04 柳橋美湖 著 五月病 『戦国サーガ』
前回まで/戦国時代末期。越後の上杉家食客・前田慶次郎は、猫と人の世界を行き来する存在・猫又の未唯を、異種族が住む島・真淵湊から救出。その後、主命により近隣諸国を内偵していた。常陸国佐竹氏の領国で、大掾氏氏が、異界の種族と手を組み、現世に侵攻しようとしている状況を知った慶次郎たちは、そこの城に飛び込んだ。すると、時空を超え、白猫の支配する都市国家・白猫城に転移し、さらに黒猫と化した未唯にいざなわれて、黒猫城へ飛ぶことに……。
黒猫と化した未唯にいざなわれた慶次郎と麾下の徒士五人は、ふわふわ、舞い降りて行った。未唯がいう。
「ねえねえ、旦那様。異界と異界を結ぶ狭間、そこの入り口をなんていうかご存知?」
「判らんね」
偉丈夫の人・慶次郎が答えると、彼女は、くすくす、笑う。
「なあ、未唯、焦らすなよ」
黒猫が振り向いた。
「魔性の魔に縁日の縁、それで魔縁って書くの」
「マブチ……」
マブチといえば、異形の一族・真淵衆が支配していた北陸の小島、真淵湊を思い出す。生贄にされようとしていた未唯と出会い、救ったのもそこだった。
慶次郎につき従う徒士五人は、三雲佐助、霧隠才三、三好清海、由利鎌之介、穴山小介である。佐助は中背だが筋肉質で人好きがする。その彼が、わっ、と大声を挙げた。黒猫都城がみえてきたのだ。
文字通り黒い猫の形だ。付け加えるならば、都市の輪郭である城壁が、楕円に近い形で、二つの耳にあたる張出した郭があり、そこが城への入り口になっている。尻尾にあたるのが帯郭で、出城のような役割をしているようだ。
一行は、双耳の形をした入り口に、静かに舞い降りた。
するとだ。
「歓迎かな?」慶次郎がいった。
「違うみたいですぜ、旦那」佐助がいった。
門前に立っていたのは外套を羽織った鎧武者姿の黒猫だった。巨体の慶次郎くらいの大きさがあり、正確にいうなら黒豹というべき相手だった。そいつが、肩にかついだ抜身の太刀をかざして、襲い掛かってきたではないか。
対する慶次郎も飾り太刀を引き抜く。日本国はもとより、明国・韓国やら南蛮なんかとも全く違った構造で、刀身には幾何学文様が彫ってあって、硝子のように半分透けている、不可思議な金属だ。彼をして拍竿刀と名付けられている。
ズドーン。
慶次郎が鞘から刀身を引き抜くや、雷のような轟音が起こる。同時に、凄まじい波動が、周囲にいた徒士たちをも、のけ反らせ、立っているのがやっと、という具合にさせた。このとき、 大黒猫の剣が真二つに折れてしまう。その人が、次の太刀で、とどめを刺そうとしたとき、間に、未唯が割って入った。
「黒猫将軍・主水、出迎え、大義である」大黒猫に背を向けたまま未唯がいった。体毛に覆われ、耳と尻尾はついているままだが、顔が人の形になりつつある。
「姫君の御帰還、執着至極……」黒猫将軍と呼ばれた外套の大黒猫が片膝をついて拱手の礼をとったのである。
*
その夜、王宮では宴が催されていた。
マタタビで造ったという、美味いとも不味いともいいがたい不可思議な味のする酒を大杯に注がれる。一行は純度が極めて高く猛烈に酔った。
黒猫城は都市国家である。そこの国王は慈久、王妃は伽夜という。慶次郎が真淵湊で救い妻とした、猫と人との世界を往来する猫又の未唯は王女ということになる。
「慶次郎殿といったな。婿殿、事情は未唯から訊いた。供の方々もわが城でくつろがれよ」玉座に座ったあごひげの長い国王猫がいった。
「わが娘・未唯が、敵対する白猫都城の白猫将軍零にさらわれたときは、二度と会えぬものと覚悟しておりました」次席に座った手足の長い王妃猫が涙をこぼした。
国王夫妻のいる主座と対面した石畳の床に、ふかふか、座蒲団が敷かれ、六つの膳が置かれている。そこの真ん中に座っているのが慶次郎だ。
「よく判らぬな、何ゆえに、黒猫衆と白猫衆が争う? なにゆえに姫がさらわれる?」
主座と客座の中間に、供応する格好で席を置いていたのが、黒猫将軍・主水だ。豹のようなガタイをした彼が、事の顛末を話した。
「もともと黒猫都城も白猫都城も一つの町でござった。そこに住む猫又衆は、隊商を繰り出して、人界とは限らず、さまざまな異界へ繰り出したもの。ところが百年ほど前に、白猫衆が、未知の空域に迷い込み、アレと出会ったのだ」
「アレとは?」
巨体の黒猫将軍が口にするのをためらった。
代わりに、未唯が口を挟む。
「終神……」
佐助たち五人の徒士が互いに顔を見合わせた。
――終神だと? 世の中を終わらせる禍神というわけか?
黒猫将軍・主水と未唯がうなずいた。
主水は腕組みして、「異界五月になると国王陛下・主上の通力が弱まる。去年の今頃だ。奴らめ、事もあろうに、未唯様を終神への生贄に供じようとしたのだ」と言い捨てた。
――なら今年も敵が踏み込んでくるというのだな。
と慶次郎は思った。
END




