05 紅之蘭 著 映画 『.アラビアのロレンス』
砂漠を南北に縦断する長い鉄道路線沿線にあるオアシスの小さな町だった。アラブ反乱軍の支配下にあるところだ。日干し煉瓦の市街地の真ん中を、泉から湧き出す水が川となって流れ、ナツメヤシ畑の茂みから子供たちが飛び込んでいる。そんな風景が望める喫茶店だった。
僕がアラビア珈琲を口にしていると、テーブルの横に、でっぷりとした髭モジャの男が立った。
「ハーイ、ロレンス少佐? 英国陸軍従軍記者のローウェルです」
ローエルは名刺をだした。彼の後ろには撮影スタッフがいる。映画用フィルムカメラが回っている。スポットがこちらに向けられて眩しい。
珈琲ブレイクを邪魔された僕は苛立った。英国軍は、戦意高揚を計り、ヒーローを求めていた。うざい話だが、主役に僕を祀り上げようとしていたのだ。腹はみえている。しかし彼の背後には国家の意向があるわけだから断るわけにはいかなかったのだ。
* * *
第一次世界大戦が、砂嵐のように吹き荒れる中、英国少尉だった僕、トーマス・エドワード・ロレンスは、予言者マホメッドの末裔でカリスマ的な将軍ファイサルとコンタクトをとり、英国側につかせることに成功した。
また僕は、英国陸軍上層部に、同盟関係となったアラブ反乱軍が、鉄道破壊を繰り返し行うことで、トルコ帝国をアラビア半島に釘づけにし、敵がヨーロッパ戦線に向わないようにする作戦を立案提出。これが受理された。
功績によって僕は、英国陸軍少佐に昇進。さらにファイサルから駱駝騎兵と歩卒からなる百人隊を預けられ、作戦を実行に移した。
攻撃対象となる鉄道というのは、一九〇〇年、トルコ皇帝の肝いりで、同盟国ドイツが建設したヒジャーズ鉄道だ。ドイツ・コッペル社製の蒸気機関車が、廃墟の要塞が点在する砂漠を行き交い、地中海に近い古都ダマスカスから、紅海に面したアラビア半島の東岸を抜けて聖地メッカを結ぶ約一〇〇〇キロの路線だ。
僕の指揮下にある反乱軍部隊は、帝国軍鉄道守備隊の隙をついて、電報や電話といった通信網の電線を切断し、線路にダイナマイトを仕掛ける。
帝国軍は、もてる兵力の大半を、鉄道路線全線に、べったりと、貼り付けざるを得なくなった。しかもこれだけ長いものだから、隙ができ、小部隊でも効果あげることが可能だったわけだ。
地味な作戦だが思惑はものの見事に的中した。
* * *
後年、ダマスカスを英国軍とともに占領したファイサルと一緒にその報道映画をみた。アラビア風の白い民族衣装をまとった僕が、シナイ半島の付け根で紅海に面した港湾都市アカバを攻略する映像が映し出されていた。
それ以来だ、ときどき僕の幕舎を訪れる英国陸軍通信兵が、どっさり、封筒を置いてゆくようになったのは。
「――少佐、お手紙です。ほとんどが若い女性からのものです。モテモテですね、まるで、映画スターみたいですよ」
「うるさい」
軍部からのもの、学生時代の友人、家族からのものがごっちゃになって、貴重な余暇が削られる羽目になった。そこへまた、でっぷりした髭モジャが能天気じみた顔をだした。
「ハーイ、ロレンス少佐、ご機嫌いかが?」
「いいわけないだろ!」
そいつの胸元に、束になったファンレターの束を叩きつけ、横にいた僕付の従者である少年兵に、水を持ってくるように命じた。
END




