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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第34集(2013年4月)/「夜桜」&「ジレンマ」
45/63

08 紫 草 著  夜桜 『花莚』

注意・この物語はフィクションです。登場する人物・事柄は全て架空のものです。4月自作/夜桜 『花莚』


 弥生の宴会の喧騒が、まるでなかったことのように桜の樹の周りには今では誰の姿も見られない。

 殆んどの樹が葉桜を繁らせているものの、場所を選べばまだ桜色の花を見ることはできる。

 よく考えれば、夜の時間は今の方が余程過ごしやすくなっている。多くの人がお花見だといってレジャーシートを並べる頃ではまだ肌寒いのだ。この頃になり、漸く夜気にふれても寒さに震えることはなくなった。

 桜の花を残す樹というのは、日当たりが余りよくない場所にある。

 だからこそ満開で賑わう時には見向きもされず、花見の時期を外すと見られることのない花を咲かしていた。

 宮藤卓爾くどうたくじ)は、いつものように誰も集うことのなくなった桜の樹の下へとやって来た。

 誰にも愛でられないなんて、可哀想だからな。

 太いというには少し物足りない太さの樹の下に、腰を下ろす。そこは周りの多くの樹が舞わせた花弁で、薄い桜色に埋め尽くされていた。

 綺麗だ。

 その上に横になりながら、卓爾は思う。

 花見にきている人間のなかで、本当に桜を見に来ているのはどのくらいいるんだろう、と。

 仕事仲間と、学校の友達と、そして家族や大事な人と一緒に見る桜。大きな道路から離れているこの場所は、夜になると本当に音がなくなる。

 そんな中なのに、気配があった。寝そべったまま視線を向けると、そこに人の影を見た。

 幽霊でも見てるかな。

 それとも妖しい何かだろうか。

 ふと、そんな莫迦げた妄想が過ぎった。

 そこに見たのは、透けているような白いワンピースを着た女の人だったから。

 でも、よく見たら透けているわけでも、幽霊ってわけでもなさそうだ。

「花見に来たの?」

 これまで、どんな人が来ても、声をかけたりなんかしなかったのに。自分でも、どういう風の吹き回しかと笑ってしまった。

 というか、吃驚したな。言葉が口をついて出た時は。

 見返り美人、って何だっけ。

 その振り返って、こっちを見た彼女を見ていたら、言葉だけでも思い出してしまうような美人さんだった。

「家出、と言ったらどうしますか」

 彼女の言葉は低く、静かに響いて聞こえてきた。

「家出か。いいんじゃない?」

 寝そべったままの卓爾を見下ろすと、今度は少しだけはにかんで見せた。

「だったら何も聞かないで、今晩泊めて下さい」

 流石に、聞き流すってわけにはいかなくなった。上半身だけ起き上がり、彼女を見上げる。

「家出を心配する人はいないのか」

「いない」

「じゃ、家に戻ればいい。誰かに心配してもらいたいのなら、警察にでも行くんだな」

 一陣の風が、少しだけ初夏の匂いを含んでぬけていった。枝葉が、さらさらと音を立てる。

「気分よく、桜を眺めていたいんだ」

 卓爾は再び、横になった。

「花莚ね」

 卓爾の横に、同じように寝そべった彼女を感じながら桜を見る。

「莚か。いいな、その呼び方」

 視線の先には枝と花。背の下には桜の莚。風流な言い方をするものだ。

「私、かりん。お花に果実の梨と書いて、花梨。貴方は?」

「くどう、たくじ。お宮さんに、藤の花の藤。卓爾は、こう」

 そこまで言って、うつ伏せになると、指先で花莚に名を綴った。

「宮藤卓爾さん」

「そそ」

 それからは言葉はなかった。

 二人でただ桜を見ていた。風が吹くと、花弁が舞う。そして体が桜に埋もれ隠されてゆく。

「帰ります」

 花梨と名乗った彼女がそう言った時、時計の針は午前二時を過ぎていた。

「泊めてやるよ。メゾネットタイプのコーポだから、下に寝ればいい。俺は二階に上がるから」

 返事は聞かなかった。

 来たいならついてくるだろうと思ったから。そして、果たして彼女はついてきた。

 公園を抜けて、五分も歩くと少しくたびれたコーポがある。目の前にあるコンビニを指し、視線で用があるかと問うと、彼女も首を横に振るだけで意思表示をした。

 部屋に入り、客用の布団を敷いてやる。盗まれて困るものもない。好きにしていろ、とだけ言い、帰りたければ鍵も開けたままでいいと告げる。

 階段を上がりかけた足を止め、声をかける。キッチンを挟んだ階段からは、もう彼女の姿は見えない。

「花梨」

「はい」

 彼女からもすでに姿は見えていないだろうに返事は早かった。いいところのお嬢さんなんだろうに。

 ふと、そんな風に感じた。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 桜の下で拾ったお化けは、明日にはいなくなっているだろうと思い階段を上った――。

 翌朝。

 階下から物音が聞こえて目が覚めた。

 泥棒か。

 一瞬、そんな言葉を想像し、昨夜拾った女を思い出した。慌てて階段を下りる。

 小さなキッチンの奥に六畳間。蒲団はすでにたたまれて、脇によせてあった机を元の位置に戻し、そこに朝食の支度がしてあった。

「おはようございます」

 卓爾に気付いた花梨の方が、先に声をかけてきた。その言葉にそのまま、おはようと返したものの驚きすぎて立ち尽くしていた。

「顔、洗ってきて下さい。あ、冷蔵庫のもの、勝手に使っちゃいました」

 その言葉を聞きながら、背中を洗面台の方に向けられた――。

 いただきます、と掌を合わせる彼女を、不思議な思いで見る。

「お前、帰らなかったんだ」

 折角だからとこんがり焼かれたトーストにハムを乗せ、かぶりつく。

「言ったでしょ。家出したの」

「今夜はどうするんだ」

「また、あの桜の下に行きます」

 花莚。

 あの桜の莚があるうちは、あそこで夜を明かすのだと言う。

「毎晩、夜桜見物か」

「そう。誰からも忘れられた、遅くまで咲いている桜のお花見です」

 不思議な話は嫌いじゃない。拾ったのが、お化けでもよかったのに。

「あとで家まで送ってやる。ここに置いてやるから、ちゃんと親に言ってこい」

 桜の妖気に惑わされたか。変なのを拾ってしまった。

 でも、こんな非日常も面白いかもしれないと思う。

 宮藤卓爾二十五歳。

 普通のサラリーマンだった筈なのに、彼女いない歴が少しばかり長かっただけで、女に困ってたわけでもないんだけどな。

「花梨。名前、ちゃんと教えて」

降矢花梨(ふるやかりん)です。本当にいいんですか」

 今さら、何を言うんだか。

「いいよ。その代わり、親にちゃんと説明できなければ駄目だ」

「わかった。大丈夫、私が何処で何をしようと、犯罪さえ犯さなければ、ううん。犯罪だってもみ消してくれそうな親たちだから」

 笑いながら、泣いている。

 その顔を見ながら、卓爾は何も言わなかった。同じような環境にあると、匂いをかぎつけたかな。

「今夜も、夜桜見にいこうか」

 頷く花梨を見ながら、インスタントのコーヒーを美味いと言って飲み干した。

 不思議な雰囲気のする女だった。大学生か、それともフリーターかって年齢だろう。卓爾よりは少し下。でも、きっと二人で普通の暮らしをしていそうだと予感した――。


【了】 

著 作:紫 草 

Copyright © murasakisou,All rights reserved.

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