう言う声だけ聞こえると、ドアを開ける音と閉める音がほとんど同時と思われるようなタイミングで響き、静かになった。我に返った私は、慌てて後を追って玄関を出たが、すでに廊下には願望の姿は無かった。

「まさか、あれじゃないわよね」

 ここのマンションの廊下は私の胸の高さから上は壁が無く、街を見下ろせるようになっているのだが、そこから家々の屋根の上を移動する人影を見つけることが出来た。もう、嫌な予感しかしない。

 ジャスティストラベラーを任せるにあたって光太郎に貸した次元間エネルギー活用装置は、あらゆるエネルギーを自分の思った通りに操作することが出来る装置だ。簡単に言うと、どんな量のどんな種類のエネルギーでも一瞬で吸収、放出が出来る。つまり、どんな物理攻撃も効かないし、その気になれば地球を破壊することだって簡単だ。願望のスーツはこの時代ではかなり高性能と言えるが、戦ったら相手にならない。

「仕方ない」

 私も自分の次元間エネルギー活用装置をオンにして、願望を追いかけることにした。


 私が現場に着くと、そこは意外なほど静かだった。もうほとんどのことが、あらかた終わっていたからだろう。私は物陰から様子を窺うことにした。

「力の無い正義など、何の意味も無い」

 なんかそれらしいことを言いながら、ギルティダークがカメラに近付いていく。周りには、すでに戦闘不能になったヒーローたちが何人も倒れこんでいる。次元間エネルギー活用装置には安全装置が付いているので、死んだり怪我をしたりはしていないはずだが、ピクリとも動かない。この状況で残っているカメラクルーは逃げ遅れだろうか。

 それにしても、願望を追って来たのにどこにも見当たらないのはどういうわけだろう。

「立て」

 ギルティダークは腰を抜かしていた女性レポーターの腕を掴んで立たせる。

「この私を止めることが出来るのはただ一人。こんなヒーローたちよりも、ずっと強い男がいる。分かるな?」

 レポーターが首を横に振る。すると、ギルティダークは彼女の細い首を掴んで持ち上げる。彼女の足が地面から離れた。しかし、次元間エネルギー活用装置には安全装置が付いているので全く苦しくないはずだ。彼女も少し戸惑っている。

「彼こそが本当の正義。他は彼の真似をした紛い物に過ぎない。さあ、彼の名前を言ってみろ」

 ギルティダークがさらに彼女を高く持ち上げる。

「他の、ヒーローたち、よりも強い」

 雰囲気に飲まれたのか、なざか女性レポーターが途切れ途切れに言葉を発する。

「そうだ」

 どこか嬉しそうに、ギルティダークが言う。しかし、彼女が口にした人物の名は、彼の予想とは全く違ったものだったんだろう。

「ド、ドクターガンボー」

 たしかに願望は今月に入ってから何度かヒーローたちを蹴散らしたりしたことはあるけど、一応、悪の科学者ってことになってるはずだよ。

「そこまでだ。ギルティダーク!」

 そして、待っていたかのように、願望が現れた。彼らの近くのビルの屋上だ。まさか、本当に待っていたのか。いや、そんなわけないか。

「世界を征服するのは、この僕、ドクターガンボーだ。お前の好きにはさせん!」

 願望はそう言って、屋上から飛び降りると、ギルティダークの目の前に着地した。ギルティダークがレポーターを乱暴に投げ飛ばしたが、安全装置のおかげでかすり傷一つ無いだろう。そして、願望とギルティダークが向かい合った。

「このタイミングで貴様が出て来るとはな。だが、邪魔だ。消えろ」

 ギルティダークの言葉に、願望が不敵に笑う。

「やってみればいい。この『迷惑王』には、戦闘モードもある」

 両者が構え、まさに一触即発の状態だ。そして、睨み合いは長くは続かない。

「ダークパンチ!」

「ガンボー右ストレート!」

 両者が叫びながら拳を放った。ギルティダークの攻撃は地球すら破壊出来る。もちろん、願望に当たれば空の彼方まで飛んで行ってしまうだろう。しかし、この距離なら私の端末から次元間エネルギー装置をオフに出来る。

「ぐわ」

 間抜けな声をあげてギルティダークとか名乗っていた光太郎が倒れる。さっきまでの『闇』色は取れてジャスティストラベラーの服だ。これはこれで面倒になるので、私は広域情報操作装置でギルティダークは空の彼方へ飛んでいったことにした。さらに、光太郎のジャスティストラベラーに関する記憶を消去し、貸与していた未来の装置も返してもらった。

「ふう」

 一通りの作業が終わって、私は一息吐いた。カメラとマイクを向けられ、少し照れながらインタビューに答える願望を見ながら思う。こんなの書けるはずが無い。


 研究所に帰ると願望とヤマモト君が呑気にテレビを見ていた。

「おかえりなさい。どこ行っていたんですか?」

 ヤマモト君が私に気が付いて振り向く。二人は私が現場に行っていたことを知らない。

「博士を探してました。どこ行ってたんですか?」

 私はまずヤマモト君の問いに答えて、それから今度は白白しく質問する。

「ヤマモト君、美木君が僕の雄姿を見たいそうだ」

 自信たっぷりに笑みを浮かべながら願望が言った。おそらくヤマモト君がいつもの調子であの番組を録画していたのだろう。それを再生するためにリモコン操作をしようとした時、急に画面が切り替わり、慌てた様子の男性アナウンサーが映った。

「え、ここで番組の内容を変更して、緊急のニュースです。首相官邸より重要なお知らせです」

 アナウンサーがそう言うとまた画面が切り替わり、真剣な表情の内閣総理大臣が映る。

「まず、単刀直入に事実を」

 総理に向けて無数のフラッシュが焚かれる。

「地球は、いえ、この宇宙は、一ヶ月後に消滅します」

 画面の向こうで大きなどよめきが起こり、記者たちが口々に質問をする。願望は首を傾げながらテレビ画面を見ていた。


 彼が世界を救うまであと一ヶ月。

     了  

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