05 まゆ 著 蛇 『すてきな先輩奇譚』
みんなが言うには、わたしの好みは変わっているらしい。
好みというのは男子に関しての好みだ。
いわゆるスポーツマンとかイケメンとかに興味がない。
わたしは、高校に入学していらい三ヶ月の間に、三人に告白されて全部断った。
テニス部の岡田先輩と、軽音部の田中くんと、落研の原田くんだ。
まあ、原田くんは、半分ギャグで玉砕ネタにしたかっただけかもしれない。
友達は、もったいないとか信じられないとか言っているけど、つきあう気が無いのだからしかたがない。
わたしが思っている人は一人だけ。
三年生の平山先輩だ。
平山先輩の棒の様に、すらりとした学ラン姿を思い出しただけで、頬がポーッと熱くなる。
(友達は、長すぎて変だと言う)
人より少し間が開いていて、視界が広そうなビロードの目。
(友達は、開きすぎだって言う)
時折、チロチロと口元からのぞく器用そうな舌。
(友達は、キモイって言う)
神出鬼没で、思わぬところに現れて、いつの間にか姿を消す神秘性。
(友達は、暇を持て余して、ぶらついているだけだろって言う)
ノッポな体を時折、大海原に漂うヒモのようにくねらせる姿。
友達は、「くねくねの正体って平山先輩じゃない?」とか言う。
くねくねってのは、都市伝説の一種で、人の形をした正体が不明の物体だ。
白かったり黒かったりするけど、くねくねとした動きをして、田んぼや町の中や海岸などに現れるらしい。
それが何なのか分からないけど、分かったら気が狂ってしまうのだそうだ。
平山先輩がそんな妖怪じみたもののはずが無い。
まったく失礼な話だ。
まあ、そんな訳で、わたしは、ついに決心したのだ。
平山先輩に告白すると。
その日は、心地よく晴れていた。
河川敷のグラウンドでは、サッカーボールを追いかける子供たちの歓声が響いていた。
わたしは、堤防の上をひょろ長い影を目指して駆けていく。
平山先輩は、わたしがお願いしたとおり、放課後の堤防の上で待っていてくれたのだ。
呼び出したわたしの方が遅くなるなんて、走って誠意をみせるんだ。
先輩の前まで来て、膝に手を置き、大げさに肩で息をする。
「ごめんなさい。ホームルームが長引いちゃって……」
先輩を見上げると、ちょろっと赤い舌をだし、離れた目でわたしを見つめる。
笑っているように見えて何も考えていないようにも見える哲学的な視線だ。
「あの……わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
わたしは、頭を下げ腰を九十度に折った。
そして、先輩の目を見つめて言う。
「あの……迷惑でなかったら……つきあってください……」
平山先輩の目から発射される金属色のメタルエスカレーションビームに私のハートは射貫かれてしまったようだ。
まるで、ヘビににらまれたカエルじゃなかった……光る君の前の紫の上、ロミオの前のジュリエット、イワシの前の猫だった。
平山先輩はうなずきながら、ホースからプロパンガスが漏れるような声で返事をした。
「よいでシュー。今夜、窓を十五センチほど開けて眠ってください。シュー」
エキゾチックなささやきにわたしの心はメロメロになってうんうんとうなずいた。
「あなたは、健康そうで、見目麗しい。ボクにぴったりの恋人でシューッ」
ええっ、もう恋人に昇格!やったーっと飛び上がりたいのを我慢した。
「今夜、頼みましたよシュー」
わたしの耳元で、そう囁くと先輩の気配が消えた。
土手の上でわたしは周りを見渡す。
先輩の姿はなかった。
川原に下りる草むらでガサガサと音がしたみたいだけど、そんなことは些細なこと。
少なくとも百メートル四方が見渡せる河川堤防の上から先輩の姿は忽然と消え失せた。
ああ、なんて、ミステリアスな先輩なの!
わたしは、ほてった頬を両手で押さえ冷やしながら、家に向かって駆けた。
真夜中のこと、わたしは足の指先に冷たいものが触れた気がして寝返りをうった。
布団の中に何かが入ってくるような感覚。
普通なら飛び起きるほど驚くだろうけど、なぜかそのまま眠っていたい思いがした。
冷たいものは、足先からくるぶし、足首、すね、ふくらはぎと上がってきて、ももまで来た。
わたしが来ているダブダブのパジャマの中に潜り込んでいるのだ。
冷たい感触は金属のようでもあり、魚のようでもあり、なめらかになったと思うとザラッとした肌触りになった。
足と足の付け根をとおり、おへその当たりまで上がってきたけど、まだ、足先にも触れているので、その物体はかなり長いものらしい。
ときどき、ぬれた小さな糸のようなものが、進んでいく道筋にあたるのを感じる。
その先端が胸のところまで上がってくる。
けっこう、重量があるみたい。
ちょっと息苦しい。
冷たい糸がチョロチョロと胸の膨らみに当たり、先端部にせまる。
わたしの体が火照ってくる。
この冷たいものをわたしの体温で暖めてしまうのは惜しい気がして、火照りを抑えようとするけれど熱くなるばかりだった。
胸を抜け襟元から、首、耳元まで来て、そのものの息づかいを感じた。
シューシューと小さな穴から空気が漏れる音がつづいた。
冷たい糸が耳たぶを刺激する。
シューシューッ。
ほっぺたをザラリとかすめ、冷たい糸がチロチロと唇に触れた。
わたしの体は、痙攣したようにビクッビクッとはねてそれを受け入れた。
そして、気が遠くなるような……
小鳥のさえずりで、目を覚ました。
昨日、平山先輩に言われたように窓が十五センチ開いたままだ。
鳥の声がよく聞こえるはずだ。
不思議な夢を見ていたような気がする。
体が汗ばんでいる。
なにか、すがすがしい朝だった。
それから、平山先輩の姿を見かけることがなくなった。
だけど、不思議なことに、少しもさみしくない。
先輩との絆は、はっきりとつながっていて、ずっといっしょにいるような気分だった。
そして、後日談。
あの夜から、三ヶ月目の朝のこと……わたしは、蛇の卵を三個産んだ。
了




